第20話 歴史と英雄
説明が多くなりました……。
「? マスター殿は存じないのか?」
(ああ、全くと言っていい程に何も知らない。そもそも、魔素だとか、霊素だとかもよく分からん)
「なるほど、では神々についてや、魔の攻勢については?」
(全く知らん、是非教えてもらいたい)
「そうか、少しでも恩が返せるならば幾らでも話そう」
マックスは語り始めた。この世界の歴史について。
……
この世界に元々、神はいなかった。
一体の龍が覇者として天空を飛び回っていた。
人々は龍を崇め絶対者として信じ、龍もまた、己を崇拝する人間に加護を与えていた。永い営みの中、それは揺るぎ無い絶対の理であった。
およそ千年前、突如として魔が世界を包み込んだ。
魔に取り込まれた人々は魔人に、獣は魔獣と化し破壊の衝動に駆られていく。
龍は魔に取り込まれた者を排除し世界を修復しようとしたが、魔の力は龍をも超えていた。
遂に龍が魔に取り込まれようとした時、天から光が訪れた。
光は世界に降り注ぎ、魔を浄化していく。
龍は光に救われた後、光の使徒として魔と戦い続けた。
龍を崇拝していた者達も龍と共に戦った。
当時の光と魔の戦いを聖戦と呼ぶ。
しかし、聖戦で光と魔に決着が付くことは無かった。
聖戦の後、光は太陽と一つになり、魔は月と一つになった。
地上は魔に取り込まれた者と光の戦士が戦い続け、天では太陽と月が戦い続けることとなる。
決着が付かないまま時は流れ、聖戦から二百年後、魔が突如として攻勢を強めた。
魔の激しい攻撃に対し、世界は恐怖と絶望に染められていく。
だが、時同じくして四人の勇者が現れる。
勇者は地上の魔を退け、やがて自らを光に変え、天へと昇っていった。
天に昇った四人の勇者は女神となり、今も魔と戦っている。
それ以降、二百年に一度、魔の攻勢が訪れる。
魔の攻勢の度に世界は危機に晒されることとなるが、時の英雄達によって世界は守られ続けている。
次の魔の攻勢は五度目である。
四度目の攻勢から百七十年。次の魔の攻勢まで、あと三十年……。
……
うーん……光と魔、か……。
転生直後だったら、何言ってんの? だったけど……。
(確認したいんだけど、魔って言うのは魔素のことか?)
「恐らくは……。光については霊素だと言われている」
そんな気がしていた。
魔が月と一つに……って言うのは黒紫の月の方っぽいな。
じゃあ、女神は蒼い月のことか? 神々しいし、言われれば納得できる。
で、光は太陽か……。
女神の加護を持つ俺は、光よりの存在なのか?
うーん……まだ、分からんな。
(マックス、気になったんだが、魔人って……お前達も魔人なのか? 今の話のような邪悪な感じはしないんだけど)
「うむ、実は歴史に言われる魔人と、我々獣人は少し違うものなのだ。」
……
魔人は元々人間である。
魔素の影響により魔人となったのだが、影響の程度によってあり方が変わる。
影響の濃い魔人は力の強い種族に多く、巨人や鬼人、吸血鬼の存在が知られている。
力の強い種族は知性が高く、他の種族とは接触することがほとんど無い。
また、強い故か繁殖せず数が少ない。
影響が濃くありながら、力の弱いゴブリンのような種族もいる。
そういった種族は、数は多いが知性が低く、本能に従って生きている。
魔素の影響の薄い種族が獣人だ。
獣人は、様々な獣の身体的特徴を有しているが、必ずしも獣の能力を有しているわけではない。
戦闘能力が高い種族もいれば、五感が優れている種族もいる。
しかし、あまり長所の無い種族もいる。コボルトのように。
獣人は魔人でもあるために、人間から目の敵にされている。
過去の英雄達によって誤解であると釈明されたが、魔人への恐怖のためか、いまだに獣人に対する風当たりは強い。
特にコボルトは優れた点が少ないこともあり、時には奴隷として扱われている。
……
話が重い……。
マックスの話で皆がシーンとしてしまった。
話を変えよう。
(魔人のことは分かった、光の戦士って言うのは何だ?)
「うむ、光の戦士か……」
……
光の戦士とは、聖戦の時に光と共に戦った者達を指している。
光の使徒となった龍は神龍と呼ばれ、北の大地――ヴェルトの壁の向こうの大地を守護していると言われている。
龍を崇拝していた者達は、霊素の影響を受け精霊人となった。
精霊人はエルフやドワーフを指している。
他に、霊素の影響を受けた獣は聖獣と呼ばれ、主に北の大地、僅かにヘルブストの森に生息している。
あと、光の戦士とは違うのだが、女神達の眷属が各地で魔の侵攻を食い止めている。
女神達はそれぞれ火、水、風、土の属性を冠しており、眷属もまた、女神の属性を授かっているという。
……
魔人に対して、精霊人。魔獣に対して聖獣か。人間と獣はどちらでもない、中間の存在みたいだな。
神龍については、元々信仰の対象になっていたぐらいだから、とてつもない力を持ってそうだな。
そう考えると、最初にダンジョンがあった場所ってどうなんだ?
神龍に目を付けられたら終了だろうし、逆に神龍のおかげでヤバい魔獣がいないとかか?
うーん……あの平原って安全地帯なのか、今一つ分からんな。
そもそも、あの壁ってどうやってできたんだ?
(ヴェルトの壁って神龍が作った、とかか?)
「うむ、そのとおりだ。三度目の魔の攻勢の際に北の大地を隔てるために、山を削り取ったと言われている」
マジか……。予想以上にとんでもないぞ。
無茶苦茶しやがるな。
(そう言えば、ココから聞いたんだけど、エルフが森の何処かにいるのか?)
「エルフか、確かにヘルブストの森に住んではいるが、かなり遠いな。何か気になることでも?」
(いや、折角だし、何か交流でも持てればなぁって……)
「……」
ん? マックスが思案気な表情になったぞ。
「恐らく、無理だ。彼らは他の種族との交流を避けている。無理に近付けば、一方的に攻撃されるだろう」
やっぱり、イメージどおりか。
まあ、人間とも接触できてないのに、いきなりエルフはハードルが高いか。
(他の獣人とは交流できないのか?)
「兎耳人や山羊人ならば交渉が可能だろう」
(どういう種族だ?)
「マスター殿は人間の容姿は知っているか? ラビットマンは人間に兎の耳と尻尾を生やした姿なのだが……」
(人間は多分、知ってる)
前世の世界なら、だけど。
「? まあ、知ってるなら続けよう。パーンは人間に角を生やして、下半身も獣のまま、といった姿なのだ。」
ラビットマンは想像しやすいけど、パーンね……。
あんまり聞いたことも無いし、イメージがつかんな。
「どちらも戦闘は苦手だが知能が高く、容姿が人間に近いこともあって、人間の社会にも適応しているそうだ」
(じゃあ、そのどちらかと交渉すれば、人間の道具なり、情報なりを手に入れることもできるのか)
「もしかしたら可能かもしれないが……何か、必要な物が?」
ん? 言われてみれば、俺は人間じゃないんだし、そこまで拘る必要も無いのか?
……いや、人間の文明を知れば、この世界の科学力も推測できる。
場合によっては文明の利器を利用しない手は無いのだ。
(欲しい物は技術、かな。どんな文化を持っているか、とかも興味があるな)
「ふむ、確かに人間の持つ技術は驚異的ではあるな。南のレーベンの壁など、人間の技術には多くの獣人も救われている」
(レーベンの壁? ヴェルトの壁とは別のものか?)
「レーベンの壁は、ヘルブストの森を西に進めば着くことができる。北西のヴェルトの壁から森を囲むように伸び、南東にある人間の国まで繋がっている。その長さは筆舌に尽くしがたい」
(その壁を人間が建てた、と)
「二百年前の魔の攻勢に備え、英雄王マキシマーが建造したと言われている。レーベンの壁は当時から今なお、魔人や魔獣の侵攻を阻んでいるのだ。」
レーベンの壁がどんなものか知らないが、防壁としてはかなり強固みたいだな。
人間の建築技術は高いかもしれない。
やっぱり、いつかは人間とも交流したいよな。
それにしても、魔の攻勢か……。
話では三十年後に、次の魔の攻勢が訪れるのか。
俺も無関係じゃ無いよな。
(魔の攻勢って、具体的には何が起こるんだ?)
「魔人や魔獣の力が増し、狂暴化すると言われている」
(獣人も狂暴化するのか?)
「いや、獣人は魔の影響が薄いのだろう、そんな話は聞いたことが無い」
(じゃあ、獣人は魔人とは違うんだな)
安心した。
コボルト達が狂暴化してしまったら、俺の敵になる可能性もあるということだ。
敵になったら、俺が躊躇してもノアやキバは躊躇しないだろう。
そんな未来は御免だからな。
(しかし、次の魔の攻勢まで三十年なんだろ? 次の英雄が現れて何とかしてくれるのかな)
……
あれ? またコボルト達が静かになった。
俺、変なこと言ったかな?
「マスター殿、魔の攻勢は回を重ねるごとに熾烈になっている。前回の魔の攻勢までに、レーベンの壁より南の地は全て魔に支配されてしまった」
(それって、まずいのか?)
「今では、世界の大半が魔の領域となっている。次の魔の攻勢で、我々が生き延びる可能性は低いかもしれない」
まずいじゃねーか!
転生先は滅亡仕掛かっているってことか?
っていうか、英雄は何してんだ?
(英雄はどうした? 今回もいるんだろ?)
「いや、聞いたことが無い。私が知らないだけかもしれないが……」
まだ生まれてない可能性もあるのか?
いや、英雄がいてもヤバいかもしれん。
せめて拮抗していれば楽観視できたのに、押されているとは……。
「私は……マスター殿が次の英雄ではないか、と考えている」
はい? マックス君、何言ってんの?
皆が俺のこと見ちゃってんじゃないか。
俺が英雄なわけねーだろ!
マックスは知らないだろうけど、俺ってダンジョンなんだぞ?
今だって犬だ。
どっちにしろ、英雄はありえない。
「マスターは、英雄になるぐらい造作もありません!」
「左様、我が主の力を以てすれば容易いことよ」
ノアとキバが何か言い出した。
フザケンな、たわけ!
「マスター殿……いえ、マスター様。どうか、我々を御導きください!」
マックス! 跪くな!
他のコボルト達も!
ノアも、お前、それドヤ顔だろ! 表情無くても何か分かるぞ!
キバも満足そうに頷くんじゃねー!
くっそう……。
こんな予定じゃ無かったんだけど……。
元々、コボルト達には俺の協力をしてもらおうと持ち掛けるつもりだったんだけど、えらいことになった。
思っていた展開と違うけど、しょうがない。
(マックス、最初に言っておく、俺は英雄なんかじゃない)
「……」
(だけど、お前達と歩いていきたい)
「それは……?」
(うん、まあ……仲間だな。一緒に生きる仲間だ。お互いが協力して、補い合う。そんな関係で良いじゃないか)
――その瞬間、喝采が起きた。
コボルト達は、俺という後ろ盾ができたことを素直に喜んでいるようだ。
マックスだけが困惑しているようだけど……。
「マスター様、言葉の意味が分かりませぬ。言葉どおりに受け取ると、主従ではなく対等な関係と捉えてしまいますが……?」
(ああ、それで良いんじゃないか? さっきも言ったけど、協力し合えればそれで良い。まあ、勝手に傅くなら好きにすれば良いけど、俺から強制する気なんて全然無いよ)
「む、むう……」
(それより、お前も食えよ。頼んでおいてなんだけど……話してばっかりで全然食ってないじゃないか)
マックスの困惑をよそに、コボルト達は大騒ぎだ。
これで良い。
俺にはこれで十分だ。
ノアもキバも俺の言うことなら、受け入れてくれるだろう。
コボルトを仲間として受け入れるのだ。
コボルト達は俺を陥れるような真似はしないと思う。
付き合いは短いが、皆素直で気の良い奴らなのだ。
俺は彼らを友人として接していきたい。
リーダーとか王様とか器じゃないし、そんなもん他の奴に任せる。
俺は、俺が楽しく生きるために、やりたいようにやる。
女神様のお墨付きなんだから、これでも良いよな。