第200話 どちらにせよ
「ほう、そう来るとは!」
「まじか! これも駄目なのかよ!」
戦いが始まってから既に一時間が経過している。
多種多様な攻撃を繰り出す俺と、巧みな体裁きで躱すゴブリンロード。あるいは、一瞬の隙を突いて接近戦を仕掛けるゴブリンロードと、持ちうるスキルを駆使してそれを回避する俺。
逆転を繰り返す攻防は、一時も途切れることなく激化の一途を辿っていた。
「くくく、貴様の動きは実に興味深いものよな」
「そうかい、楽しんでいただけて何よりだ」
なんて強がってみたものの、正直ショックだ。
今避けられた攻撃なんて、同じ『見切り』を持つクーシーには有効だった目くらましからの不意打ちだぞ?
悟られないよう、ここぞという時を見計らっての口から放った閃光。怯んだところをすかさず鎌状の『栄光の手』で一閃……のはずだったのに。
まさか、ゴブリンロードには通じんとはな。
怯みはしても、続く攻撃は首の皮一枚で避けやがった。他の攻撃に対してと同様、舞うような動きで。
「うーん……どうにも『見切り』だけの動きじゃないな。……『魔闘技』か?」
ゴブリンロードの舞うような動きは、以前見たことがある。ログがゴブリンに対して行った動きに似ているのだ。
ともすれば答えは二人の共通点、『魔闘技』にあると俺は見た。
「ふむ、『魔闘技』か。そうかもしれんな。しかし、違うかもしれん。余とて何故このような動きをできるのかは知らんのでな。許せ」
「えー……」
俺の問いに、笑みを浮かべながら謝罪するゴブリンロード。当初の俺への無関心っぷりはどこへやら……。
かくいう俺もゴブリンロードへの対応には変化が起きているがね。
「やれやれ、次はどんな手を使おうかな」
「くくく、一風変わった手を所望するぞ」
「ああ、度肝抜かしてやるから期待して良いぞ」
「うむ」
戦闘中でありながら、俺とゴブリンロードは軽口を投げ掛けあっている。
それは今に始まったことではない。戦いが始まってから、ずっとこんな掛け合いをしているのだ。
というのも、初めこそは胸の核に体を操られていたゴブリンロードだったのだが、俺の戦いぶりによほど興味を引かれたのか。
「このような心踊る時をコレに委ねるなどもったいないわ。余の体は余のものよ、余が自らの意思で相手をしてやろうぞ!」
と、いきなり謎の宣言をしやがった。
それからというもの、ゴブリンロードはよく喋る。
喋るというか、よく笑い、感嘆する……って言う方が正しいかもな。
変幻自在な俺の攻撃によほど興味が湧くのか、何をしても喜色を浮かべていた。
それに対する俺はというと、攻撃が満足に通じんのだ、当然ながら悔しい思いはある。だが、同時に気分の高揚も感じていた。
変な話ではあるのだが、次はどんなことを試そうかっていうワクワクしながら挑戦する感じかな?
それと、ゴブリンロードじゃないけど、俺も今この時を楽しんでいるという自覚がある。こう……遠慮なく全力を出して良い開放感というか、拮抗する戦いを楽しんでいるというか……。
ともあれ、そんな俺とゴブリンロードなのだ。
知らず知らずのうちに奇妙な関係が築き上げられていったらしい。攻防の合間合間に、先のようなやり取りを繰り返すようになっていた。
「む?」
「ん、どうした?」
さらに数度の攻防を経た後、不意に動きを止めるゴブリンロード。その表情は打って変わって怪訝なもの。
俺もつられて動きを止めた。
本来であれば絶好のチャンスなんだけどな。
だがしかし、そんな無粋な真似してたまるか。黙ってゴブリンロードの言葉を待つことにする。
「……残念だ。余には時間が残されていないらしい」
「時間?」
核が体を操ろうとするのか?
「くくく、そうではない。寿命というやつよ」
そう言うと、ゴブリンロードの体に異変が起き始めた。
ピシピシと小さな音とともに、ゴブリンロードの体に亀裂が入り出す。
顔や手足、全身に渡って走るヒビ。
確かに、今までの攻防でお互いに大小の傷は負っていた。しかし、ヒビはそんな傷とは関係無く走っている。
ヒビからは出血する様子もなく、代わりに……生命力が漏れ出ているようだ。
「お前、その体……」
「貴様との戦いで、余の体は限界を迎えつつある。もとより、貴様の方が力は上なのだ。よくぞここまで保ったものだと自分でも思うわ。くははは!」
ゴブリンロードは高らかに笑っている。
嘆くでもなく、死を迎えることを誇るがごとく。
「どうした? 浮かぬ顔だな。貴様はコレを求めているのだろう。ならば、これにて終局だ。遠慮なく余の亡骸から持っていくが良い」
「……そうだな。分かった」
そう答えはしたが、釈然としない。
数時間にも及ばない関係とはいえ、濃密な時間でもあった。それ故に俺は、ゴブリンロードに眷属や獣人達とも違う縁を感じている。
その縁の最後が、時間切れ……か。
「……なあ」
「ふむ?」
「ちゃんと決着をつけないか? 時間切れでおしまいなんて、面白くない」
「くくく、貴様は阿呆か。待てば難なく望むものが手に入るというのに」
「ああ、阿呆で馬鹿かもしれんな。でも、納得いかないものはいかないんだよ。どうせ終わりだって言うなら、最後は最後らしく派手に行こうぜ」
そう言って、俺は距離を空けて『栄光の手』で来いと示す。
俺のあからさまな挑発に対し、ゴブリンロードの反応は。
「ふん、乗った」
ニヤリと笑い、朽ちた剣で構えを取った。
俺の誘いを受け入れてくれるらしい。
「して、どうする? どう決着をつけたいのだ?」
「シンプルに行こう。最大の攻撃を俺に打ってこい。耐えれば俺の勝ち、耐えきれなければ」
「余の勝ちか」
渾身の一撃の後、立っていた者が勝ち。
時間を取らずに勝敗が決まる、分かりやすい決着方法だ。
「ふむ、それも良かろう。しかし、どちらにせよ……」
ゴブリンロードは呟くように口を開いた。
言葉は最後まで言っていない。それでも意味は見当が付く。
『余の死は変わらぬ。その事実は覆らぬ』ってとこだろう。
「だけど、どちらにせよ、だ」
死ぬのであれば、悔いの無いように、ってな。
俺の言葉の意味をゴブリンロードは察したらしく、再びニヤリと笑みを浮かべ、改めて構えを取った。
防御を捨てた上段の構え。一刀のもと、全てを斬り捨てる気概すら感じる。
「この一撃に、余の全てを乗せる。まさに命懸けのひと振りよ。避けたければ避けても構わん」
「ああ、最後に相応しいな。だからこそ、避けるなんて勿体無い。お前の命を俺に刻むつもりでかかってこい」
「……感謝する」
はてさて、どうなるかな。
ゴブリンロードの命懸け、決して大げさな物言いではない。
恐らく『変換』の効果だろう。残る全ての生命力が、ただ一度の攻撃のための力に『変換』されているのだ。最高最大の一撃、それが放たれることは火を見るより明らかだった。
迎え撃つ俺ができることは……まあ、『栄光の手』しかないわな。
今は自分の力を信じて受け止めるのみ。後のことは後で考えよう。
「行くぞ……!」
言葉とともに、ゴブリンロードの力の高まりが最高潮に達した。
可視化された魔力が全身を包む。
その魔力が特に集中されている部位、今まさに踏み込もうとしている足から感じる規格外の力。
これは間違いなく最速の一撃が――
(――来る!)
と、俺が身構えたその瞬間。
「ぬう!? 最後までも邪魔立てするつもりか!」
突如、ゴブリンロードの胸にある核から黒い光が溢れ出した。
魔力の流れからして、自爆しようとしているらしい。
まさか、このタイミングでかよ! と言いたいところだが、そうも言ってられん。
ゴブリンロードは既に攻撃態勢に入っているのだ。
一度の踏み込みで俺の眼前。俺もゴブリンロードも、この瞬間に躊躇している余裕などない!
「もはや止まれん! 許せ、友よ!」
「構わん、そのまま来い! 『栄光の手』ッ!!」
命を懸けた一撃を放つゴブリンロードと、全てを滅ぼそうと自爆を試みる核。
いいぜ、どちらも俺が受け止めてやる!




