第29話 オウルベア
森から覗くフクロウの顔をした魔獣――
種族:魔獣・異種、オウルベア
称号:特殊個体
生命力:323 筋力:298 体力:318 魔力:121 知性:102 敏捷:172 器用:162
スキル:気配察知、夜目、遠視、威圧
ユニークスキル:筋肥大
オウルベア……フクロウの顔をした熊か?
いや、それよりも特殊個体だと!?
能力値が、今まで遭ったどの魔獣よりも段違いだ。
もう一体の方は体が一回り小さいようだが――
種族:魔獣・異種、オウルベア
生命力:103 筋力:102 体力:99 魔力:41 知性:52 敏捷:64 器用:55
スキル:気配察知、夜目、遠視
こっちは通常個体のようだ。
こうやって見てみると、能力値の違いがはっきりする。
特殊個体は規格外の化け物ってことだ。
この状況でダンジョンを繋げるのは危険だ。
俺達で対処する方が賢明かもしれない。
相手は二体、こっちは三人。
特殊個体は一体同士。
ただ、ココは戦力に数えれないな。
キバと俺で二対二の勝負をしなければならんのか……。
(キバ、向こうのでかい奴、殺れるか?)
「マスターの命とあれば!」
まあ、あんな奴キバしか相手をできない。
もう片方だって、柴犬でしかない俺からしたら完全に格上なのだ。
正直、キバ並の魔獣はこの森にいないと思っていた。
特殊個体か……自然に発生するものなんだな。
スキルの『筋肥大』、効果が分からないと不気味な感じだ。
(キバ、奴は『筋肥大』とかいうスキルを持っている、効果は分からん。能力値から見ても、かなりのパワータイプだ。正面から組合いは避けた方が良い)
「なるほど、承知しました」
向こうも臨戦態勢を取り出した。
こちらに向かって走って来る。その動きは熊だ。
ヒグマよりでかい熊が二頭、本気で襲いかかってくる。
それだけでもパニック必至なのだが、顔がフクロウというだけで、さらに恐怖を感じさせる。
「フゥオオオオーーーー!!」
特殊個体のオウルベアが、体を膨らませながら甲高い奇声を発した。
その瞬間、オウルベアの前面に衝撃波のような風圧が巻き起こった。
風圧を受けた俺の体に電撃が駆け巡る。
――これが『威圧』か!
俺の体は竦んでしまった。
自分の意思に反して動けない。
「しゃらくさいわ!!」
キバが一喝した。
俺は思わず跳び跳ねてしまったが、硬直が解けたようだ。
早速、キバに助けられたな。
もう一体のオウルベアは、構わず向かってきている。
――狙いはココか!
ココは、さっきの『威圧』が解けてないようだ。
生気の抜けた顔で尻餅を着いている。
(ココ、逃げろ! ストーンバレット!)
俺のストーンバレットは、走るオウルベアの眼前を通り抜けていく。
当てるのが目的じゃない、こっちに注意を向かせるためだ。
目論見どおり、オウルベアは動きを止めた。
ココは這いながらではあるが移動を始めていた。逃げてくれるなら、それで良い。
キバの方は既に相対し、お互いに出方を窺っているようだ。
俺とオウルベアの距離は5メートルも離れていない。
俺の相手はフクロウらしい仕草で首を傾げながら見てくる。
どうやら、俺を品定めしているようだ。
向こうからすれば、俺なんて小動物程度にしか見えないだろうな。
そのまま嘗めてくれていた方が助かる。
(ストーンバレット!)
不意討ち気味で放つ。
向こうは咄嗟に反応したつもりだろうが、その巨体でこの距離での回避は難しい。
直撃はしなかったものの、肩に当たったはずなのだが――
(こいつの毛皮、滑るのか!?)
当たったはずのストーンバレットは軌道がずらされ、森の奥に消えていった。
オウルベアを覆う毛皮は、熊のような硬い体毛と鳥のような滑らかな羽毛が混ざっている。
生半可な攻撃では傷を付けることはできそうもない。
ストーンバレットでは多少のダメージはあっても、急所への直撃でなければ倒すことは難しいだろう。
(クソッ! ストーンバレット!)
俺はこれ以上近付かせないために、ストーンバレットを連射する。
オウルベアは俺のストーンバレットの威力を見切ったのか、構わず突っ込んで来た。
「フゥオ!」
熊らしく、前から覆い被さるように飛び掛かってきたが、挙動が無駄に大きい。
体格差を活かして、その脇をすり抜けることで難を逃れたが……。
さて、どうしよう……?
頼みの綱であるストーンバレットが有効でない。
キバは……うん、無理だ。向こうの方が厄介な奴を相手にしているのだ。
今も、牽制し合っている。
下手なことをすれば、キバもピンチになるだろう。
じゃあ、ココは? ……無理だな。
俺よりも攻撃力が無い。
さっきの『威圧』で、戦意も無いだろう。
俺が一人で何とかするしかない。
俺は考えた。必死にオウルベアの腕を掻い潜りながら、打つ手を。
ストーンバレット以外で敵を倒した方法……あるにはあるが、条件が揃っていない。
いや、待てよ?
やるだけやってみるか。
どうせ、他に手が見付からないんだ。
俺はオウルベアの腕からすり抜けながら、咄嗟に『創造』する。
石、木、鉄製のもの……。
逃げ回りながら、地面に落としていく。
オウルベアは気付いていない。
俺がそれを踏まないように、気を付けながら『創造』し続ける。
「フオッ!?」
踏んだ!
オウルベアは突然、体勢を崩して転げ回る。
上手くいったみたいだ。
俺が『創造』したのは、マキビシだ。
罠としてはかなり地味だろう。
地味であっても、効けば良いのだ。実際、オウルベアは悶え苦しんでいる。
結構な数のマキビシを『創造』したので全身に刺さっているが、効果があるのは手足と顔面に刺さっている分ぐらいだろう。
こんなマキビシじゃあ、オウルベアの毛皮を通るわけがない。
しかし、傷が付けば良い。
あとは、俺の『毒液』と『麻痺液』の効果を待てば良いだけだ。
マキビシを『創造』する前に、自分自身に『毒液』と『麻痺液』を『付与』しておいた。
『創造』したマキビシを口から出す時に一緒に吐き出していたのだ。
以前、ペスと薬を作っていた時に『麻痺液』の使い方を相談していた。
その時は、矢尻に半固形にした『麻痺液』を取り付ける話だったのだが……。
今回は少し違う使い方だが結果オーライだ。
目の前のオウルベアは口から涎を垂らしながら地面に突っ伏している。
今なら隙だらけだ。
(卑怯と思うなよ? ストーンバレ――)
ドバァ!
突如、俺の周囲に土砂が吹き荒んだ。
ストーンバレットを放つ直前だったので、周りに注意を払っていなかったのだが……。
(クソッ! 何が起きた!?)
「マスター!」
キバの声がした方へ視線を向ける。
特殊個体のオウルベアが、右腕を振り抜いた形で動きが止まっていた。
地面には腕の軌跡を残すように抉れていた。
今の土砂は、こいつの仕業か!
恐らく、俺が相方の止めを刺すのを阻止しようとしたのだろう。
地面の抉れている方向は俺に向かっていた。
土ばかりの土壌で幸いした。俺に大したダメージは無い。
しかし、特殊個体は俺に怒りの矛先を向けている。
「フゥオオオオ!!」
――また、『威圧』か!
さっきは不意に受けたが、今度は身構えていた。
身動きが取れなくなる程の衝撃は無い。
しかし、特殊個体は初めから『威圧』の効果は期待していないかのように、俺に向かって突っ込んで来ている。
それをキバが見過ごすわけが無い。
キバは特殊個体の背後から飛び掛かった。
――瞬間、特殊個体は身を翻し、キバに向けて爪を振り抜く。
「グゥオオ……!」
カウンターで特殊個体の爪がキバの顔面を切り裂いた。
辺りにはキバの血が飛び散っている。
明らかに深手だ。
特殊個体は、これを狙っていたのか!
攻撃を受けたキバは後ろへ転がるように距離を開けた。
体勢を整えたキバの顔は右半分が抉れている。
目は無事なように見えるが、口元は裂け、右耳は力無くぶら下がっている。
(キバ! 俺が回復を――)
「ククク……ハハハ……!」
突然、キバが笑いだした。
顔面から大量の出血をしながら笑うキバの姿は、俺から見ても異常だ。
特殊個体も何かを感じたのか、キバを警戒しているようだ。
(おい! キバ! 大丈夫なのか!?)
「これが痛み! これが強者との戦い! クハハハ……!」
俺の声が聞こえていないのか、キバは特殊個体に飛び掛かった。
――疾い!
明らかに先程のキバよりも素早い動きで距離を詰める。
特殊個体も、これには反応しきれていない。
反撃しようと立ち上がったところを、キバに押し倒され仰向けになった。
キバの前足は特殊個体の両腕に爪が食い込んでいる。
反撃できないように押さえ込んでいるようだ。
単純な力では特殊個体の方が上のはずなのに、キバが押し勝っている。
「フゥオ!」
特殊個体は力を込めたのか、体を弾ませる。
――両腕が膨れ上がった!?
これが『筋肥大』の効果か。
特殊個体の上半身が歪な形に膨張している。
『筋肥大』はその名の如く、筋肉を巨大化させるようだ。
キバの拘束を解くために切り札を出した、といったところか。
「ガルルゥア!」
!? キバが唸った直後、キバの体にも変化が起きている!
キバの紅く鋭いキバが巨大化し始めたのだ。
まるでサーベルタイガーのような風貌になっている。
爪までもが鋭く伸び、一本一本が紅い鎌のように特殊個体の腕に食い込んでいる。
腕が膨らんだことで反って食い込みが増して、切断する勢いだ。
何だ!? キバに何が起きている!?
重傷を負ったはずのキバの変貌に、俺は困惑していた。
動揺しているのは特殊個体も同じようで、目を見開いてキバを凝視している。
キバは特殊個体の動揺を気に留めること無く、その頭に牙を立てる。
ゴキャ!
辺りに、特殊個体の頭の砕けた音が響いた。
変貌を遂げたキバの前では、特殊個体のオウルベアも為す術無く、その最期を迎えた。
キバは獲物が絶命したのを悟ったのか、牙を離してその場から動こうとした。
俺の方へ向き直ったところで……キバは力尽きた。
(キバ!)
キバが倒れて、俺はようやく正気を取り戻す。
キバにありったけのミドルポーションを浴びせる。
回復薬だけじゃ足りない。俺はキバに『再生』を『付与』した。
『再生』の効果だろうか、千切れかかっていた耳が繋がり始めた。
この時、キバの生命力は尽きかけていた。
特殊個体の反撃を受けた時も、確かに大ダメージであったが、キバの様子が変わってから一気に生命力が減っていたのだ。
どう考えても、あの変貌が体に負担を掛けていたのだろう。
今はキバも元の姿に戻っている。
生命力も危険な域は脱しただろう、まだ意識は無いようだが一安心だ。
……そうだ、こいつのことを忘れていた。
俺は止めを刺し損なったオウルベアに目を向ける。
俺の『毒液』と『麻痺液』が予想以上に強力だったのか、口から泡を吹いたまま、既に絶命していた。
これでこの辺りの脅威は無くなったのか?
しかし、特殊個体か……俺の理解を越えた存在のようだ。