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幕間 ーログ編 決意ー


「さて、マルのことは現状維持で良いとしてだ」


 マルの話が一段落着いたところで、村長がおもむろに口を開いた。

 村長の真剣な眼差しに、俺は思わず居住まいを正す。


「俺がお前に聞きたいことが何か……分かるよな? ログよ」

「……はい」


 気が重い。マルのことを話す時よりも遥かに。


 村長が聞きたいことは分かっている。俺が村に戻ってきてから話題になることを避けてきた、俺の今後についてに違いない。

 だが、いつまでも避け続けるわけにもいかないのだ。


 俺はひた隠していた事実を、今こそ打ち明けようと切り出した。

 

「村長、俺は――」

「どうせ正規の手続きなんて踏んでねえんだろ?」

「え?」

「え? じゃねえよ。最初から分かってたっての。いつお前の口から話してくれるか待ってたんだぜ、俺は」

「は、はあ」


 最初から? それは……俺が村に戻ってきた時からなのか?


「お前なあ、ちょっと考えれば分かるだろ。俺も元『選兵』だぞ? アレから抜けるためにどんな手続きがあるか知ってて当たり前だろ。帰って来た時のお前を見りゃあ、ひと目で分かるってもんだ。手続き踏んでないことぐらいはな」

「……」


 俺は村長の言うように、『選兵』を抜けるための手続きを行っていない。

 本来であれば、『選兵』として集められた者が故郷に帰るためには相応の代償がいる。


 ……『選兵』に選ばれた要因(スキル)を、国に献上するという代償が。


「まあ、個人差ってのがあるもんだけどよ。俺の知ってる限りじゃあ、何かしら体の一部を失ってるもんだ」


 そう言うと、村長は自身の左目に指を当てた。


「俺の場合は……これだな」


 指に挟まれて、左の眼球が取り出される。

 

 一見すると本物にしか見えない精巧なそれは、村長が『選兵』を抜けた時に失ったものの代わり。義眼だ。

 村長は『選兵』を抜ける際に、選ばれた要因(スキル)である左目を献上したのだ。


「まあ、左目だけで助かったっちゃあ助かったな。両目だったら目も当てらんねえ、目だけにな。くはは!」

「……スキルは確か、『敵意感知』だったかと」

「スルーかよ……。そうだ、『敵意感知』だ。索敵に使える程度のしょっぱいスキル。お前に比べりゃあ大したことねえやつよ。お前の要因(スキル)は確か――」

「『魔闘術』です」


 俺が『選兵』に選ばれた要因(スキル)は『魔闘術』。訓練次第では上位スキルに派生することもあるという戦闘に特化したスキルだ。


「なあ、ログよ。俺の『敵意感知』でも片目を失うぐらいだったんだ。お前の場合だと、どれだけのものを失うか想像も付かねえ。五体満足で村に帰ってきたこと自体が不自然。お前が正規の手続きを踏んでない何よりの証拠ってもんだ」


 しかし……そうは言っても、あの時の俺に代償を払う余裕などなかった。


 村長の言うように、俺が要因(スキル)を献上するとなると、どれだけのものを失うことになるのか分からない。

 少なくとも満足に戦うことができなくなるだろうことは目に見えていた。


 だからこそ俺は……脱走兵になることを決めたのだ。全てを失うことになるのなら、せめて故郷のために死のうと心に決めて。


「まあ、お前の気持ちも分からんでもない。俺だって同じ立場ならそうする。断言できらあ」


 確かに。村の危機に飛び出さない村長の姿なんて想像できないな。 


「それはそれとしてだ。問題はこれからのことよ。お前……今後どうするつもりだ?」

「今後、ですか」


 俺は死ぬために帰って来た。

 どうせ死ぬのだから後のことは考えても仕方がないと、今後の進退については微塵も考えていなかったのだ。


 つい最近までは。


「村長が仰ったように、俺は正規の手続きを行わないまま『中央』を飛び出しました。当時の俺は、初めから生きて戻るつもりがなかったので」

「だろうな。だが、今はそうじゃねえんだろ?」


 村長の言うとおり。村は今、平穏を取り戻しつつある。俺が死を覚悟するような状況は既に脱したといえるだろう。


「……余裕ができたおかげか、俺はここのところずっと考えていました。このまま村に留まっていて良いのだろうかと」

「ん? そんじゃ、お前……」

「はい。村の脅威が完全に無くなったと判断した時点で、俺は『中央』に戻ろうと考えています」


 今はまだ、ゴブリンの脅威が去っていない。しかし、そう遠くない未来で脅威は無くなるという予感がしている。

 その時に俺が村に留まっていると、今度は俺の存在が新たな問題になりかねないのだ。


「どういう理由があろうとも、俺は『中央』からすれば脱走兵。放置されたままとは思えません。『中央』から人が送られてくる可能性も高いかと」


 目的は、俺を罰するために。


「その時に村の皆を巻き込まないとも言い切れません」

「事が起きる前に自分は去るべき……そう言いてえんだな?」

「はい」


 俺と村長の間に重い沈黙が生まれた。


 俺がどういう思いでその結論に至ったか、村長は感じ取ってくれているようだ。

 眉をしかめる姿から、同意も反論もできない様子が窺える。


「一応聞くが、そんなことすればどうなるか分かってんのか?」

「良くて要因(スキル)の没収、悪くて……」

「死ぬぞ」


 無事に済む可能性なんて無いに等しい。

 要因(スキル)の没収だけでも、どんな障害が残るのかも分からない。そんな体で『中央』から村に戻ってくることなどできるはずもないのだ。


 野垂れ死にか、処刑か……。

 どちらにしろ、生きて故郷の土を踏むことはないだろう。


「ですが、俺はそれで良いと思っています。家族は失いましたが、故郷は残っている。村の皆が無事であれば十分です。安心して村を離れられますよ」

「……そうか」


 嘘は無い。紛うことなき心からの言葉だ。

 確かに失ったものは大きいが、守ることができたものも大きい。それが俺の心を支えてくれる。


 それに、今はマルもいる。

 あいつのおかげで俺は決心することができた。あいつがいてくれるから、俺は心残りなく村を去ることができるのだ。


 俺が突然いなくなることをあいつがどう思うか分からないが……きっと理解してくれるだろう。

 身勝手ですまないが、後のことは頼む。相棒よ。



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