第206話 下剋上の兆し?
ノアは俺から受け取った補助核を体内に取り込んでいる。
その様子を確認した俺は、ノアへと声を掛けた。
「ノア、体に何か異変とかは?」
「ありません。むしろ、何か欠けていたものが戻ってきたような……? いえ、問題無いです」
戻ってきた? 力が漲るような感じとは違うのかね。まあ、問題無いなら良いや。
ただ、ノアのうっすら青白く光る体にピンクの玉が浮いてる様子が俺としては違和感凄いんだけど……。
なんてことを考えていると。
「マスター、これを」
「んお?」
ノアは俺に光る玉を差し出していた。
これって……俺が今渡したばかりの補助核じゃないか。
「内部情報はボクの中に移し終えています。この補助核は空白の状態ですので、マスターにお返しします」
「え? ……ああ、そう。分かった、受け取っておくよ」
内部情報を移し終えたって……今のやり取りの間に? 一分も経ってないのに?
うーん……まあ、ノアを疑っても仕方無いか。
事実、ノアから渡された補助核は機能に関係する情報はきれいさっぱり消えている。存在するのは補助核としての基礎部分のみ。初期化されたような状態だ。
そんな状態で返すってことは、ノアが言ってることは本当なのだろう。これはこれで使い道がありそうだし、ここは素直に受け取るとしよう。
「あのー、そろそろ良いッスか?」
俺とノアのやり取りが終わったのを待っていたのか、おもむろにビークが話し掛けてきた。
「ああ、すまん。解散してもらって良いよ。ありがとな」
「いやいや、ありがとなー……じゃねえッスよ! 何なんスか、今のは!」
「むぅ……マスター、我も説明して頂きたく……!」
あらら、キバまで。
少し離れた位置では、アトリアさんも首を傾げてこちらの様子を窺っている。
「分かった分かった、説明するよ。だけど、その前に朝飯にしようか」
何でか知らんが、さっきからやたらと腹が減って仕方が無いのだ。今までこんなことなかったのにな。
……
場所は変わらずダンジョン最奥の部屋。キバも同席することもあって、敷物の上に腰を下ろすピクニックのような形式での朝食を取るにした。
雰囲気に合わせて、朝食はサンドイッチ。『収納』に納めていた材料で『創造』した特製だ。
準備が整ったところでフライング気味にひと口……うまっ!
「腹が減ってるせいで余計に美味く感じるな」
「あれ? マスターは腹減らないんじゃなかったッスか?」
「そのはずなんだけど……なんでだろ」
バグみたいなものだったらどうしよう。今さら心配になってきた。
「お腹が減ってるんですね? では成功です」
「成功?」
ノアが奇妙なことを言い出した。もしかして、この空腹感は……。
「はい、ボクがやりました。マスターは疲労も空腹も感じないようでしたので擬似的に感じるように、そうでもしないとマスターは寝食を忘れて行動しますから」
ちょっと待て。何してくれてんの、ノアさん! そういうのは困るんですけど……!
「なるほど、読めてきたッス。マスターはノアに支援者さんと同じようなことをできるようにしたんじゃないッスかね。さっきの内部情報がどうとかってのも、能力のコピーみたいな話だと思えば辻褄が合うッス」
ああ、正解だよ。支援者はこんなことしなかったけどな!
とはいえ、この所業もノアが俺を慮ってしてくれたことなんだよなぁ……。そう思うと無碍にするわけにもいかんか。
確かに俺ってば、こういった変化を感じられないとワーカーホリックみたいな状態に拍車がかかるみたいだし。
ともあれ、だ。今は久々の空腹がマジで辛い。先に飯を済ませてしまおう。
「取りあえず食べようか。詳しい説明は食後にするから。アトリアさんも気にせず、どうぞ」
「はい、それではいただきます」
俺の音頭でサンドイッチを口に運ぶ一同。何でも美味いと言って食べるキバやビークはともかく、アトリアさんからも好評をいただけたようで何よりだ。
食後のお茶が皆に行き渡った頃合いを見て……そろそろ説明に入るとしよう。
「さて、説明だったよな。まあ、俺がノアにしたことっていうのは、さっきビークが言ったとおり。支援者の能力をノアに与えることにしたんだ。……そう言えば、アトリアさんには言ってなかったですね。支援者のこと」
「いいえ、お話は窺っております。支援者様はマスター様の大事な――」
「――ちょっ、アトリアさん。そこんとこナイーブなんで深くは駄目ッス。それよりも続きッス。マスター、早く続きを!」
「お? おお……」
何でビークが慌ててるんだ? こいつ、アトリアさんに変なこと吹き込んでんじゃないだろうな。
……と思いはしたものの、ビークのあまりにも鬼気迫る表情に俺は追求できずに首を縦に振ってしまった。
「……ゴホン。話を戻して、事の発端は言うまでもなく俺が自己管理できてないのが原因だな。正直言って自信が無い。誰かが支援者みたいに支えてくれたら……なんて思った時に」
言葉を区切ってノアの方へと目を向ける。
俺の視線から察してくれたのか、ノアは言葉を続けてくれた。
「ボクが支援者さんの代わりになれればって、マスターに申し出ました」
「俺も驚いたよ。何にも言ってないのにノアが俺の考えを見抜くもんだから。補助核をどうすれば良いってのも教えてないのにな」
俺の考えでは、補助核を渡した後に核の世界で一緒に作業するつもりだったのだ。
補助核とノアをリンクさせるように情報を書き換える。その過程でノアには作業の仕方を覚えてもらえれば、ちょうど良いチュートリアルになるんじゃないかな、と。
それを自力でどうにかするとは、何から何まで予想外だ。もちろん、俺に空腹を感じるようにしたことも含めてな。
「そんじゃあ、ノアに質問するッス。ぶっちゃけ、ノアは支援者さんとどれだけ同じことができそうッスか?」
ビークめ……もう少しノアから話を聞きたいところだったのに、横槍を入れてくれやがった。
しかも、本当にぶっちゃけだな。今しがた能力を手に入れたばかりのノアにそれを聞いてやるなよ。変に引け目を感じさせたら悪いだろうが。
「大体のことは大丈夫」
ほら、ノアだってこう言って――えっ?
「大体……?」
「はい。補助核としての能力は全部把握できました。マスターのスキルも拝借して使用することも可能です。できないことといえば、記録にあったマスターの体の代行……でしょうか。支援者さんみたいな戦い方はボクには……」
ああ、うん。それは俺も無理。
ノアが言ってるのはエレクトロードパイソンの時のことだろう。あんなアクロバティックな動きの中で冷静にスキルを併用する戦い方なんて、そうそうできるものじゃない。
しかし、それを除いて全部把握したとは恐れ入る。
それじゃあ、今俺が考えてることも当然――
「伝わってます」
……なるほど、いよいよもってノアには隠し事できなくなったってわけか。
まあ、俺を支援するには、それぐらいがちょうど良いんだろうな。意図して隠し事する気は無いけど、無意識に伝えてないことが多いのが俺なんだし。
「はい、マスターの忘れごとも既に把握してます。体調管理からスケジュール管理まで、今まで以上に支えさせてもらいます」
「ははは……お手柔らかに頼むよ」
何でだろうな、ノアの方が立場が上になりそうな気がしてきたぞ。