第202話 戦利品
ゴブリンロードの最期を見届けた後、俺は早々に核ルームを後にした。
何だかんだで結構な時間になってるからな。いつまでもここで油を売っていたら、村に俺がいないと騒ぎになるかもしれないのだ。
ってなわけで、犬の方の俺は何食わぬ顔でいつもどおりの生活に戻るとする。
こっちのことは森側の、クーシーの俺に任せるとしよう。
(説明はいらんだろ。じゃあ、これ)
「あいよ」
ヘルハウンド化を解き、犬の姿に戻った俺からクーシーの俺へと引き継ぎを行う。
俺が俺に引き継ぐってのも変な感じだけど、そこは気にしても仕方がないので気にしない。
で、犬の俺が去り際に渡してきたのは肝心要の核だ。変わらず次元力で包んでいるので、自爆しようとしていても問題無し。クーシーの俺でも安心して運べる状態になっている。
そしてもうひとつ、大事なものが。
ゴブリンロードの残骸……というか、塵だ。
「んー……上手くいってるよな、多分」
こっちも核と同じく、次元力で梱包してある。
その理由としては、単に持ち運びが楽になるのともう一つ、『魂の器』の効果を期待して。
ゴブリンロードに生まれ変わりを約束したくせに、「魂がどっかに行ってしまいました」では話にならんからな。死の間際から魂を見失うことのないように大事に保管しているわけなのだ。
そんな二つの球体を両手に持って、俺はダンジョンの会議室へと向かうのであった。
……
さてさて、すぐにゴブリンロードとの約束に取り掛かりたいところではあるけども、それより先にしなくちゃならんことがある。
「ナニスルー?」
会議室に残っていたコノアが俺の行動に興味を示した。
ちなみに今、会議室にいるのはコノアが一体だけ。ゴブリンの巣の探索に一役買っていたマッピング兼司令塔のコノアだけだ。他のコノアは他の仕事で出払っているのでここにはいない。
そんなコノアに、俺はこれから始めることを説明する。
「ええっと、ゴブリンの巣の核から何処かに信号みたいなものを送ってるって話はコノアにしたよな?」
「ウン!」
「その信号ってのは毎日同じぐらいの時間……大体、夜明け頃に発信されてたんだ。多分、同じ内容で同じ相手に対するものがな。そんな信号が急になくなったら、どうなると思う?」
「ワカンナイ!」
そ、即答か。まあ、そんな気がしてたけど。
んー……例えを変えてみたらどうだろう。
「コノアは全部のコノアとお互いに意識を共有してるんだよな? その中の一体が急に消えたりしたら、コノアはどう思う?」
「テキシュウ! センメツ!」
「お、おお……殲滅はともかく、そういうことだ。どうやって受信してるかは知らんが、核からの信号が急に消えたら受信先の相手が不審に思うだろ? だから、今までどおり信号を送るようにしないといけないわけだ」
「ナルホドー」
分かってくれたよな、多分。
まあ、分かってると信じて話を進めよう。
「そこで俺がやるべきことは、核と同じ信号を発生させること。できるだけとかじゃなく、全く同じ信号をだ」
とは自分で言ったものの、信号の完全な再現なんてできるのだろうか?
……そこはもう、やってみないと分からない。
タイムリミットは明日の夜明け、猶予はそれなりにある。やるだけやってできなさそうなら……その時はその時だな。他の手を考えよう。
「ま、善は急げというやつだ。早速行動に移すとするか」
手っ取り早く『分解』……と行きたいところだが、それは最後に取っておく。
何だかんだで無傷の核を手に入れたのは今回が初めてなのだ。いきなり『分解』するのは勿体無い。活きの良い核に何ができるのか、色々試していかないと。
(まずは意思疎通を図る。あー、聞こえてるか?)
(……)
返事がない。音声は勿論、何らかのイメージすらも返ってこない。
生物であれば『思念波』に何らかの反応を示すはずなので、この核には自我が無いということか。
いやいや、結論を出すにはまだ早い。
ゴブリンロードは核に命令されてるっぽかったし、俺からはそれが分からなかった。内部的な繋がりが無いと分からない何かがあったのかもしれないな。
うーん……内部的な繋がりになるのか分からんが、アレを試してみるとしよう。
次元力で内包している今ならできそうな気がする。っていうか、やってやる。できると信じれば、できないはずがない!
「要領は眷属達にするのと同じで……」
「ワー」
すまんな、コノア。期待しているところ悪いけど、今は核だけを連れて行く。
向かう先は俺の世界。俺の核の世界だ。
「さーて、ここならどうかな?」
景色は会議室と打って変わって真っ白な空間。
眷属達を招待する時のような草原だったり森だったりではない。上も下も無い、無重力空間のような世界だ。言うなれば、俺が何がしかの情報をいじくり回す時に訪れる世界である。
ここで俺は、手に入れた核に情報レベルでの接触を試みるのだ。
「なるほど。こっちじゃ核って、こう見えるのな」
何が起きるのか分からないのもあって、今この世界には俺の自我と核しかいない。
つまり、俺の眼前にあるものが核。情報の塊らしく、文字のようなもので形作られた球体魔法陣で、補助核に似ているといえなくもないが……率直に言うと。
「無駄がすげえ」
何と言うか、「これ、必要?」みたいな部分が多い。
不要な情報と雑多な構造で無理やり構成されている感じ。凝ったといえば聞こえは良いが、見てくれ重視で効率が悪い……かな?
ああ、魔素からのエネルギー変換だと、こうならざるを得ないとかそういうこともあるのかも。
……それはともかくとしてだ。
この状態になれば、ほとんど全部丸見えみたいなもの。何度か魂と接触してきた俺には、魂があるなら流石に分かる。しかし、それらしいものは欠片も見当たらない。気配も無いと来た。
これはもう、確定だな。この核には自我みたいなものは無い。つまり、森の時みたいな魂は宿っていないということが証明されたわけだ。
となれば、信号も自爆も機能の一部、条件を満たした時に発動するプログラムってとこだろう。今見た中で、どの部分がそういった作用をしているのかも見当が付いたし、間違い無い。
ふーむ……自我も魂も無いんだったら遠慮はいらないか。
「少々荒っぽいことしても、誰にも文句言われんだろ」
俺がしようとしている荒っぽいこと。言ってしまえば、情報の書き換えだ。
核を破壊することなく内部だけ変えていく。スキルの書き換えよりも規模はでかいが、補助核に比べれば大したものじゃない。ぶっちゃけ簡単過ぎる。時間もそうは掛からんだろう。
勿論、信号の『解析』も忘れていないぞ?
信号に関わる部分をごっそり抜き取る準備もできている。それをした上での書き換えだ。
どうせなら、この核も補助核にしてしまっても良いんじゃないか?
一旦『分解』するのも良いけど、内包されてる魔素を使いまわした方がコスパが良さそうだし、上手いこと次元力に置換して、足りない分は継ぎ足し継ぎ足しでやっていけば……。
うおお、楽しくなってきた!
……
核の世界に移って数時間、欲求に駆られるまま作業に取り組んだ結果。
「おお、これは……!」
はい、やり過ぎました。