第31話 遺されたもの
夜が明ける頃には、雨もすっかり止んでいた。
俺もキバも、動く分には問題無い程度には回復していた。
そろそろ、ダンジョンの入口を繋いでおこうか。
そう言えば、昨晩は定時連絡していなかったな。
これってマズイかも、ノアが暴走していなければ良いのだが……。
俺は入口を繋げる前に、一度連絡を取ることにした。
視界をダンジョンに切り換える……。
よし、できるようになっている。
切り換えた視界の中では、ノアとマックスが大広間にいる。別段、慌てている様子は無い。
ふう、良かった。
(ノア、マックス、連絡が遅くなった。すまん!)
「マスター、ご無事でしたか! 心配しました!」
「マスター様、御無事で何よりでしたが、何かあったのですか?」
(ああ、実は……)
俺は、集落跡で起きたことを掻い摘まんで説明した。
ココの父の遺体のこと、オウルベアの襲撃のことを……。
……
(取りあえず、入口を一旦繋げる。それから、これからのことを決めたい)
俺は意識を化身に戻して、平坦な地面に地下へと続く道として入口を繋げた。
入口を繋げてすぐに、キバとココを連れてダンジョンに入る。
(ノア、先にキバとココを休ませたいんだ)
「分かりました! キバ、お疲れ様、後はボクが変わるよ!」
「……うむ、任せた。それとノア、話がある。時間がある時に付き合って欲しい」
「うん、分かった!」
早速、キバはノアと話をするつもりか……良い傾向だけど、キバが真剣な面持ちなのが少し気になるな。
「ココには部屋を用意してある。それと、食事もな。キバ殿にも食事を持ってくるように言ってあるので心配無く」
おお、流石マックス。至れり尽くせりだ。
「休むのはマスターさんもですよ?」
ココが俺を抱き上げた。
その様子にマックスだけでなく、ノアも驚いている。
「ココ、お前……どうしたのだ? 何かあったのか?」
「マスター?」
(あー……良いんだ、今回色々あったから。ココの言うとおり、俺も休んだ方が良いみたいなんだ)
俺とココのやり取りを見て、ノアとマックスが顔を見合わせている。
俺からしたら、お前達も何かあったのか? 随分仲良くなったように見えるぞ。
(だけど、休む前に引き継ぎだけはしとかないとな。業務の鉄則だ)
ノアにオウルベアとマキビシの『収納』を頼んでおいた。
マックスにはココの父親の遺体の回収だ。
集落跡の近辺には、まだ魔獣が潜んでいる可能性がある。
コノアとコウガも警戒に当たらせよう。
手空きのコボルト達には、集落跡に残った物で使えそうな物を見繕ってもらうことにした。何か見つけたらコノアに『収納』してもらえば良いのだ。
引き継ぎを終えた後は、大広間で寛ぐことにした。
人が働いているのに自分は休んでいる。あまり、慣れていないので変な気分だ。
そんな俺に、コボルト達が食事を運んでくれた。
キバには大量の焼いた肉、俺には肉だけじゃなく森で採れた果実などもある。結局、ココも残って一緒に食事を取っている。
(ココ、お前は部屋で休んで良いんだぞ? 折角用意してもらってるんだし)
「私はここに残りたいんです。あの集落には私の思い出があるから……」
そうか、そう言われたら俺は何も言えない。
ココの好きにさせることにしよう。
作業が始まってすぐに、オウルベアが『収納』されてきた。続いて、マキビシが。
食事を終えた俺は、『収納』されたマキビシをキバとココに見せてみた。
二人共、興味津々でマキビシを眺めている。
「ほう、これがマスターの策だったのですか」
「こんなに小さいのに、あんな巨大な魔獣を倒せるんですね」
(本来のマキビシの使い方とは違うけどな? 大体、形からして違うし)
俺が『創造』したマキビシは形も大きさも統一されていない。
オウルベアの猛攻を躱しながら細部までイメージしてる余裕なんて全く無いのだ。
石と木は簡単に『創造』できたけど、鉄製は難しかった。
元々、鉄の情報がマックスのショートソードから得た情報しか無かった。
ダンジョンの周りの集落を開発させるために、いくらかの鉄製の道具を『創造』したのだが、その全てはショートソードを変形させた物だった。
ナイフのような刃物は簡単だ、サイズを変えれば良い。これはすぐにできた。
ノコギリが難しかった、均等なギザギザの刃がイメージしにくい。トライ&エラーを繰り返して何とか使える形にしたが、そこまでに結構なDPを消費した。
一度、『創造』してしまえば後は量産できる。情報が残っているからな。
セーブとリセットの繰り返しのようなもので、成功させることができたのだ。
マキビシを『創造』する時は、矢尻状に変形させた物を使用している。
最終的には、矢尻を四つくっ付けたテトラポットみたいな物で落ち着いた。
マキビシと呼ぶには、ちょっとでかいけどな。
石と木のマキビシは、忍者が撒くあの形だ。
だけど、踏まれたものはほとんど折れている。多少はトゲのように刺さっているみたいだが、ちょっとした傷に過ぎない、効果は薄いだろう。
やはり、鉄製のものが決定打になったようだ。形状が矢尻のままだったために、矢のようにオウルベアの肉に突き刺さっていた。
オウルベアの体重で踏みつけたのだから、それなりに威力があっただろう。
そこへ、俺の『毒液』と『麻痺液』だ。傷口から直接侵入したことで、凶悪な効果をもたらしていた。
咄嗟とはいえ、凄い物を『創造』したものだ。
折角なので、『毒液』と『麻痺液』付きのマキビシを情報として残しておこう。
何かに使えるかもしれないしな。
オウルベアとマキビシの『収納』が終わると、次々と道具のような物が『収納』されてくる。
テレビで見たことがあるような、機織りの台か? 専門の知識が無いので分からん。
次は、薬を作る時に使う、確か薬研だったかな?
色んな道具が運ばれてくるが、ほとんどが壊れているように見える。
まあ、コボルトは器用だし、修理すれば使えるんだろう。何ができるようになるか楽しみだ。
道具の『収納』が落ち着いてきた頃に、マックスがダンジョンに入ってきた。
表情には険しさが表れている。恐らく、ココの父親のことだろう。
(キバとココは休んでいろ、マックスと話をしてくる)
「……はい」
ココもマックスの顔を見て察したのか、少し悲し気な表情で頷いた。
俺はマックスと共に集落跡に向かう。
ダンジョンから見えない位置でマックスが口を開いた。
「マスター様、あの遺体は確かにココの父、ハウザーさんです」
ハウザー、それがココの父親の名前か。
「ハウザーさんは魔獣に集落を襲われた際に、戦士として最後まで残ってくれたのです。もし、戦士達が魔獣を食い止めてくれてなければ、我々はどうなっていたことか……」
遺体の様子では、力尽きるまで戦い続けたのだろう、折れた剣を握ったまま息絶えていたのだ。
戦士として勇敢だったことが窺える。
そんな勇敢な戦士をどのようにして弔うのが良いか、俺には分からない。
コボルト達は何を望むのか、俺はそれに答えてやれるだろうか……?
(マックス、コボルトはどういった葬儀を行なうんだ?)
マックスは顎に手を当てて、思案している。
「マスター様、我々コボルトは仲間の亡骸は森に埋めています。自然に還すことで、巡り巡って仲間の下へ返ってくる、そう教わっています」
自然葬か……。
確かに、こんな自然に囲まれて一生を迎えるんだ。
それが一番理に叶っているのかもしれない。元日本人の俺としては少し寂しい気持ちもあるが、同胞であるコボルト達が決めるべきだ。それに従おう。
「しかし、マスター様。私には少し違う気がしているのです」
(どういうことだ?)
「死んで自然に還れば、それを糧にして新しい生命が育つ。しかし、その人が生きた証はどうなるのか? 同胞のために死んでいったハウザーさんが望むことは何か? 考えずにはいられません」
難しいな。死んだ人が望むこと、会ったことが無い俺には想像ぐらいしかできない。
でも、多分……そういうことなんだろう。
(マックス、想像でしかないんだけど良いか?)
「何でしょうか? 是非、お聞かせ願いたい」
(うん、ココの父……ハウザーさんが望むことって、やっぱりココのことだろうな。父親として娘の幸せを望むのは当然だと思う。それに……)
「それに?」
(本当は自分が守ってやりたかったと思うんだけど、それをしなかった。マックス達に託したんだ。多分、娘のこともだけど、仲間のことも大事だったんだと思う。……ごめん、全部想像でしかないのに)
「……」
マックスは無言で俯いている。
俺も、これ以上は何も言えなかった。
遺体のあった小屋の前まで来ると、数人のコボルト達が小屋の中にいた。
皆、遺体をどう扱って良いのか分からず困惑しているようだが、その場にいる全員が遺体を見て涙していた。
「この者達は私も含めて、皆ハウザーさんの剣の教え子なのです。先程も言いましたように、コボルトは亡骸を森に還す習慣がありますが、本当にそれで良いのか迷っているのです」
頭と気持ちの整理がつかないか……。
(実は、ココから俺の力に変えて欲しいって言ってたんだ。だけど、俺はそれを断った。自分の父親なんだ、ちゃんと弔って欲しいからな)
「……」
(さっきの話を聞いて思ったんだけど……俺はハウザーさんを森に還したくない)
「マスター様?」
(俺はココの望みを受けることにする。それに、ハウザーさんが遺志も俺が受け継ぐ)
正解なんて分からない。
俺の自己満足かもしれない。
だけど、感情が俺にそうさせる。
(マックス、ハウザーさんの遺体をダンジョンまで運んでくれ)