第199話 ヘルハウンドとゴブリンロード
「さて、今度こそ話を聞かせてもらおうか」
姿の変わった俺に、ゴブリンロードの注意は向けられているのだ。さっきまでとは違う反応を見せてくれるはず。
そう思い、改めて声を掛けた……ところで思い出した。
(おっと、言葉が違うんだったな。『思念波』の方が良いか。ええっと――)
「分かる」
んお? 今、分かるって言ったよな。
低くて重い声。年老いた印象は拭えないが、ゴブリンロードの発した言葉は俺達と同じ言語のようだった。
「驚いたよ。他のゴブリンみたいな言葉を使うんだとばかり思ってた」
「……フン」
少しばかり不機嫌な様子で鼻を鳴らすゴブリンロード、一緒にするなと言わんばかりだ。
俺としては馬鹿にしたわけじゃないんだけど、そう取られてしまったかな……。
「あー……でも、なんで言葉が分かるんだ? 誰かから教わったとか?」
取りあえず会話ができることが分かったのだ。警戒されてはいるが、敵意らしい敵意が無い今のうちに会話から情報を聞き出したいところ。
そのためにも、まずは世間話からだ。実際、どんな理由で言葉を話せるに至ったかにも興味あるしな。
そんな俺の質問に対するゴブリンロードの返答はというと……。
「知らん」
の一言。
「知らん? ……話すつもりは無いってか」
「知らんのだ」
本当に知らないのか? 自分が言葉を話せる理由が。
ゴブリンロードの表情からは……何も読み取れない。やれやれといった様子だ。
俺を謀るつもりなのか、適当に答えてるだけなのかも分からん。
俺が言葉の意味を探っている間にも、ゴブリンロードは続けていた。
「余は何も知らん。貴様が求めている答えなど何も持っておらんのだ。コレのこともな」
そう言いながら、ゴブリンロードは自分の胸元を親指で指している。
コレとはまさに核のこと。ゴブリンロードは俺が何のためにここまで来たのかを察していたようだ。
それはさておき、知らん知らんと言われてもだ。
「さっきのホブゴブリンは? 自分で出したんだろ? その核の力かもしれないけどさ」
「あれは余の意思に沿ってはおらん。コレが勝手にやったことよ」
だとすれば、核にも別に意思があるってことなのか? 俺にはそれらしいものは何も感じないが……。
「信じずとも良い。貴様からすれば戯言にしか聞こえんだろうからな」
自嘲気味に笑みを浮かべるゴブリンロード。初めから俺が信じないと思っていたように見える。
まあ、確かに信じろって言われても簡単に信じたりはできないけど……何となくモヤモヤするな。
「ふむ。で、どうするのだ?」
先の発言に対しての言葉が見つからない俺に業を煮やしたのか、ゴブリンロードは髭を撫でつつ問い掛けてきた。
しかし……どうするって何のことだろうか?
「貴様がここに来た理由はコレだろう。もしくは同胞のことか、あるいは両方か」
「ん……まあ、確かに。正直に言うと両方だ」
「くくく……そうか。まあ、どちらでも良いがな。さて、貴様の答えはどうあれ動かねばなるまいか」
俺の答えにゴブリンロードは笑った。かと思えば、次は残念そうな表情を浮かべて立ち上がった。
立ち姿となると、体躯の良さがはっきり分かる。
小鬼と言うより人に近い。それも大柄で筋肉質の。まさに老将といった風貌だ。
何となくだが、フロゲルと対峙した時の威圧感に近いものも感じるな。年季から発せられるオーラでも出てるのかね?
そんな風に、俺は呑気に構えていた。
なにせ、ゴブリンロードからはいまだに敵意は感じられないのだ。しかし……。
「先に言うておく。コレは余の体を望むままに操ることができる。よって――」
この言葉が無ければ、少々まずいことになっていたかもしれない。
「――これは余の本意ではない」
言い切るや否や、ゴブリンロードは瞬時に俺との距離を詰めていた。
予備動作無し、最短でまっすぐに俺へと。
距離は十分に離れていた。それも油断に繋がっていたのかもしれない。
それであってもゴブリンロードは一瞬で詰めたのだ。俺の予想を超えた動きとともに。
次の瞬間には、ゴブリンロードの右手は俺の左目に触れる寸前にまで迫っていた。が――
「あっぶ!」
「ほう、見事だ」
ギリッギリで躱せた。
ゴブリンロードの発言が無ければ、間違いなく当たっていた。そう確信できるほどの鋭い一撃。
辛うじての回避を成功させた俺は、続けてのバックステップで距離を空ける。
そこにきて、ようやく俺の『危険察知』が発動しやがった。それも、かなり激しく。
俺としてはどのぐらい激しいかよりも、スキルの発動より早い動きの方が事実としてやばいな。
事前に察知が肝だってのに、これだと当てにならないじゃねーか……!
「やれやれだな、ほんとに。敵意無しで攻撃なんてできるとは……おちおち油断もできやしない」
「言ったであろう、余の本意ではないと。コレが貴様を危険視しておるのだ。排除しようと勝手に動く。さきほどまでは余が抑えておったが、それも限界ということよ。さあ、悪いことは言わん。すぐに去ね。いくらコレとて、去った者までは追うまいて」
言葉どおりなのか、ゴブリンロードからは一切の敵意、殺意といった意思は感じられない。
それだけじゃなく、去れという言葉を放ったゴブリンロードは幼い子供に言い聞かせるような物言いだった。つまり本心。あくまで、俺の直感による判断だけど。
「……配慮痛み入るよ。だからといって、退くわけにもいかないんだよな」
「構わん。好きにすれば良い。貴様がコレを求めるなら、余の亡骸から持っていっても構わん。同胞も同様だ。余とコレさえ排除すれば、貴様ならどうにでもできるだろうよ」
「なるほど、了解」
まあ、結局はこうなるわけだ。
会話で情報収集できそうだっただけに残念ではあるがね。
「それじゃあ、遠慮無く」
「うむ、貴様の望むままにせよ」
この会話を皮切りに、俺とゴブリンロードの戦いが幕を開けた。
予想通りというべきか、ゴブリンロードの本来の戦闘スタイルは剣を使うもののようだ。玉座周辺に突き立てられた剣を無造作に引き抜き構えている。
こうなってくると徒手空拳のようにはいかない。
さっきと同じ動きに加えて次元力を破りかねない剣撃ともなると、新しい『化身』であってもどうなることか……。
そうなる前に先手を打つべし!
「『栄光の手』!」
「む!?」
同じ『栄光の手』でも、犬の時とヘルハウンドではひと味もふた味も違う。
俺の背中から伸びた次元力は、腕の形状を取らずに十本の光の筋となってゴブリンロードに襲いかかった。
湾曲も伸縮も自由自在。言うならば触手。その先端の形状も様々で、丸みを帯びた鈍器をイメージしたものや斬撃や刺突可能なものなどを形作っている。
そのすべてでもって、ゴブリンロードを全方位から攻撃してはいるのだが。
「ほう、これは面白い!」
当たらん……!
鞭のようにしなる光も、直線的な動きで突き刺す光も体捌きだけで躱しきっているのだ。
その動きは舞うがごとく。対峙している俺から見ても見事のほか言いようがない。
流石に『見切り』持ちは回避力が侮れん。
でも、これはどうかな?
「ストーンバレット!」
「くおっ!」
ふふふ、予想外だろ。これは!
俺は触手の先端からストーンバレットをぶっ放してやった。
タイミングはゴブリンロードが攻撃を躱しきったと気を抜いた瞬間。至近距離でだ。
これにはゴブリンロードも回避しようがないらしく、全身に俺のストーンバレットが見舞われた……はず?
「くくく、よもやそんな手を使うとはな。ますます面白い」
「くそー……『魔力障壁』か」
ゴブリンロードは俺のストーンバレット直撃寸前で全身に『魔力障壁』を張ったらしい。ものの見事に無傷だ。
いくら初級魔術のストーンバレットとはいえ、犬の時よりも遥かに威力は高いはずなのに。
『魔力障壁』も『見切り』並みに侮れんということか……!
「どうした? 今ので終わりとは言うまいな」
「いーや、まだまだ」
この『化身』の感覚もようやく掴めてきた。
これからが本番ってやつだ。