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幕間 ―ノア編 ボクの望み―

 

「ノアさん、よろしくお願いします」


 森で保護したコボルト――ルークさんの案内で、森に残ったままのルークさんの仲間を迎えに行く。

 ルークさんの話では、ボク達の集落からはそう遠くない。今日中には到着できるはずだ。


「ルークさん、マックスさんから剣を借りたんですか?」


 ルークさんの腰には、マックスさんの使っていたショートソードが差されていた。


「はい、ノアさん一人に護衛してもらうのは気が引けますから。マックスさんにお願いして借りたんです」


 ルークさんは戦えない人達を集めて逃げてきたそうだ。きっと、責任感の強い人なんだろうな。

 ルークさんの仲間を迎えに行くに当たって、コウガもコノアも置いてきている。護衛はボク一人だ。

 そのことを心配しているのかもしれない。


「コウガと言うブラッドウルフは安全だと分かったんですが、僕の仲間はそれを知りません。見たらきっと、ショックを受けてしまいます。……僕は気絶してしまいましたから」


 ルークさんの集落はブラッドウルフに襲われた。

 ルークさんもそのせいで、コウガを必要以上に怖がってしまったんだと思う。

 やっぱり、コウガを連れてこなくて良かったかもしれない。

 コノアは連れてきても良いかとも思ったけど、ダンジョンを守ってもらうためにマックスさんに預けることにした。

 

「ところで、ノアさんは何故、僕の仲間を迎えに行きたいと思ったんですか?」

「何故? ……ボクにも、はっきりと分からないんです」


 そう、ボクにもはっきり分からない。

 だけど、ルークさんからブラッドウルフの名前を聞いた時、一刻も早く救助に行かないといけない、そう思ったんだ。


「そうですか……でも、ありがとうございます。これで僕達も生き残ることができる。ノアさんにも、マックスさんにも感謝しています」

「感謝はボクじゃなく、マスターにしてください。ボクの主はマスターですから」

「マックスさんも言ってましたね、マスターと言う方があの集落の(おさ)なんですか?」

「そうです! 折角なんで、歩きながらマスターの話をしましょう!」


 ボクはルークさんにマスターのことを教えてあげることにした、マスターがどんな人なのか、何をしようとしているのかを。


「凄いですね……コボルトを助けてくれる人、ほとんどいないんですよ。それなのに、コボルトを纏めて集落まで作るなんて聞いたことありません。そのマスター様ならきっと、ボクの仲間を救ってくれますよね?」

「勿論です! マスターがコボルトを見捨てるなんてありません!」


 凄く楽しい。

 マスターの話を真剣に聞いてくれる……ルークさんは良い人みたいだ。


「ところで、コボルトを助けてくれる人は他にもいるんですか?」

「あ、はい。僕も会ったことありませんけど、聞いたことあるんです。コボルトに人間の国で作られた道具を売ってくれる人のことを。大きい集落を回ってるみたいですけど、もしかしたらそのうち会えるかもしれませんね」


 コボルトを助ける人か、会ってみたい。

 マスターもきっと、そう言うだろうな。


 ……


 ボク達はマスターの話やコボルトの生活の話をしながら森を進んだ。

 道中、魔獣は出現してこなかった。

 出てこないことが反って気持ち悪い。


 時刻は夕暮れ、森も夕焼けに紅く染められている。

 ルークさんが言うには、この辺りなんだそうだけど……。


「いない……みたいですね」

「もしかしたら、移動したのかもしれません。僕が戻らないことで、危険を感じた可能性もあります」


 ルークさんは辺りを見回しながら答えた。その様子は慌てているわけでもなく、落ち着いている。

 ルークさんにとっては予想の範囲内なのだろう。


「僕の仲間は子供、老人、あとは怪我人なんです。今日移動を開始したとしても、そう遠くには行ってないはずです」


 そう言うと、ルークさんは地面に顔を近づけ目を凝らしている。


「僕は『追跡』と言うスキルを持っているんです。だから、僕には仲間が向かった先が分かります」


 『追跡』? 凄い! 初めて聞いたスキルだ。

 これなら、すぐに仲間のところに行けるかもしれない。


 ルークさんは仲間の痕跡を辿っている。ボクはその後を遅れないように付いていく。

 だけど、ルークさんの後を付いて森を進むにつれ、何かの気配を感じる。


「ルークさん、何か感じませんか?」

「えっ? 僕は仲間の足取り以外は何も感じませんけど……?」


 ボクだけが感じるこれは、もしかして……。


「ルークさん、急ぎましょう! 嫌な感じがします!」

「えっ? は、はい、分かりました!」


 ボクはルークさんを急かして森を進む。早く合流しないといけない!


 ……


 森の木々を掻き分けるように走った。

 ルークさんが合流する予定だった場所から、そう離れていない場所にルークさんの仲間達がいた。


 良かった、無事みたいだ。


 ルークさんの仲間達は、ゆっくりした足取りで森を進んでいた。

 聞いたとおり、老人、子供、それに怪我人しかおらず、皆が寄り添いながら歩いている。

 その顔からは一様に悲壮感が漂っていた。


「おーい、皆、僕だよ! ルークだよ!」


 ルークさんが呼び掛けると、仲間達はすぐに気付いてこっちに振り向いてくれた。

 ルークさんの無事を喜ぶ声が聞こえる。それに応えるようにルークさんも手を振っている。


「ルークさん、皆に説明してもらえますか? できれば、すぐに移動したいんです」


 ボクは早くこの場から離れた方が良い気がする。

 ルークさんの仲間の無事は嬉しいけど、まだ嫌な感じがするからだ。


 森は既に暗闇の中、できれば一晩過ごさずに集落に帰りたい。

 そんなボクの望みを嘲笑うかのように、そいつ達は現れた。


「ルークさん! ブラッドウルフです! 皆を一箇所に集めてください!」

「えっ!? わ、分かりました!」


 ルークさんは自分の体を盾にするように仲間の前に立っている。その手にはマックスさんのショートソードが握られていた。

 ルークさんの仲間もボクの声が聞こえていたのか、動かずにじっとしてくれている。


 散り散りに逃げられると反って危ない。ブラッドウルフは逸れた人を狙うだろう。


 ブラッドウルフは六体、獲物ににじり寄るように歩いてくる。

 幸いなことに囲まれていない。六体が固まってボク達を睨みつけている。

 ボクはルークさん達とブラッドウルフの間に位置するように前に出た。


 コボルトの前にボクが相手だ!


 徐々に距離を詰めるブラッドウルフ……ボクは一番近い個体に――


「ハッ!」

「ギャウン!?」


 『魔力放出』で魔力の弾を放つ。

 不意を突いた魔力の弾は、ブラッドウルフの頭を貫いた。残りは五体。


 ボクがこんな攻撃をするなんて思ってなかったんだろう。狙った個体は勿論、他の個体も反応できていない。

 この隙に次の弾を放つ!


「ギャッ!」


 二発目も命中だ。これで残りは四体だ。

 流石に、ブラッドウルフはボクから距離を空け始めた。


 ボクを警戒しているな。

 このまま、逃げてくれれば良いんだけど……。


 ブラッドウルフは遠巻きにボク達を見ている。逃げる気も、逃がす気も無いみたいだ。


「ルークさん、このまま移動します。後ろはボクが警戒しますから、皆を先導してください」

「わ、分かりました」


 ルークさんは仲間に移動するように促している。歩みは遅くても移動していけば集落に近付く。

 集落の近くまで行けば、マックスさん達も気付いてくれるだろう。


 ボク達は警戒を続けながら集落に向かった。

 元々弱っていたコボルト達は、ブラッドウルフに怯え、ますます疲弊している。

 ブラッドウルフさえいなければ、ボクが食事を出してあげることもできるのに……悔しいけど、このまま進むしかない。


 暫く移動を続けていると、痺れを切らした個体が距離を詰めてきた。

 このチャンスは逃さない!


 「ハァっ!」

 「ギャワッ!」


 ボクが再び魔力の弾を放つと、油断していたブラッドウルフの顔が吹き飛んだ。

 残り三体、他のブラッドウルフも同じように来てくれれば――


「ガゥアァ!」


 ――! 前から新手のブラッドウルフ!?


「ルークさん!」

「うわあああ!!」


 ブラッドウルフがルークさんに向かって来ている。

 ボクがルークさんを援護しようとすると――


「ガオゥ!」


 他の三体も合わせて、襲ってくる!


 ボクは咄嗟に、そのうちの一体を撃ち貫いた。

 他の二体は構わずこっちに向かってきている。狙いはボクじゃなく、コボルト達だ。

 ボクの『魔力放出』はマスターのような連射ができない。次の弾を撃つ頃には、すぐ側まで接近されていた。

 このままじゃ、コボルト達が危ない!


「させるかぁああ!!」

「ルークさん!?」


 ルークさんは、ブラッドウルフの前に立ちはだかっていた。左肩から夥しい程の血が流れている。かなりの重傷だ。ルークさんのことも心配だけど、今はブラッドウルフを何とかしなければ……!


 ボクは近い個体に向かって体当たりを仕掛けた。

 今のボクには全身『麻痺液』で覆われている。当たるだけで戦闘不能にできるはずだ。

 向こうもボクが突進を仕掛けるとは思っていなかったようだ、反応しきれず頭からボクに突っ込んできた。

 ボクに触れた個体は痙攣してその場に伏している。


「うおおおお!!」

「グギャン!」


 叫び声につられて、ボクはルークさんの方に視線を向けた。


 ルークさんの足元には、最後のブラッドウルフが血を流して崩れ落ちていた。

 首にはショートソードが突き刺さっている。

 ルークさんが仕留めたみたいだ。


 ルークさんは左腕が大きく裂けていた。今の戦いで腕を噛まれたのだろう。

 肩と腕の傷は出血がひどく、早く治療しないと命に関わることは明らかだ。


「ルークさん! これを使ってください!」


 それはマスターのミドルポーションだ。

 いざという時に使うよう、マスターから言われていた。

 今がその時だ!


 ボクはルークさんの体にミドルポーションを浴びせかける。

 たちまち出血は収まり、傷も塞がっていく。


「こ、これは……僕は助かるんですか?」


 ルークさんも、傷が癒えていくことが信じられないようだ。

 ボクもここまで凄い効果があるとは思っていなかった。

 マスターのおかげでルークさんは助かったみたいだ。


 他のコボルト達も安堵の表情を浮かべている。


「ルークさん、まさか、ブラッドウルフを二体も倒したんですか?」


 初めにルークさんを襲ったはずのブラッドウルフは地面に横たわっていた。

 首元は大きく裂け、血が流れ続けている。既に絶命していることが見て分かる。


「僕も必死で、皆を守ることしか頭にありませんでした。どうやって倒したのかも覚えてません……」


 ルークさんは疲れた顔ながらも笑みを零している。その顔は、ブラッドウルフを倒した人の顔には見えない。

 それに、ブラッドウルフを二体も倒せる戦士は、コボルトの中でもそうはいないはず。

 ルークさんは、実は熟練の戦士なのだろうか?


「はは……ノアさんが考えていること、何となく分かりますよ。僕は戦士じゃないです。ただのコボルトですよ」

「えっ? ボクの考えていること、分かるんですか?」

「何となくですよ。僕自身、なんでこんなことできたのか分かりません。でも、皆を守ろうとして限界以上の力が出たのかもしれませんね……」


 そう言うルークさんの顔は、どこか申し訳無さそうだ。

 でも、ボクはルークさんのその顔に、何故かマスターの顔が重なって見えた。


 誰かのために。

 マスターもその思いで、小さな体から想像できない力を発揮しているのかもしれない。


「ノアさん、ありがとうございました。ノアさんがいなかったら、僕も仲間も死んでいたかもしれません。本当に……ありがとうございました!」


 ルークさんがボクに頭を下げた。

 仲間達もルークさんと同じく、一斉に頭を下げている。


 感謝されることは嬉しい。けど、皆を守ったのは間違いなくルークさんだ。ボクだけが感謝されるのは違う。


「ルークさん、ボクの方からもありがとうございました。ルークさんが皆を守ってくれたので、全員無事だったんです。それに……」

「それに……?」

「いえ、何でもありません。ブラッドウルフはもういないはずです。少し休憩したら、僕達の集落へ向かいましょう!」


 ボクが感じていた、嫌な感じは無くなっていた。

 やっぱり、ブラッドウルフから感じていたんだろう。


 ボクは皆に食事を取ってもらうことにした。

 この人達を襲う脅威はもういない。仮にいたとしても、ボクとルークさんで皆を守る。

 皆を守ることがボクの本当の使命なんだ。


 そうですよね? マスター!



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