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第30話 一人じゃない

 

「マ、マスターさん……」


 ココが半壊した小屋の陰から顔を出している。

 オウルベアから逃げるように指示していたが、状況が終わったことを感じて姿を現したようだ。


(ココ、終わった。もう出て来て良いぞ)

「わ、分かりました……」


 ココは恐る恐るといった様子でこちらに近付いてくる。

 俺の側には、二体のオウルベアの死骸が横たわっている。

 死んでいると分かっていても、近付き難いだろう。

 しかし、キバの意識がまだ戻っていない。

 俺は、この場を離れるわけにはいかなかった。


(足下に気を付けろよ。そこにマキビシが撒いてあるから)

「マキビシ?」


 もしかしたら、この世界にはマキビシは存在しないのかもしれない。

 俺は簡単な説明をして、ココに足下を注意するように促した。


「じゃあ、こっちの魔獣はやっぱりマスターさんが倒したんですね」

(逃げ回りながら、だけどな)


 正面から挑んで勝てるわけがない。

 通常個体でもヒグマ以上の体格で襲い掛かってくるのだ。

 むしろ、何で俺がこんな化け物を相手にしたのか、理解不能だ。

 横たわるオウルベアの鋭い爪を見たらゾッとする。当たれば一撃で終了だろう。


 俺は死んでも(コア)で再生されるみたいだけど、試したくはない。

 だけど、いつの間にか自分が戦うことが当たり前になっていた。

 死なないから? ……違う気がする。


「マスター……」


 俺が考え込んでいるうちにキバが目覚めたようだ。

 意識が朦朧としているのか、キバの目の焦点が合っていない。


(キバ、今は休め。話は後だ)

「……」


 疲労のせいか、キバは返事をすること無く目を閉じた。

 体調はともかくとして、無事で良かった。


 ココはキバの状態が良くないことを今初めて知ったのか、不安気に俺を見ている。

 そう言えば、ココはキバのさっきの姿を見ていたのだろうか?


(ココ、キバが戦っているところを見たか?)

「えっ? ……見てません。何かあったんですか?」

(いや、見てないなら良い。キバは疲れているから静かにしてやってくれな)

「はい……」


 見られてなくて良かった。

 あの時のキバの姿は、生みの親である俺でも恐怖を感じる。

 ノア達ならともかく、コボルト達にあの姿を見られるわけにはいかない。

 あの姿を見た後で、それまでと変わらず接することができるとは思えないからだ。


「……マスターさんは、大丈夫なんですか?」

(ん? ……ああ、掠り傷程度で済んでいるから、俺は大丈夫だ)

「そう、ですか……それなら良かった」


 何だ? ココの様子がおかしいな。

 オウルベアの『威圧』の効果でも残っているのだろうか?

 伏し目がちで言葉を濁している。


 キバもココも、今の状態では次に何かあったら危険だ。

 早急にダンジョンへ帰った方が良いだろう。


 俺は、すぐ側の地面にダンジョンへの入口をイメージする。

 地下と地上を繋ぐイメージだ。


 ……


 ……!? 繋がらない!?

 何でだ? ダンジョンの方で何かあったのか?


 視点をダンジョンに切り換えてみようとするが――


 できない……!

 当たり前にできてたことが、今は何故かできないのだ。

 俺が生きているということは、ダンジョンは無事なんだろう。

 しかし、明らかに異常事態だ。


 いつから?

 ……最後に切り換えたのは昨晩だ。

 その時は、特に変わったことも無かった。


 スキルが使えなくなったのか?

 ……さっきも『創造』したし、『収納』からミドルポーションも出した。

 念のため、試してみよう。


 ……


 ――何も出ない!?

 『収納』も『創造』も何も反応しない!

 何でだ? さっきまではできていたのに……。


 俺は喉がカラカラに乾いているように感じた。

 気が付けば、荒い息をしている。

 乾くはずの無い喉、苦しいはずの無い息、どちらも俺には必要無いはずなのに……。


 何も分からない……。

 視界が歪む……。


 ……


「マスターさん!」


 ココの叫び声で俺の意識が戻された。

 知らないうちに、俺はココに抱き締められていたようだ。


「マスターさん! 大丈夫じゃないよ!」

(何だ? 俺は今、どうなってた?)

「マスターさん、さっきから震えてた! 目も普通じゃなかった……!」

(震え……?)


 自分の足を見ると……。


 まるで痙攣しているように震えている。

 前足も後ろ足も、全身が震えていた。

 自分の意思ではどうにもできない。


 俺がスキルを使えなくなったのは、もしかして……。


〈マスターの精神状態が著しく不安定となったためです〉

(俺はパニックになっていたのか? いつから?)

〈キバに休むように命じた直後です〉


 そうか、キバの意識が戻った時に、俺は気が抜け始めていた。

 暫く押し殺していた感情が爆発したのかもしれない。


 コボルトの遺体の発見、オウルベアとの戦闘。

 『威圧』や一対一の殺し合いなんて、前世を含めても初めての体験だ。

 そして、キバの変貌……。


 普通の人生を送ってきた俺のキャパシティを遥かに越えている。


 ゴブリンの時は皆と一緒だった。

 一人でどうにかするわけじゃなかったから耐えきれたのだろう。


「マスターさん、こんな小さな体で抱え込まないで……」

(ごめん、心配かけた)

「謝らないで……くださ……」

(泣くなよ、皆無事だったんだから)

「うぅ……」


 今も一人じゃなかった、ココがいた。

 ココがいなかったら、俺はどうなってただろうか……?


 ……いや、こんなことを考えるのは止めよう。

 今はこのまま、ココに抱かれていよう。

 ココは暖かい。


 ……


 ポツ……ポツ……


 ココの涙が頭に落ちてきた。


「マスターさん、雨降ってきました……」


 涙じゃなかった、雨かよ!

 無粋な雨だな。いくらココがコボルトでも空気読め、天気!


(キバ、動けるか?)

「何とか……」

(そこの小屋まで行こう、雨ぐらいは凌げるだろ)


 俺はすぐ近くの廃屋まで行くことにした。

 壁はほとんど残っていないが、奇跡的に屋根は無事のようだった。

 壁が無いおかげで、キバも入ることができるだろう。


 俺はココの腕から這い出るように地面に降りた。


 ――いでっ!


 着地できずに顔面から地面にダイブしてしまった。

 まだ足に力が入らない。

 歩くどころか、立つこともままならない。


「無理しないでください」


 ココは俺をひょいと抱き上げて、廃屋まで運んでくれた。

 こうなってしまったら、俺はただの犬だ。

 キバも覚束ない足取りで廃屋に入ってきた。


 キバの体格では何とか屋根の下に収まるぐらいだが、キバが横たわり、その中心でココが俺を抱きかかえながら腰を下ろしている。


 移動を終えた頃には雨は本格的に降りだしていた。


「雨、降って良かったですね」

(えっ? ……ああ、マキビシの『毒液』とか『麻痺液』が流されるからな。これで踏んでも痛いで済む)

「何言ってるんですか、本当にマスターさんは……。雨が降ると魔獣が出てこなくなるんですよ」

(そうなのか? 知らなかった)

「何でも、水の女神のおかげらしいですよ」

(へぇ……)


 そうなのか、水の女神って凄いな。

 神話の話かもしれないけど、それでも安心できる。

 根拠はともかく、実際に魔獣が出てこないから、今も伝わっているのだろう。

 今の状況で、魔獣に出てこられると後が無い。

 その時は俺が――


「マスターさん、また考え込んでますね」

(えっ?)

「何か分かるようになってきました。マスターさんが真剣な顔してる時は一人で抱え込んでいる時ですね」

(そんな顔してるか? 犬だぞ?)

「そうですね、尻尾にも確かに出ていますよ」


 尻尾!?

 そう言えば、俺には当然尻尾があったな。

 自分の意思ではどうにもならないから、放っておいたけど……。

 犬だから、感情が尻尾に出るのか。


 しかし、それを考えたらコボルトは尻尾に感情が出てないな。

 コボルトの尻尾は犬とは違うんだろうか?


「今度は変なこと考えてますね?」

(……)


 ココに読まれるようになってしまった。


「そう言うココも、嘘が下手なようだな」

「えっ?」


 気が付くと、キバが身を起こしていた。


(キバ、大丈夫なのか?)

「マスター、申し訳ありませぬ。不甲斐ないところをお見せした」

(それはいいんだけど、ココの嘘って?)

「先程の、我の戦う姿を見ていないということです」


 ココは俯いたまま、黙り込んでしまっている。

 本当にキバの変貌を見ていたのか?


「ココは我……いや、マスターに配慮したのだな?」


 俺に配慮?


「……全部、見てました。マスターさんが私を逃がしてくれた後、物陰から全部……」

(? じゃあ、何で嘘なんかついたんだ?)

「マスターさんが、怯えているように見えたから……」

(俺が?)

「キバさんが変わってしまった時は泣きそうな顔してて、その後、私に震えながら聞いてきたから……見たか? って」

(……)

「マスターさんにとって、見てない方が良いなら私は何も見てません」

(ココ……)


 俺を抱き締めるココの腕に、力が入っているのが分かった。

 ココはキバの変貌を見ていても、変わらずキバに接してくれている。

 恐怖を感じていたら、今みたいにキバの側に居られるわけが無い。

 どうやら俺の取り越し苦労だったようだ。

 それどころか、ココに余計な心配までさせていた。

 キバはココに負い目を感じさせないように、敢えて嘘をばらしたようだな。


「マスター、ココを責めないで頂きたい。これは全て我の不徳の致すところ」

(責めるわけないだろ、むしろ俺が謝らないといけないぐらいだ)

「それは、何故……?」

(俺は二人を信じているつもりで、信じきれてなかった)

「……」

(俺が何とかしないと、ってしか考えてなかったんだ。旅の途中でキバも言ってたのに、『お互いに協力』って。最初に言い出した俺が皆を信じきれていないなんて、情けない話だ)

「「――それは違います!!」」


 二人が凄い剣幕で俺に詰め寄ってきた。

 呆気に取られている俺に構わず捲し立てる。


「マスターは自ら矢面に立っている、それが我ら眷属にとって、どれ程心強いことか!」

「マスターさんは、皆のために頑張ってるのに自分で情けないなんて言わないで!」


 めちゃくちゃ怒られた。

 二人は俺が自虐的になることが許せないようだ。


(わ、分かった! 分かったから落ち着け!)


 二人は言いたいことを言って気が済んだのか、顔を引っ込めてくれた。


(それでも俺は二人に謝りたい、本当にごめん!)

「……」


 二人はお互いに信頼している。俺のことも信頼してくれている。

 だけど、俺が信じきれていないのは事実だった。


 信じるんだ。対等な仲間として二人を信じる。


〈キバおよびココとの魂の繋がりが強化されました〉


 魂の繋がり……絆が深まったってことだよな。

 色々と大変な目に遭ったけど、これで良かったのだと思う。

 雨降って地固まるって言うしな。



次話の間に幕間を挟みます。

今回も12時、16時、20時に投稿予定です。

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