第198話 謁見の資格
(どうよ、ちょっとは俺を見直したか?)
ホブゴブリンを一蹴した俺は、ゴブリンロードの方へと目を向ける。
当のゴブリンロードはというと……。
「……」
無言のままだ。
だが、その目は俺の方に向いている。頬杖もついていない。
無表情なのは変わらないが、俺に対して多少なりとも興味が湧いたかのように見て取れた。
さて、今なら話はできるかな?
(騒がしといて何だけど、聞きた――)
(去ね)
……去ね? 帰れってこと?
なんて、言葉の意味を悠長に咀嚼している場合ではない。
『思念波』での返答と同時に、ゴブリンロードは側に突き立てられていた剣を抜き取り投げ放った。当然ながら俺に向かって。
ぶっちゃけ、油断していた。
剣なんて言っても核ルームにあったものは全てが朽ちた剣。なまくらと呼ぶのも烏滸がましい、錆びた棒だ。
当たれば確かに怪我をするかもしれないが、防ぐ方法などいくらでもある。わざわざ避けるよりも、今一度俺の力を示すために。
(『栄光の手』!)
と、軽く往なそうとしたのだが……。
(なっ!? やっべ! 緊急回避!!)
『栄光の手』をすり抜けた剣は、軌道が逸れることも減速することもなく、正確に俺へと向かってくる。
慌てて取った緊急回避のおかげで無傷で済んだものの、冷や汗のようなものが止まらない。力を見せつけられたのは俺の方だったというわけだ。
「……フン」
(ぬうう……)
まさか、『栄光の手』が破られるとは……。
『栄光の手』は確かに剣を捉えていた。払った感触もある。しかし、往なせなかった。
その理由は至って単純なものだ。飛んできた剣の威力が『栄光の手』の強度を上回っていたから。
ゴブリンロードは剣に高濃度の魔力を纏わせていたのだ。一見して分からないように、見た目は朽ちた剣のままに。
その証拠に『栄光の手』の片方、剣に触れた方の手は途中から先が失くなっている。切り裂かれた感触もあった。それが魔力によるものだという感触もな。
……どうにも勘違いしていたようだ。
『栄光の手』なら物理攻撃は勿論、魔力を介する攻撃に対しては特に絶対的な防御力を誇るものだとばかり思っていた。
最悪、『転送』なり『収納』なりすれば無効化できる、と。
しかし、今ので分かった。
次元力であってもパワー負けする。恐らく、物理的な力でも出力次第では簡単にぶち抜かれることだろう。
過度な自信は駄目、絶対。これは深く肝に銘ずることにしよう……。
とまあ、俺の自己完結はさておいてだ。
「……」
今のちょっとした攻防の結果、ゴブリンロードは俺への興味を失ったらしい。先ほどと同じく頬杖を突いて瞑目している。
振り出しに戻った……わけじゃないな。悪くなってしまった。
ゴブリンロードはこれみよがしに気配を消している。今さら隠れる意味なんて無いというのに。
俺にはそれが、完全にシャットアウトするという意思表示に見えたのだ。
(ぐぬぬ……嘗めやがって……!)
と言いたいところだが、実際は逆だな。
嘗めてるのは俺の方かもしれん。
『鑑定』して分かったように、ゴブリンロードは通常のゴブリンとは桁違い。称号にもあるように、この巣の『支配者』でもある。
対して今の俺はというと、ちょっと変わった柴犬だ。
支配者と犬、今のやり取りで力量の差もはっきりした。まともに取り合う気が起きないのも仕方が無いと言われれば分からないでもない。
むしろ、毅然とした態度を貫くゴブリンロードの方が案外まともなのかもしれん。
だからといって、ここで引き下がる道理もないんだけどな。
(ちょいと格好悪いけど、強攻策を取らせてもらうぞ)
むやみやたらと攻撃に移る? しないしない。そんなの無駄だ。
向こうには『魔力障壁』がある。今の俺の攻撃では、玉座から動かすこともできないだろう。
で、あればだ。今の俺じゃなければ良い。
それこそ、ロードに取り合ってもらえるぐらいの姿形。否が応でも認識せざるをえない存在感をアピールしてやれば良いのだ。
そのために俺が取った行動は。
(ふぅぅ……『栄光の手』!!)
俺の背中から再び二本の腕が現れた。
防御に使った時よりも大きく、腕というよりも翼に近い形に広げて。
翼はそのまま俺の全身を巻き付くように包み込む。
今の俺を傍から見たら……繭かな? 青白い光を放つ繭。
そして、繭と言えば羽化。まあ、俺の場合は羽化じゃなくて――
(――『化身』!!)
体を包み込んだ『栄光の手』をそのまま取り込み、俺は新たな姿を形作る。
これは先日完成させたばかりの、次元力を力任せに体の構築に使う手法。
今までの『化身』と違い、『栄光の手』を介するおかげで俺の意に沿った変化を無理やり可能にした荒業だ。
ひと手間増えたせいで変身時間みたいなものができてしまったが、欠点と言うほどのものでもない。
時間にして数秒、今この時にはもう変化は終わっているからな。
化身:次元獣・ヘルハウンド
生命力:987 筋力:871 体力:1024 魔力:不明 知性:297 敏捷:920 器用:711
「……ふぅぅ、あっちぃな」
体中に漲る力のせいか、全身が強く脈打つように感じる。
息も熱い……気がする。呼吸じゃなく、どうにも口から次元力が漏れて止まらん。
まあ、そのおかげで声を発することができてるようだし、DPとしても微々たるもの。気にしないでおこう。
さて……今の俺はヘルハウンドだ。進化したビークと同じく次元獣という括り。この世界に存在していない、新しい種族というわけだ。
見た目としてはラビットマンの集落で出会ったゲイズハウンドがベース。そこに『身体狂化』キバへ近づけるように盛りに盛った、筋骨隆々、3メートル近くある体高が目印の巨犬となっている。
ちなみに、種族をヘルハウンドにしたのは俺の本体がダンジョンだから。自分を地獄って言うのも変だけど、敵からしたら地獄みたいなもんだろ。そして地獄の犬ということでヘルハウンドにした次第である。
決して、意図せず体が真っ黒になったからというわけではない。
あとの特徴としては、能力値を制御できる限界まで高めまくった。ステータスだけなら俺の眷属を上回る、戦闘特化仕様の『化身』なのだ。
「……ヌゥ」
いいね、良い反応だ。
ゴブリンロードは明らかに犬の時とは違う反応を見せている。
頬杖はせずに俺をしっかりと見定めている両の目。これでようやくスタートラインに立てたみたいだな。




