第205話 支えてくれる存在
「――スター! マスター!」
んお? 俺を呼ぶノアの声が聞こえきた。
朝になったから起こそうとしているのかね? にしては声量が大きいように思えるけど。
取りあえず、俺はそれまでいた核の世界から抜け出して意識を『化身』に戻すことにした。
何だか目が霞んで仕方がないが、辛うじて見える視界の正面にノアがいる。
「んー……おはよう」
「おはようじゃありません!」
「えっ?」
何、どうした? 何故かノアが怒ってるぞ。
もしかして何か緊急事態が起きてるのか?
「やれやれッスね。状況分かってないみたいッスよ」
「ビーク?」
徐々にはっきりとしてきた視界の中、ノアの隣にビークがいた。
いつの間に執務室に来たんだろ……って。
「あれ? どこだ、ここ……?」
執務室じゃない。
洞窟っぽい内装に小さな滝や川、地底湖がある。ということは、ここはダンジョン区画最奥の部屋か。
どうやら、俺が作業している間に『化身』はここまで移動させられていたらしい。そして、土むき出しの床に横たわらされていたと。
……何で?
「マスターの容態は安定した。感謝する、アトリア殿」
「お役に立てたようで何よりです」
「キバに……アトリアさんも?」
ノアとビークとは反対側にキバとアトリアさんがいた。心配気なノア、呆れ顔のビークとは違って二人はひと安心したかのように大きく息を吐いている。
「……状況がさっぱり分からん。ノア、説明してくれ」
「はい、実は……」
……
……ふーむ、なるほど。ノアの説明で大体の状況が分かった。
どうやら俺は作業している最中に意識を失っていたらしい。
確かに、俺は何の作業している時にノアから呼ばれたのか覚えていない。眠っているところを起こされたような感じだ。
ノアが言うには、異変を感じたのは夜明け前。何となく胸騒ぎがしたから呼び掛けてみたが、何の反応もなかったとのこと。
心配になってキバとビークを呼んでみたところ、キバの『鑑定』で俺が弱っていることを知り、アトリアさんに助けを求めたのだという。
「マスターもアトリアさんにお礼を言っとくッスよ。アトリアさんの『供給』のおかげでマスターの意識が戻ったんスから」
「あ、ああ……そうだな。ありがとうございます、アトリアさん」
しかし、アトリアさんの『供給』で、か。
ふむふむ……推測するに、『化身』と核を繋ぐ回線をアトリアさんの次元力で修復したといったところかもしれないな。
それも、もしかしたらノアの声を通じた上での現象かも。ノアの声は俺の核を直接呼び掛けることのできる唯一の手段でもあるわけで――
「マスター!」
「うお!?」
思わずビクッとなってしまった。
ノアがまたしても怒っているらしく、何と言うか……有無を言わさない迫力を醸し出している。
「……今も何か考え込んでいましたね?」
「あ、うん……」
「では、今回のようなことになった心当たりはありますか?
「そりゃあ、まあ……」
心当たりがあり過ぎる。
思い返してみたら、俺ってここ数日働き詰めだったんだよな。特に、核に負担を掛ける方面で。
「詳しく聞いてないッスけど、マスターはポーラちゃんの願いを叶えるのと並行して別のことやってたんスよね?」
「ああ、うん。皆にはまだ説明してなかったけど、ゴブリンの巣でゴブリンロードと一戦な」
強敵相手に新しい『化身』での慣れない戦闘と、核の行動を封じる奥の手なんかも披露したっけ。
その後は戻ってすぐに事後処理だったな。
手に入れた核の『解析』とダミー核の作成、補助核の『創造』まで一気に仕上げた。
そこからさらに俺は同期率が上がったことによるダンジョン機能の向上を手掛け、さらにさらに勢いそのまま他のことにまで手を付けていたところで……記憶が無い。つまり、そこでダウンしたというわけだ。
……これは完全にオーバーワークだな。
ヘルハウンドの時の戦闘もそうだったけど、妙な高揚感で負担なんか気にならなくなっていた。
あれこれ『創造』してる時なんか特に。面白いが先行して、自分のことが全然見えなくなっていたらしい。
これじゃあランディやアーキィ達に無茶すんなって咎められる立場じゃないな。俺が率先して無茶やってどうするって話だ。
「マスター……」
「ごめん、ノア。心配掛けたな。ビークもキバも。アトリアさんもすみませんでした」
「これに懲りたら自重することッスね。こればっかりはマスター自身で判断してもらわないといかんのッスから」
「……ああ、肝に銘じるよ」
なんて応えたものの、正直、自信が無い。
核の世界での作業は、基本的に俺一人で行っている。外部からの接触なんてノアの声ぐらいしか思い当たらない。が、それもストッパーにはなり得ないのだ。
できることなら、核の中にまで干渉できる誰かがいてくれればありがたいのだが……。
そう……例えば、支援者みたいに。
「……」
「マスター?」
ノアが俺の顔を覗き込んでいる。俺がまた考え込んでたせいで心配させてしまったかな。
「すまん、何でもないよ。疲れたし、俺は部屋に戻って横にでも――」
「ボクはマスターの考えに賛成します」
「えっ?」
俺は立ち上がろうとしていたところだったが、ノアの言葉に思わず動きを止めてしまった。
それは俺だけでなくキバやビーク、アトリアさんまで同じらしい。皆、一様にノアへ視線を向けている。
「ノア、俺の考えっていうのは……?」
「何となく、本当に何となくなんですけどマスターの考えが分かった気がするんです。そしてその考えは……支援者さんも賛成すると思います」
「支援者殿?」
「ノア、いきなりどうしたんスか?」
キバとビークが困惑しているが、俺だって違う意味で困惑している。
ノアの思う俺の考えが、果たして本当に俺の頭に過ったものの同じなのか?
だけど、ノアは支援者の名前を出した。まさに俺の考えを理解しているかのように。
「それはボクにしかできないこと。キバにもビークにも、他の眷属達にもできないことです。支援者さんに託されたボクにしか……」
託された? ……もしかしたら、ノアと支援者の間には俺の知らない何かがあったのかもしれないな。
ともあれ、ノアの様子からは決意すら感じるのだ。今さら俺の考えが気の迷いだと言ったところで、ノアは納得してくれないだろう。
それじゃあ、俺もその決意に応えないと。
「……分かった。じゃあ、俺もノアに託すよ」
そう言って、俺はノアに向かって右手を伸ばす。
その掌にあるのは光る珠。淡い桃色の光を放つ、支援者の機能が遺された補助核だ。
ノアの決意に応えるために、俺が核ルームから『転送』させたのだ。
何やらキバとビークが驚いているみたいだが、そんなのはどうでも良い。
俺とノアにとって、これは大事な儀式みたいなもの。ノアも二人のことなど意に介することなく、俺の手から補助核を受け取っていた。
「これが……支援者さん」
「ああ。と言っても、あいつはそこにいないけど」
「いえ、感じます。感じるんです。支援者さん……受け取りました、貴女から」
その瞬間、俺の中にノアの存在をはっきりと感じた。
かつての支援者のように、俺を支えてくれる存在を。