第207話 書庫作成
〈マスター〉
(はいはい、どうした?)
ノアに補助核を与えてから、早くも三日。
「補助核の能力は全部把握した」という言葉を体現するかのように、ノアは支援者と同じく直接核に言葉を送るようになっていた。
やはり、この方法の会話って便利なものだな。
どれだけ離れていても意思の疎通ができる。しかも、タイムラグ無し。電話が無い世界だから、なおのこと便利だ。
はじめこそ遠慮がちに使用していたノアも、今では当然のように使っている。秘書として働く上で使い勝手が良い機能なのだろう。
そんなのはさておき、ノアの用件だな。
〈情報の整理が完了しました。『書庫』の確認をお願いします〉
(おお、終わったのか! お疲れさん。確認させてもらうよ)
ノアに返答した俺は『書庫』を視界内に映し出す。
『書庫』とは、その名のとおりデータを保管する領域のことだ。
必要な情報を抜き取り、ほとんど空っぽになった補助核に手を加えて実装した、新しい機能である。
この機能を追加することになった発端は、ノアの「マスターの中にある情報は多種多様なのに整理されていません。情報で情報が隠されている現状です」という言葉を受けてのこと。
どうにも情報を格納している領域が他の演算領域と一緒になっているとのことで、情報を確認し難い状態になっているらしい。
おそらくのイメージとしては、部屋の中が散らかりすぎて大事な書類が行方不明になっているアレ。一人暮らしの家でなりがちな、普段使うものだけが目に付くように配置している状態に近いだろう。
まあ、俺もそうなってるのは知ってはいたよ。手に入れた情報は俺の中に放り込んでそのままってのが多かったし。
ただ、気付いた時にはもう手が付けられない状態になっていたので、「そこはもう見ないことにしよう。現状、動作等々に問題無いんだから大丈夫だろ」ってな考えで今に至る。
しかし、それも年貢の収め時というやつか。ノアに指摘された以上、このまま放置するわけにもいかん。
とはいっても、ううむ……どうしたものかね。
なんて頭を捻っていると、天の声が。
〈解決案を用意しました。見ていただけますか?〉
(おお、マジか! どれどれ……)
その解決案というのが、件の補助核の再利用。空いた領域のほとんどを得た情報の格納場所に改造し、一部を情報整理のための機能にするといったもの。
必要なものは補助核のみで、大量の次元力がいるわけでもなし。手作業で補助核の書き換えをすれば良いだけだ。やらない手は無いだろう。
あえて問題を挙げるとするなら……補助核を改造した後かな。
(実装後に得た情報は自動的に整理されるのはありがたいんだけど、実装前の情報は……)
〈手動で整理しないといけません。マスターの能力に影響するかどうかの精査しないと、大変なことになるかもしれませんから〉
ということだ。俺のツケが精算されるような都合の良い話は無いらしい。
まあ、仕方ないよな。自業自得なんだし。
やれやれと、どでかい溜め息を吐いたところで、またしても天から声が。
〈補助核の書き換えと情報の整理、両方ともボクが行いましょうか?〉
(えっ?)
〈提案したのはボクですから。マスターは疲れが残っているみたいですし……)
いや、ありがたいよ。ありがたいけど……。
……。
(お願いします!)
補助核の方は全然良い。むしろ、したいぐらいだ。しかし整理はしたくない。心の底から本音だと言えるぐらいにな。
人として最低なのは分かってるけど、俺は人じゃないのだ。ダンジョンという自分でもよく分からん生物……っていうか、生物とも思えん存在だ。たまには人の道を外れても仕方ないだろ。
〈大丈夫ですよ。マスターの苦手なこともサポートするためにボクがいますから〉
あー……そう言えば、支援者には心の声って筒抜けだったっけ。じゃあ、ノアにも筒抜けか。
変な言い訳思い浮かべると、余計に格好が付かないな。
恥ずかしいのを誤魔化すわけじゃないけど、ここで俺からノアに提案をひとつ。
(そうだ。補助核に特定の機能を付けるなら名前も付けようか。他の補助核と区別も付けときたいしな)
〈分かりました。それでは……書庫はどうでしょうか?〉
なるほど、『書庫』か。良い感じだな。
(いいね! そんじゃ、『書庫』で決定だ)
〈分かりました。早速ですが、ボクは作業に移ります〉
そこからノアは、土台となる『書庫』作りに一時間、俺の中にある情報整理に約三日掛けて頑張ってくれていたというわけである。
いやはや、ノアをもってしても三日掛かるとはな……。俺の怠慢、恐るべし。
補助核を『書庫』に変える時間と比べても、それがどれだけ大変だったのかよく分かるってものだ。
ちなみに、ノアは『書庫』の作業と並行して普段の仕事も行っていた。どうやら補助核の機能を自分の中で『並列思考』として使用しているらしい。
ノアといいコノアといい、成長が著しいようで何よりだよ。
〈マスター?〉
(ああ、大丈夫。確認はちゃんとしてる。ふーむ……)
俺の視界に映し出された『書庫』は見事としか言いようが無い。
『創造』できるもの、できないもの、今まで『鑑定』した対象、俺の視覚聴覚を基にした映像記録や音声記録、ありとあらゆる情報が網羅されている上に、きれいに分類分けされているので実に分かりやすい。
そして、重要事項。
ああ、常用事項ってのはそのまま『重要事項』だ。『書庫』上も『重要事項』として分けられている項目。
その『重要事項』に意識を向けると……。
(なるほど、『希望』か)
『希望』といえば あまりに膨大な情報量のために『自動演算』主体で『解析』を進めていたので俺も放置気味だった代物だ。
放置気味とはいえ、たまーに様子は確認していたぞ? 何と言っても、フロゲルから託された獣人の呪いを解く鍵だったしな。
ただ、確認したところで『解析』結果が奮わんのだ。
『希望』は無数の情報が何層にも重なって形作られている。そのため、表層から順に『解析』で削り進めなければならないのだ。
言うならば山を地道に崩すようなもので、実に気の遠くなる作業だ。自動じゃないとやってられん。
それもこれも、『希望』を構成する無駄な情報が……って、あれ?
(『希望』の『解析』から得た情報?)
『重要事項』の中にそんな項目がある。
〈はい。情報を整理している中で、『希望』を構成する情報が有用なものであると判明しました。用途不明なものもありますが、おそらく無駄な情報は無いのかもしれません〉
(マジで!?)
俺は本気で無駄な情報と思っていた。
だけど、確かに……当時の俺と今の俺とでは情報に対する意識が違う。
前の俺は情報を組み替えてスキルを変化させたりはしなかった。情報をいじって変化させるようになったのは最近のこと。情報の扱い方が知らず知らずに変化していたのだ。
それなりに経験を積んだ今の俺なら――
(既存のスキルに入手した情報の欠片を組み込んだりもできるか)
〈そうですね。でも、スキルだけではないようです〉
(ん? つまり……どういうこと?)
〈植物や無機物、眷属にも別の情報を組み込むことで、マスターの持っている情報とは違う、まったく新しい種族を『創造』することも可能だと思われます〉