第26話 俺とキバとココの旅
夜が明け、マックス達が以前住んでいた土地に向かう準備をする。
まあ、準備と言っても、同行してもらうキバとココに声を掛けるぐらいのものだけど。
「マスター、この度の出立の護衛、このキバが命に代えても」
キバは大袈裟だ。
出立って言うほど立派なものじゃない、気楽な旅のつもりなのだ。
「マスターさん……私で良いんですか?」
ココの方は不安そうだ。
(何が不安か分からないけど、キバもいるから危険は少ないと思うぞ)
「いえ、私なんかが道案内なんて、荷が重いと思うんですけど……」
(マックスの推薦だし、俺もココで良いと思う。嫌な記憶がある場所かもしれないけど、力を貸してくれ)
「そ、そこまで言われたら断れませんよ。分かりました、行きましょう」
さあ、早速出発するかな。
大通りを歩いていると塀の切れ目、集落の入口にマックスが立っていた。
(見送りなんか、いらないぞ? そんな大層なものじゃないし)
「ハハハ……。娘がマスター様に会いたいと言うもので」
マックスがそう言うと、マックスの陰からコボルトの少女が顔を出した。
父親と同じで、シェパードの子犬のような顔付きをしている。
「ますたーさま、ナナね、これあげる」
ナナと言う名の少女が差し出す手には、草花で作られた冠が乗っていた。
花の冠を持つ少女、微笑ましい光景だが、花の冠の完成度は目を見張るものがある。
月桂冠のような立派な草の冠に、幾つもの青白い花が装飾されている。店で売っていても、おかしくない出来だ。
「マスター様のために、ナナが作っていたのですよ」
マジか……こんな小さな子が、これを作るのか。
コボルトの技術って実は凄いんじゃないか?
ナナは俺の頭に花の冠を乗せてくれた。
「このかんむりね、ナナとノアちゃんの、ありがとうのきもちなの」
そう言うと、ナナは恥ずかしいのか、マックスの後ろに隠れてしまった。
(ノアが? あいつ、何も言ってくれなかったな)
ナナとノアの感謝の気持ちか、嬉しいに決まっている。
思えば、前世でこんなに感謝されたことってあっただろうか?
……まあ、前世を振り返るよりも、今のことに向き合う方が何倍も大事だな。
(ナナ、ありがとう。大事にするよ)
「うん!」
(マックスも、ありがとう。俺の留守の間はノア達のこと、頼むな)
「承知しました、御武運を」
やる気が出てきた。
張り切って行くとしよう。
俺達は集落を出ると、ココの案内で真っ直ぐ目的地に向かうことにした。
目的地は南東、森の深部へ向かうことになる。
コボルト達に採集してもらう時も、南には寄らないように言っていた。森が深くなるほど危険な魔獣に遭遇する恐れがあるらしいからだ。
最近までは、この辺りも特に強い魔獣が出ることも無かったそうだが、森の様子が変わったらしい。
ココを襲ったブラッドウルフも、遥か南が生息地らしいのだが、何故か北上して来た。
森の南で何かあった、ということだろうか……?
……
森を進んでいっても、特に景色が変わることはない、同じような木々に囲まれた光景が続いている。
今のところは遭遇したことのある魔獣しか出てきていない。
そんな魔獣も、キバを見て逃げ出したり、息を潜めるように動かなかったりと、襲ってくる気配も無いので放っておいた。
なんの進展もなく、時間が経っていく。
暇なので世間話でもするか。
(ココは今、何歳なんだ?)
「急にどうしたんですか? 私は今、八歳ですけど」
(暇すぎて……不謹慎かもしれないけど世間話でも付き合ってくれ)
「そう言えば、前もこんな風に話しながら森を進んでましたね」
「むう……。ココはマスターと、そこまで親しいのか……」
何かキバが悔しそうだ。
ノアといい、キバといい、俺と親しくする奴に嫉妬する傾向があるな。
(キバも何か話でもしよう。勿論、警戒しながらな)
「御意!」
キバが尻尾を振っている。
クールな言動と行動が一致していない。
(じゃあ、キバ。お前から見たコボルトってどんな印象だ? 素直に言ってくれ)
いきなり核心を突いてみよう。
ココも俺の質問の答えが気になるようだ、興味深そうにキバを見ている。
「我から見たコボルト、ですか……。正直、最初は見下していた、と言わざるを得ません」
(最初は、ね)
「しかし、マスターが仰った『お互いに協力』、この意味が分かれば我の目が節穴であったと断言できます」
(ほほう、どういう意味だ?)
「我等ブラッドウルフは敵を殲滅することはできましょう。しかし、その後が無い。破壊はできても作り出すことができないと知りました。しかし、コボルトにはそれができる。我にとって、まさに晴天の霹靂でした」
おお……キバは分かってくれていたようだ。
俺はノアやキバ達に、お互いを補うことで、可能性が広がることを知ってもらいたかったのだ。
ブラッドウルフにできること、コボルトにできること、できないことに目を向けるんじゃなく、できることに目を向ける。
キバは既にできていたのだ。そのことに俺は感動した。
「勿論、これは我だけの考えではなく、コウガ達の総意でもあります。今ではコボルトを見下す者はいませぬ」
この言葉に、俺だけじゃなくココも感動しているようだ。
「皆さんにコボルトを認めてもらえるなんて夢みたいです」
(夢は言い過ぎだろ)
「他の獣人からも相手にされないのに、マスターさん達みたいな凄い人達と手を取り合えるなんて、本当に夢物語みたいなことなんですよ」
他の獣人か、会ってみないと分からないけど……。
(他の獣人にだって、コボルトと仲良くしたい奴らがいるかもしれないぞ? ココが会ったことが無いだけかもしれないんだ)
「そ、そうでしょうか?」
(コボルトはネガティブに考え過ぎなんだよ。前向きに考えた方が、人生楽しいぞ)
「ふふ……マスターさんって、何歳なんですか? 生まれて間もないって言う話ですけど、とてもそうは見えませんよ」
まあ、実際は三十四歳ですよ?
君たちのリーダーのマックスの二倍生きてますけど、何か?
前世の記憶があるせいで、一か月弱しか生きてない奴がする話ではないわな。
(俺にも色々あるんだよ。年のことは気にするな)
「そうですね。マスターさんなら、何でもありですよね」
うん、それで良い。
それと、もう一つキバに聞いておくことがあるな。
(キバ、ノアをどう思う?)
「ノア、ですか? ううむ……どうと言われても、答えかねまする」
(ノアはこの旅の件、キバなら任せられるって、言ってくれてたぞ)
「な、なんと! そこまで……。思えば、ノアと話をすることが無かった……どうやら我はまだまだ視野が狭いようだ。一度、腰を据えてノアと話をしましょう」
俺も気にはなっていた。
ノアとキバは全然会話しないのだ。
確かに会話する必要が無いほど、お互いの連携が取れているのもあったのだが、コウガとコノアは仲良く会話しているところを見ていると、何かが違う気がしていた。
業務だけの付き合いで終わって欲しくないし、仲良くなれるなら、それに越したことはないだろう。
キバがその気になってくれてるし、後は帰ってからだな。
……
世間話をしながら進んでいたが、特に危険なことは起こらなかった。
日も傾いてきたので、野営することにしよう。とは言っても、火を起こしたり、テントを張ることもない。
木の根元で寛ぎながら、日が昇るのを待つだけだ。
(じゃあ、ちょっとダンジョンに定時連絡するから、キバ、警戒頼んだ)
「御意!」
俺は意識をダンジョンへ移す。
……
(ノア、聞こえるか?)
「マスター、ご無事ですか?」
(ああ、問題無しだ。そっちはどうだ?)
「こちらは一件、報告事項があります」
(ん? 何があった?)
「実は……」
ノアが言う報告事項とは、俺が出発して暫くした後、採集に出ていたコボルトが別の集落のコボルトに遭遇した、とのことだった。
そのコボルトは衰弱していたらしく、コウガとコノアを見て気を失ったらしいが、今では俺達の集落で治療を受けているらしい。
意識はまだ回復していないが、意識が戻ればマックスが事情を聞くことになっていた。
俺もその対応に賛成だ。同じコボルトの方が話をしやすいだろう。
そのコボルトのことは気になるが、ノアとマックスに任せていれば大丈夫だ。
明日も、今ぐらいの時間に連絡することを伝えて、意識を化身に戻した。
……
「マスター、戻られたか」
(ああ、向こうでは別の集落のコボルトを保護したらしい)
「別の集落?」
(詳しいことは俺にも分からん。マックスとノアに任せておけば大丈夫だろ)
まあ、明日には事態が進展してるはずだ。
キバとココには休んでもらって、明日に備えないとな。
しかし、俺だけ寝る必要が無いっていうのも退屈だ。
それだから、俺が警戒するんだけど……。
俺は、木々の隙間から見える蒼い月を眺めながら、長い夜を過ごした。