第208話 新たな『創造』 まずはお試し
「まーた変なことしてるみたいッスね」
作業をしている俺の耳に呑気な声が届いてきた。
見なくても分かる。ビークだな。
「どうした? お前がこの部屋に来るなんて珍しい」
俺が今いる部屋は、ダンジョンでも奥まった場所に位置する核ルーム手前の部屋。俺の自室だ。
自室であるにも関わらず、俺でも夜間ぐらいしか足を運ばない。行き来するのはノアの他にホーンラビットのラビとビビ、あとはその子供達ぐらいなもの。他の眷属達は滅多に訪れない隠れ家的な一室だ。
ビークが来るなんて初めてじゃないだろうか?
「ポーラちゃんが気になってるって言うんで、代わりに様子を見に来たんスよ。自分も報告があるから、そのついでにッスね」
「ポーラが?」
「よく分からないッスけど、魂が騒いでるとか何とか」
なるほど、分からん。
まあ、わざわざポーラがビークに言うぐらいなのだ。意味が無い訳でもないのだろう。
取りあえず、気には留めておくとして。
「ビークの報告ってのは?」
「アレッス。新しいダンジョンの機能の話ッス」
「おお、アレか。で、どうだった?」
ビークの言うダンジョンの新しい機能とは、俺の同期率が上がった時にしれっと足しておいた機能のこと。
まあ、機能なんて大層なものでもないけどな。
一言で言うなら……何だろ。通れる壁? あるいは、壁そのものが通路と言うべきか。
「マスターの説明が下手過ぎて最初何言ってるのか分かんなかったッスけど、試してみたら簡単な話だったッス。部屋の端まで行くと逆側の端にワープする、いわゆる世界一周ができるようになったってことだったッスね」
「そう、それ!」
さすがビークだ。感覚で理解してくれるので、俺の説明不足でもひと安心。口ぶりから察するに、機能は十分に理解してくれたようだ。
「アレのおかげでダンジョンの幅も広がったッス。アトリアさん達の部屋で試したんスけど、今じゃ小さな別世界みたいになったッスよ。ますます理想郷になったって感じッス」
なるほど、やはりビークはアトリアさん達の部屋で試したか。
そもそも俺がループなんて着想を得たのは、あの部屋の見えない壁を目の当たりにしてのことだ。どうせ見えない壁なら反対側に繋がってればちょうど良いんじゃないか、と。
俺でも思い付くんだから、ビークも似たようなことを考えていたのかもしれない。
「しかし、別世界ってのは言い過ぎだろ。ほら、見えないけど天井も残ってるし」
「あ、天井も消したッス」
「は? 消した? どうやって?」
「壁の応用ッスよ。大したことじゃないッス」
こいつ……また俺の想像を超えたことをしやがったのか。
ビークから詳しい説明を聞いてみると、見えない天井だったものを『触れられない天井』にしたとのこと。
うむ、全然分からん。
「天井の高さに到達すると、どう頑張ってもそれ以上高く昇れないっていう仕様なんスけど」
「んー……何となくは分かるよ。とにもかくにも天井らしい天井じゃなくなったってことなんだろ?」
「……まあ、そうッスね」
呆れられてるけど気にしない。まだ課題はあるみたいだけど、俺のダンジョンにも空を備えることができた。その事実だけでも十分だ。
「で、今度はマスターの番ッスよ」
自分の報告が終わったビークは、俺の隣に腰を下ろした。
そのまま目の前にある石を一つ掴み、興味深気に眺めている。
「外から拾って来たって感じじゃないッスね。マスターが『創造』したんスか?」
「正解。皆には後で説明しようかと思ってたけど、お前には先に教えとこうか」
ビークが手に持った石は俺が今しがた『創造』したもの。『希望』から得た情報を基に『創造』した、外の世界に存在していない石なのだ。
ノアから『希望』の報告を受けた俺は、特に急ぎでやることも無し。それならばと、新たな『創造』を試すために自室に戻っていたというわけだ。
この部屋で試そうと思ったのは、他の部屋だと眷属達の往来があるからな。色々試したいところにギャラリーなんかが集まってくると集中できん。
その点、ここなら静かなものだ。ラビ達は俺の行動を察してか、自分たちの寝床で寛いで出てこない。後からノアも来る予定ではあるが、それ以外は誰も来ないはず……だったんだけどな。
「あちゃー、それじゃあ自分がいたら邪魔ッスかね?」
「いや、良いよ。興味あるなら見てても」
ビークが来る前に、試しておきたいことはあらかた済ませたからな。今さらビークに見られたところで作業が手につかないなんてことにはならない。
それに、何だかんだでビークは空気を読んでくれる。邪魔になるようなことはしないだろう。
「じゃあお言葉に甘えるッス。そんで、結局これって何なんスか?」
「ああ、それな」
見た目はただの石。そんじょそこらの石と違いは見当たらない。
それでもビークは普通の石じゃないと見極められた。その理由はというと……。
「石の情報の中に次元力を放つ因子を組み込んでみたんだ。まあ、結果としては失敗なんだけど」
「失敗? これでッスか? 確かに次元力が出てるって感じはしないッスね。けど、次元力が籠もってるってのは分かるッス」
ビークには『次元力操作』がある。そのおかげで石の持つ次元力を感じることができるのだろう。
それじゃあ、他のはどうかな?
「他の? ……あー、なるほどッス。意識すれば分かるもんスね」
「ほう、ではビーク君。君の答えを聞かせたまえ」
「いやいや、そこらに生えてる草がそうッスよ。部屋に元から次元力が充満してるせいで分かりにくいッスけど、次元力を出してるッス。光合成みたいな感じッスかね」
素晴らしい、満点だよ。
石は失敗するのを前提で試した試作第一号。第二号が草。こっちはビークの言うように光合成のイメージがあったので、ほぼほぼ成功すると踏んでの『創造』だ。
そして、その試みは成功した。草の種類も色々試したけど特に問題無い。花も同じ。植物なら多分、どんな種類でも大丈夫なのだろう。
「一応説明すると、取り込んだ魔素を次元力に変えて放出するっていう仕組み。単純だろ?」
「まんま光合成ッスね。じゃあついでに質問ッス。何か一種類だけ明らかに違う花もあるみたいッスけど」
石に気付いたビークなら気付くわな。っていうか、それ以前に。
「青白く光る草なんて誰でも気付くッスよ」
「そりゃそうだ。で、あの光ってる草なんだけど、正体は魔含草だ。魔素を多く含んでて薬の材料になるやつな。魔素の部分がそのまま次元力に置き換わったせいかな……完全に違う種類の植物に変化したっぽい」
「っぽいって何スか。狙ったわけじゃないんスね」
狙ってないっての。
ノアからはまったく新しい種族の『創造』が可能と言われたけど、この試行の中でそれをするつもりはなかった。
今行っているのは、ノアが来る前の慣らし運転みたいなもの。魔含草が別の草になるなんてのは偶然の産物なのだ。
「ふーん、それで名前みたいなのはあるんスか? 無いならもう、次元草で良いんじゃないッスか?」
「投げやりだな。まあ、俺も同じ案だったから次元草にしといたけど」
安直な名前はともかくとして、気になるところといえば効果かな?
俺の見立てでは魔含草と同じで薬の材料にできると思うけど、残念ながら専門外なのだ。ペスに渡して試してもらうとしよう。……案外、すごい効果があったりしてな。
ともあれ、第二号が成功した。お次は第三号と行きたいところではあるけれど……。
「マスター、遅れてすみません!」
「おお、来たな。ノア」
ノアが到着したので、第三号の試行は本命の後とする。
何と言っても、俺の『創造』の本命は石や草を『創造』することじゃない。別にあるのだ。
「よっし! それじゃあ、新たな眷属を『創造』するとしようか!」