第201話 ゴブリンロードの最期
勝負は一瞬、躊躇している暇などない。
俺は思考を加速させつつ、『栄光の手』を発動させた。
(まずは核の自爆をどうにかしないとな!)
今このタイミングで自爆されると、流石にやばいかもしれない。
前回の自爆は、核をちょうど咥えた状況にあった。それ故に、放出される魔素を飲み込むようにして防ぐことができたのだ。
それが今回はというと、核は今まさに迫りくるゴブリンロードの胸にある。咥える前に自爆される、あるいはゴブリンロードに斬り伏せられるだろう。
だがしかし、今の俺には奥の手がある。
「――!?」
攻撃態勢を崩すことのないまま、ゴブリンロードは大きく目を見開いた。
自分の周囲に起きている変化に気付いたらしい。
まあ、気付かない方が無理な話かな。
今、俺とゴブリンロードの周囲は高濃度の次元力で満たされている。
その原因となったのは、俺の背中の『栄光の手』。普段は二本一対で構成しているが、うち一本を媒介にして周囲の次元力濃度を跳ね上げさせた。
……いや、媒介にして、というよりも爆発させて、だな。
俺は『栄光の手』の片割れを犠牲にして、周囲に次元力を散布したのだ。
残されたのは右手のあたる部分のみだが、そこまでする価値が奥の手にはある。
(よし! 狭いは狭いが、この空間は俺の領域だ!)
俺とゴブリンロードを包む次元力、直径5メートルにも満たない限られた範囲。ただし、高濃度の次元力だ。それこそダンジョン内部に匹敵するほどに。
とどのつまり、局所的ではあるが、俺は外の世界にダンジョンを構築することに成功した。
(今なら俺の思うがまま。自爆なんて真似させるかよ)
正式に実験したわけではないので、俺もどこまでのことができるか分からん。
制限時間も、次元力が拡散するまでの短時間しか保たんだろう。
それでも今なら、この空間の支配権は俺にある。ありったけのイメージを込めて――
(自爆を封印! 核の行動は全面禁止だ!)
発想の基になったのは、ビークにされたアレ。次元力で包み込んで相手の能力を封じるという『次元力操作』の応用だ。
限定された条件下でしか使えない技だが、成功すればこっちのものよ。
現に核は沈黙している。
内部ではいまだに自爆しようと藻掻いているようだが、封殺の効果で全て無効。同じプログラムを繰り返す、壊れたコンピューターと化していた。
さて……とにもかくにも、これで邪魔者は黙らせることができた。ここからが本当の――
(勝負!)
俺が核を封殺するまでのことは、ほんの一瞬のことでしかない。
その一瞬の間で、ゴブリンロードは俺の眼前にまで迫っていた。
とはいえ、俺は核にだけ意識を割いていたわけではないのだ。
核に対処しつつも、俺は残った『栄光の手』をゴブリンロードの攻撃に備えている。
(頼むぜ、俺の右手!)
振り下ろされる剣に対し、限界まで硬化させた右手。
掌で受け止めるのではなく、拳で迎え撃つように。
「ふん!」
「だらぁっ!」
俺とゴブリンロードの勝負もまた、一瞬で終わりを迎えた。
たったひと振り、されど渾身。ゴブリンロードの命を懸けた一撃は俺に――
「……ぐ」
――届いた。
俺の右手を斬り裂いた剣。進む先にあるのは無防備な俺の頭だけ。
何ものにも邪魔されることのない剣は、軌道を変えることなく振り下ろされた。
今回ばかりは、俺も打つ手無しだ。
「何!?」と思った次の瞬間には、ゴブリンロードの剣は俺の額に触れている。いくら思考を加速させたところで間に合わない。俺は素直に負けを受け入れようとしていた……が。
「えっ?」
予想外のできごとに、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
ゴブリンロードの剣は確かに当たった。触れた感触もある。しかし、俺の頭は無事なまま。
……斬られてないっていうのか? あれで?
「くくく、何を呆けておる。貴様の勝ちだ」
「勝ち?」
軽く混乱している俺に勝ちを告げるゴブリンロード。その表情は満足気なものだ。
依然として俺には理解が追いついていないのだが……ゴブリンロードの持つ剣を見て、全てを察した。
「お前、剣が……」
「うむ、保たなんだ」
折れている。
ゴブリンロードの手にある剣の刃は、柄から僅かばかりを残して失われていた。
「貴様の拳を受けた時点で限界だったのであろうよ。頭に触れる前には砕けておったわ」
「砕けてって……マジかよ」
『栄光の手』を斬り裂いたのに? いくら朽ちていたからって……ああでも、朽ちた剣でここまでやれた方が凄いのか。
でも、なあ……負けを覚悟していたのに、こんな決着ってのが何ともモヤモヤする。
「ふむ、不満かもしれんが、それを論ずる時間が無いようだ」
「……そうみたいだな」
生命力すらも最後の一撃に費やしたゴブリンロードには、もう命が残されていない。
全身に走っていたヒビを起点に、体の崩壊も起き始めていた。剣を持っていた右腕から崩れ、髭を撫でていた左腕も崩れつつあった。
この光景はパメラの時と似ている。あの時も体が崩壊していく様を見送った。
敵とはいえ、心を交わした相手が目の前で朽ちていく姿を見るのは……何とも言い難い気持ちになってしまう。この先、何度繰り返すことになっても慣れることはないだろうな。
「そんな顔をするな。余は満足しておるのだ。死は望む形で得られたこと。それをもたらした貴様に感謝しておる」
立っていることが辛いのか、ゴブリンロードは腰を下ろして口を開いた。
「心残りがあるとすれば、貴様のことか」
「俺?」
「うむ。余は貴様のことを何も知らん。貴様がコレに何をしたのか、というのも気になっている。だがな、時間が無い。語らう時間が無いことが心残りではあるな」
語らう時間……か。
「もしも」
「ふむ?」
「もしも生まれ変われる方法があるなら、その話に乗るか?」
可能性はある。前例もある。ただし、それは俺の手によるところではない。
しかし、今の俺ならできるはず。もしもゴブリンロードが俺の話に乗るのであれば――
「――乗った」
「え? あ、ああ……即答ね」
いや、早いな。ちょっとは悩む……時間も無いか。
ゴブリンロードの体は、会話できていることも不思議なほどに崩壊が進んでいる。即決するしかない状況だ。
「先に言うべきだったけど、記憶が残る保証なんて無い。望む姿にしてやれるとも限らん。それでも本当に良いんだな?」
「構わん、任せた」
ニヤリと笑みを浮かべたのを最後に、ゴブリンロードの体は灰と化した。