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幕間 ―ノア編 感謝の気持ち―

 

 ボクにとって、マスターは絶対だ。


 マスターはボクの創造主。ボクを生み出してくれた。

 その姿は小さくて可愛らしい、犬と呼ばれる種族の姿をしている。

 実は元々人間だったそうだけど、ボクにとってはどんな姿をしていてもマスターはマスター。大好きなマスターだ。


(お前の名前はノアだ)


 そして、マスターはボクに『ノア』と言う名前を付けてくれた。


 ノア……素敵な名前だな。

 マスターにノアと呼んでもらう度に嬉しくなる。

 それに、マスターはボクの名前だけでなく、ボクの分裂体を『コノア』と呼んでくれた。

 ボクの分裂体――コノアをスライムじゃなく、分裂体でもない、新しい存在として認めてくれたんだ。


 ボクは嬉しかった。自分の名前の時よりも……。

 コノアからも、『嬉しい』が伝わってきた。


 ボクとコノアが別の存在になったから、もう一つには戻れない。だけど、別の存在だからできることもある。


 本当ならボクの分裂体は、ボクと融合しないまま時間が経てば消えて無くなるはずだった。

 だけど、存在が確立したことで、コノアとして生き続けることができるようになった。

 それだけじゃない。元々一つだったボクとコノアが融合すれば、凄い力を発揮できるようになる。


 この力のおかげで、マスターに危害を加えようとする魔獣も倒せた。

 平原に現れたブラッドウルフ、森で襲ってきたゴブリン達。


 ブラッドウルフが現れた時、マスターは困っていた。その時は分からなかったけど、今なら分かる。

 襲われていたコボルト――ココさんを助けようか、迷っていたんだと思う。

 森でゴブリンと戦う時も、マスターはコボルトのために戦おうとしていた。


 マスターにとって、コボルトはどうしても助けてあげたい存在なんだろうな。

 前までのボクには全然分からなかったけど、今ならボクにも分かる。

 マスターの気持ちが……。


 ……


 その日、ボクはマスターの命令で、森を更地にする作業をしていた。

 なんでも、コボルトが生活するために土地を開拓しないといけないみたいだ。

 そんなことをしなくても、マスターにはダンジョンがあるんだからダンジョンを整備すれば良いと思うんだけど、マスターにはマスターの考えがある。

 ボクがマスターの命令に従っていれば、それはマスターの幸せに繋がるはず……。


「ノアちゃん、これあげる!」


 作業も一段落した頃、小さなコボルトがボクに話し掛けてきた。

 このコボルトは、確かナナさん。子供のコボルトだ。

 ナナさんの隣にはココさんもいた。ココさんは平原で出会ったコボルトだ。


 ナナさんはボクに何か渡そうとしているみたいだけど……。


「これは……花ですか?」


 ナナさんは手に青い花を持っていた。平原には咲いていなかった花、森に咲いている花なのかもしれない。


「でも、ボクは花をもらっても仕方ありません。マスターの力に変えるのであればいただきますけど、花はあまり力になりませんよ?」


 ボクの言葉で二人は顔を見合わせている。

 困った表情をしているようだけど……。


 ボクが言ったことは本当のことだ。花の使い道なんてボクには分からない。

 この前、マスターにもらった蜜は花から採れるみたいだけど、ナナさんの持っている花からは蜜が採れそうには見えない。マスターに『分解』してもらっても、大した力は無いと思う。

 そんな花を、どうしてボクに?


 花を渡される意味が分からず困惑しているボクに、ココさんが教えてくれた。


「ナナちゃんはノアさんに、この花を贈りたいんです。この花はグラーティアと言う花、感謝している相手に贈る花なんです」


 感謝……それならボクじゃなくて、マスターに感謝するべきでは?


 ボクはマスターの命令じゃなければ、コボルトを助けるつもりは無かった。

 今だってそう、マスターのために働いている。コボルトのためじゃない。

 だから、感謝されることは何も無いはずだ。


「ココおねえちゃんをたすけてくれたから、ノアちゃんにあげたいの!」

「私もノアさんに感謝しています。皆のために戦ってくれたノアさんに……。だから、受け取ってもらえませんか?」


 二人はボクを見つめていた。


 優しくて暖かさを感じる目、二人はマスターと同じ目をしている。

 マスターがボクを見る時の目、コノアを見る時の目に似ている。

 その目で見られると嬉しい気持ちになってくる。

 思えば、この二人だけじゃなかった。ここにいるコボルト達は、初めはボクを恐れているような目をしていたけど、すぐに優しい目でボクを見るようになっていた。ボクだけじゃなく、コノアのことも。


 コノアはその目に『嬉しい』を感じていたけど、ボクは気にも留めていなかった。

 コノアが感じているのに、ボクが感じていない。

 理由は……今、分かった。


 ボクはコボルト達の目をちゃんと見てなかった。

 コボルトのことを認めてなかったんだと思う。


 コノアはボクよりも素直に生きている。感じたものを感じたままに。

 コノアはコノアとして、存在を認めてもらえたことが嬉しいんだと思う。


(呼ぶ時は、ちゃんとコノアって呼んでやってくれな)


 あの時の言葉は、コノアの名前を教えただけじゃなくて、存在を認めさせたかったのかもない。

 マスターは分かってたんだ。存在を認められることが嬉しいことだって。

 でも、ボクは全然分かってなかった。ずっとマスターの側にいたのに。

 マスターが何を考えて、何を感じていたのか、分かろうとしてなかったんだ。


 何だろう……二人の目を見ていると、逃げ出したくなる。

 この気持ちは、あの時のマスターと同じなのかな? だったらボクも――


「ココさん、ナナさん、二人には謝らないといけません」

「えっ? 謝るって何を?」


 心が震えているような気がする。

 マスターはこんな気持ちを乗り越えたのか……。


「……ボクはコボルトを仲間と思ってませんでした。ボクは全部、マスターのためだけに行動していたんです」

「ノアさん……」

「だけど、二人の目を見ていたら、ボクは間違っていたことに気付きました。コボルトの皆は、ボクやコノアを仲間と思ってくれていたんですね……。それを今になって、ようやく気付いたんです。だから、ボクは感謝されるような存在ではありません」


 ……。


 マスター……本当の気持ち、こんなに勇気がいるんですね。

 でも、後悔していません。このままでは、ボクがボクを許せなくなりそうだから……!


「ノアちゃん」

「……?」

「ノアちゃんはごめんなさいしたから、ナナおこらないよ? ナナはノアちゃんにありがとうをいいたいの!」

「ナナさん……!」


 ナナさんは手を差し出していた。

 その手には、グラーティアと呼ばれていた花が顔を出している。

 それは尊さと儚さを感じる花だった。


 ボクは、ナナさんが持っている花を体に取り込んだ。

 体の中で漂う花の存在を全身で感じる。


 ボクはこの花を意味が無いなんて思っていたのか……。

 今はこの花が愛しく思える。自分の心境の変化が信じられないぐらいだ。


「ナナさん、本当にありがとう」

「えへへ……」


 今なら、素直に感謝の気持ちを受け取ることができる。

 この気持ち、ボクにも伝えたい人がいる。


「ナナさん、お願いがあります」


 ボクはナナさんに、マスターのために何か作ることができないか聞いてみた。

 感謝の気持ちをボクに教えてくれたナナさんなら、ボクの望みを叶えてくれる気がしたから。


「ノアちゃん、ナナね、はなのかんむり、つくれるよ?」

「花の冠? ……凄い、ボクには作れません。ナナさん、お願いです。マスターのために花の冠を作ってくれませんか?」

「うん! わかった!」


 ……


 それからボクは、ナナさんが花の冠を作る手伝いをした。


 手伝いと言っても、ボクにできることはグラーティアの花を集めることぐらいだ。

 作業の合間に見つけた花を『収納』する。森で採集に出たコノアにも手伝ってもらった。


 ボクとコノアが集めた花をナナさんに持っていくと、「こんなにいらないよ」って笑われてしまった。


 ナナさんは細い枝を使って冠を作っていた。その冠に次々とグラーティアの花を編み込んでいく。ボクはその動きに見惚れていた。

 ナナさんの小さな手で、ボクの想像できないものが作られていく光景、完全に心を奪われてしまった。


 マスターの『創造』は確かに凄い。けど、ナナさんの作る物は、存在が愛しく感じる。

 ボクには……そのどちらもできない。


「できたよ!」


 ナナさんがボクに見せてくれた冠、マスターへの感謝の証。ボクには輝いて見えた。


「ナナさん、本当に凄いです!」

「えへへ……。ますたーさま、よろこぶかな?」

「はい、これならきっと喜んでくれます!」


 そう、マスターはこれを見たら喜んでくれるはず。だけど……。


「これはナナさんから、マスターに渡してもらえませんか?」

「ナナが?」

「これはボクから渡せません。こんなに素晴らしい物は、作ったナナさんから手渡して欲しいんです」

「……うん、わかった。でも、ノアちゃんからって、いうからね」

「これはナナさんの作った物ですよ?」

「ノアちゃん、ありがとうはありがとうだよ。これはナナとノアちゃんの、だからね!」


 ナナさんは、ボクを見つめている。

 この目も、マスターと同じ目。森に行くことをボクに告げた時の目に似ていた。

 この目で言われると、ボクには拒否なんてできない。


「分かりました、お願いします」

「うん!」


 ……


 あの時、ボクにとってコボルトは特別な存在になった。


 ボクにできないこと、知らないことを教えてくれる存在。弱いのに強い、不思議な存在。

 それが、どうしようもなく愛おしい。

 マスターに言われたからじゃない、ボクの意志で守りたい。

 今なら、そう思える。


 感謝の気持ち……ボクはいつか必ず、もう一人の『マスター』にも伝えよう。



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