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幕間 ーログ編 相棒ー


「村長、ログです。夜分遅くにすみません」

「おう、どうした? こんな時間に」


 深夜を過ぎ、村が暗闇に包まれた頃、俺は村長の屋敷を訪れた。


 普段であれば、こんな時間に村長の家を訪れることは無い。報告事項があれば、日中の偵察の終了に合わせて行えば良いだけなのだ。

 だが、今回に限っては今をおいて行うしかなかった。全てを終えて、確信を持った今でしか。


「そうか、それはちょうど良かったかもな。俺もお前に聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「おう。まあ、それは後で良い。まずは座れ」

「……はい」

 

 村長が聞きたいことが何なのか、俺には思い当たる節がある。もし、あのことであるのなら……村長の言うようにちょうど良い機会だ。話の中で、俺の思いの丈を話しておくべきだろう。


「それで、相談したいことってのは?」 

「マルのことです」

「なるほど、マルか」


 マルの名前を出すと、村長は眉をひそめた。

 村長も何かマルに対して思うところがあるのだろうか?


 ……とにかく、俺は俺で調べたことを村長に報告しよう。


「どうやら、マルは夜中になると村を抜け出しているようです。カールさんがマルに充てがった小屋にも、村の中を見て回ってもマルがいる気配が無く……見張りに立っている者に聞いても姿は見ていない、と。村長は何かご存知ですか?」


 俺の言葉を聞いた村長は、腕を組んで大きく息を吐いた。

 

「実はな、それは俺も気になっていたんだ」

「村長も?」

「ああ。しかしだな、そのことだけじゃねえ。あいつの行動……というか、生活には違和感がある。どこで寝ているか以前の話だ」


 生活? それは犬の生態としての話なのだろうか。


 そのあたりについては俺に知る由もない。

 何せ、マルに出会うまでは犬そのものを見たこともなかったのだ。俺からすれば、マルの行動が犬の行動。姿を消す以外、生活に違和感なんて……。


「ログ、難しく考えるな。単純な話だ」

「そうですか……?」

「ああ。じゃあ、一つ聞くが、お前はマルが糞してるとこ見たことあるか? 糞じゃなくても良い。ションベンでも、最中じゃなくて痕跡の一つでも見たことが」


 マルの……糞尿? 見たことがあったかな……。

 俺がマルと出会ってから今日に至るまでの記憶を掘り起こしてみるが……糞尿……糞尿……。


「くはは! 相変わらず真面目だな、お前は。そんな真剣に思い出そうとしなくても良い」

「……はあ」

「まあ、お前が犬がどんなもんか知らねえからピンと来ねえかもしれんがな。犬ってのは、とにかくよく糞する生き物だ。食うことが楽しみ、食った分、何回でも出しやがるってぐらいにな。しかも、それがまたくせえの何のって……くはは!」

「……」


 これは……笑うところなのだろうか。


「おいおい、見たこともねえぐらい渋い顔してくれるなよ。冗談はさておいてだな、そんなくっせえ糞尿を村の中でされたら、流石に分かるってもんだ。糞尿だけじゃねえな、マルの場合は獣臭さも無いときた。どんな訓練されてても、その辺をどうにかできるわけがねえ」

「それはつまり」

「……あいつは犬じゃないかもしれん。俺の知る、生物ってものに括って良いのかも分からんな」


 生物じゃない? マルが?


 俺は再び出会ってからのマルのことを思い返す。


 言われるまで気にも留めていなかったが、確かに村長の言うような生物が取るべき生理現象をマルは行っていない。

 排泄どころか、餌も誰かが与えようとしない限りは自ら口にしようとしていなかった。許可を待つのではなく、自分に必要無いからと誰かに譲ろうとしているかのように。


 ……記憶を探れば探るほど、マルが普通の生物とは違うように思えてしまう。それでも。


「それでも俺は……」


 マルがどう感じているかは分からないが、少なくとも俺はマルとの間に絆のようなものを感じている。

 たとえマルが生物でない別の存在であっても、俺にとってのマルは相棒に違いはない。


「言わなくても分かる、俺も同じだ。あいつが犬じゃなかろうと、カールを助けてくれたことは変わらん。俺の頼みを聞いて、村のために働いてくれてる事実もな。だから、あいつが何であろうと構いやしねえ。恩人には変わらんのだ」

「村長」

「ん?」

「恩人ではなく、恩犬では?」

「こまけえことは良いんだよ。俺からしたら、あいつは犬の姿した人間みたいなもんだ。今さらあいつが人の言葉喋ったって驚いたりしねえ。むしろ、喋れるくせに隠してんじゃねえかって思い始めてらぁ」


 マルが人の言葉を話せたら、か。


「……そうだとしたら、聞いてみたいことは山ほどありますね」


 何故、あの時俺とカールさんを助けてくれたのか。

 何故、村に留まって俺達に協力してくれるのか。

 何故、俺の家族の死に胸を痛めてくれるのか。

 あとは――。


「何でそこまで犬のフリに拘ってるのか、とかか?」

「……ですね。フリだとバレてることを知ったらどんな反応をするのか。見てみたい気もします」


 そんな瞬間が来るならば、マルが慌てふためくだろう様子が頭に浮かぶ。フリを止めたマルは、俺以上に人間らしい表情を見せてくれるかもしれないな。


 しかし、俺が本当に聞きたいことは別にあった。


 マル、お前は俺達がこうやって安心して眠りに就けるように、夜な夜な村を守ってくれているのではないか?

 今この瞬間も、お前はどこかで村の脅威と戦ってくれているのではないか?


 そんな思いが頭を過って仕方がないのだ。


「なあ、ログ」

「はい」

「あいつが今、どこで何をしていようが気にしてやるな。あいつにはあいつのやることがあんだろ。俺達がしてやれるのは」

「明日の朝も、いつもと変わらず接すること、ですね」

「そのとおり」


 マルがそれを望むのであれば、いつまでも気付かないままでいよう。

 俺はマルの相棒なのだから。



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