第27話 避難するコボルト達
日は昇り、辺りにはうっすら霧が立ち込めている。
森の中は場所が変わっても同じような朝だな。
キバもココも既に目覚めている。
(それじゃあ、行くか)
俺達は再び森を進んだ。
二日目と言っても、やることは変わらない。
ただ、目的地に向かって進むだけだ。
……
ん? 何か動いたかな?
森の奥で何かが動いた気がする。
どうやら、キバも気付いたようだ。
「マスター、何者かが潜んでいます。こちらに気付いて身を隠したようですが、動く様子はありません。我が捕らえましょうか?」
キバの言葉にココが反応した。
「えっ、何かいるんですか?」
(キバ、警戒しながら近付こう。攻撃してくるなら捕らえる、話ができるなら話をしてみよう)
「御意」
俺達は何者かが潜んでいる木の陰に、静かに近付いていく。
今のところ、動く気配は無い。
こっちが近付いていることも、向こうは気付いているはずなんだが……。
(なあ、隠れているのは分かってるんだ。出てきて話でもしないか?)
「……」
反応が無いか、仕方ない。回り込むか――
突然、潜んでいた人影が突然走り出した。
俺達が回り込もうとしたことに気付いたのか、逃げるように森の奥に向かって行く。
その後ろ姿は――
コボルトだ。
見知らぬコボルトが俺達から逃げている。
相手がコボルトと気付いたココが、必死に呼び掛けていた。
「待って! 私もコボルトです! 敵じゃありません!」
ココの呼び掛けにも応じず、向こうも必死になって走っている。
あの様子だと、俺達は完全に魔獣だと思われているだろう。
まあ、キバを見たら普通は逃げるよな。とは言え、放っとくわけにもいかない。
あんな逃げ方じゃ、他の魔獣に出くわしかねないからな。
(仕方無い、追うぞ。こんな所にいた理由も聞きたいしな)
逃亡者は既に見えなくなっている。
しかし、キバとココは逃亡者が何処に行ったのか分かるようだ。
迷い無く進む二人を追いかけて、俺も逃亡者を追う。
木々の間を通って進んで行くと、遂に逃亡者に追いついた。
俺達が発見した時、逃亡者は地面に倒れ伏していた。
周りでは、二匹の巨大な蛾がヒラヒラと舞っている。蛾はパラライズモスだ。
どうやら闇雲に逃げているうちに、パラライズモスの『麻痺燐粉』を吸ってしまったらしい。
逃亡者は虚ろな目をしながら痙攣していた。
(これはマズイな……助けよう! ストーンバレット!)
俺は二匹のパラライズモスをストーンバレットで仕留めた。
それでもまだ、辺りには『麻痺燐粉』が舞っている。
時間が経てば『麻痺鱗粉』も収まるだろうが、逃亡者が気の毒なので俺が治癒してやることにした。
俺には呼吸が必要無い。
つまり、呼吸器を介する攻撃は効かないのだ。
俺は悠然と痙攣している逃亡者に近付く。
逃亡者の虚ろな目が、俺の目と合った。
(安心しろ。俺達は敵じゃないから)
俺は『収納』から、麻痺を中和する薬を出して逃亡者に飲ませた。
旅立つ前に、ペスがパラライズモスの燐粉に効く薬を用意してくれていたのだ。
必要無いかと思っていたが、こんな風に役立つとは……ペスに感謝だな。
逃亡者には悪いが、俺の口から出る薬を飲んでもらう。
俺だって、おっさんコボルトに口移しで薬を飲ませるの嫌だけど、そうも言っていられない。
逃亡者は薬を飲むと次第に痙攣が収まっていく。
痙攣が完全に収まった逃亡者は、既に逃げる気が無いのか、俺達の前で座り込んでいる。
逃げる気が無い、というよりキバを前にして生を諦めているようだ。
顔には生気が感じられない。
「大丈夫、私達は敵じゃありません」
ココが宥めるように優しく話しかけた。
その声で、初めてココをコボルトと認識したのか、顔色に生気が戻ってきた。
「お、俺を食うつもりじゃないんだな? あんた達は何者だ?」
「私達は……えっと、マスターさん、どうしましょう?」
(ココから説明してやった方が良いかもな。俺からだと余計に混乱しそうだ)
「分かりました」
……
ココは逃亡者に向き直って、丁寧に説明し始めた。
俺とキバについては終始訝し気ではあったが、敵じゃないことは伝わったようだ。
「じゃあ、あんた達はマックスの集落の人達なんだな?」
「はい、今は違う場所で暮らしています」
このコボルトは、マックス達とは別の集落の者らしい。
近くで食糧を探していたところを、キバの姿を見て隠れたそうだ。
こんな所を一人で探索するなんて、危険だと思うんだけど……。
「俺の集落も魔獣のせいで避難を始めたんだ。十分な食糧が無いから、こうやって森を探索していたんだが、まさかパラライズモスに殺られそうになるとは……危ないところを、どうもありがとう」
コボルトの男は、頭を下げて礼を言ってきた。
(いや、驚かせてパラライズモスの所まで追い立ててしまった俺達が悪いんだ。礼を言われるようなことじゃないよ)
「いや、それでもだよ。口移しで薬をもらったのには驚いたけどね」
この男、さっきまでの生気の抜けた顔が嘘のように朗らかに笑っている。
俺が『思念波』で話しかけていることにも動じていない。
「マックスの所には昔から優秀な者が集まっていたけど、まさかコボルト以外も集まるとはね……」
(マックスと知り合いなのか?)
「そうだな、知り合いって言うよりも幼馴染、かな」
聞くと、この男――ジョンは、マックスと同じ集落で育ったらしい。
集落の人口が増えたことを機に、マックスが人々を率いて別の土地に移り住んだとのことだ。
「マックスの集落が魔獣の被害に遭ったって聞いた時は信じられなかったよ。あのマックスが全滅するわけないって思ってたからな。しかし、良かった。今は別の場所に住んでいるんだな……」
ジョンは、心の支えが取れたような安堵の表情を見せている。
(まあ、詳しいことは本人と話すれば良いじゃないか)
「ははは……そうしたいけど、そんなに簡単にいかないだろ? 俺の集落の皆で押し掛けても、マックスが困るだろうし、俺だけが行くわけにもいかない」
(それも踏まえて、マックスと話をしてくれ)
「マスターさん、まさか……」
ココ、そのまさかだよ。
その前にジョンの集落の人達の所まで連れていってもらわないとな。
(じゃあ、ジョン、俺達を仲間の所へ案内してもらいたいんだけど)
「えっ、急に何を言ってるんだ?」
「あの……ジョンさん、悪いようにはなりませんので、案内してください」
困惑したままのジョンに案内してもらい、俺達はジョンの集落の人々が集まる場所に着いた。
その場所は開けているわけでもなく、木々が生い茂る森の一角だ。
倒木を椅子のようにして人々が座り込んでいる。初めてマックスの集落に着いた時の光景を思い出す。
コボルト達は皆不安な表情をし、明日のことも分からない面持ちであった。
そんなコボルト達は俺達の姿を見て、顔に恐怖を浮かべている。
まあ、キバが恐いのだろうな。
「案内したけど……どうするんだ?」
(こうするんだ)
俺は少し盛り上がった地面にダンジョンの入口を繋げるイメージをした。
ここにダンジョンの入口を接続するのだ。
ジョンに案内してもらっている間に、ノアとマックスに連絡したのだ。
幸いにも、すぐに連絡が付いたので、事はスムーズにいった。
平原に出ているコノアを撤収させ、平原への入口を閉じた。
そして、何も無い場所に入口を繋げられるように、大広間の一角に天井へ向かうスロープを設けたのだ。
何も無い場所からは、地下へ向かう入口のイメージで接続が可能だ。
それを今、やって見せたのだ。
「こんなこともできるんですね……」
ココは半ば呆れ気味だ。
ジョンは口を開けて固まっている。何をしたのか、分かっていないのだろう。
「マスター様、こちらの受け入れ準備は整っています」
マックスがダンジョンから顔を出して声を掛けてきた。
「マックス!? 何だ!? どうなっているんだ!?」
「ジョン、久し振りだな。無事で何よりだが、マスター様を待たせているのでな、悪いがそちらの集落の者を中に案内してくれ」
ジョンはマックスの言われるがまま、仲間のコボルトをダンジョンに誘導し始めた。
ジョンの仲間も、初めはダンジョンを不気味と感じたらしく、入ることに難色を示していたが、中からマックスが出てきたことで安心したのか、それならばと入ってくれた。
ジョンの集落にはコボルト達が三十六人、皆衰弱している様子だったが、マックス達が食事を用意してくれていた。驚愕と歓喜が入り交じった様子で食事に手を付けている。
(ノア、マックス、急なことで悪かったな、感謝するよ。予定とは違ったけど、また出発するつもりだから)
「いえ、マスター様のおかげで旧友と再会できました。同胞を助けてくださったマスター様には、こちらから感謝しなければなりますまい」
マックスはジョンを一瞥する。
ジョンは再会の喜びよりも、今は食事に夢中のようだ。
「ハハハ……ジョンは相変わらずのようで安心しました」
(じゃあ、あとの事はそっちで決めてもらって良いか? 勿論、ここに住むのは歓迎するよ)
「分かりました。あと、昨日の件なのですが……」
(昨日? あっ、昨日も別のコボルトを保護したんだったな)
「はい、目が覚めたようなので食事を与えて話を聞いたのですが……どうやら、その者の集落も土地を放棄して避難しているようです」
立て続けて避難……か。多いよな、これって。
(そいつの集落も保護が必要なら、ここに連れて来させてくれ)
「承知しました」
俺達は元いた場所に戻ると、ダンジョンの入口を再び平原に戻しておく。
さらに食糧が必要になるかもしれないので、狩りをしてもらわないといけないのだ。
向こうのことも気になるけど、俺達は俺達の目的を果たすために再び出発した。