第197話 ゴブリンの巣、最奥
(……で、今に至るってわけだ)
ちょうどよい区切りにきたところで話を締めくくる。
俺が平原を旅してきた一ヶ月の話、コノアにせがまれて話し始めてみたものの自分でも気付かないうちに熱が入っていたようだ。時間を忘れて、ついつい話し込んでしまっていた。
「コノア、ガンバッタ!」
(はは、そうだな。コノアはよく頑張ってくれたよ)
核への接触を決めた後の四日間も、コノアは俺の指示に従ってよく頑張ってくれた。
そのおかげで今日、決行に踏み切れるのだ。
話をしたことで俺の緊張もほぐれたし、時間も……。
(ん、いつもの信号だ)
タイミングを合わせたかのように、核が放った信号が俺のもとまで届いてきた。
これが合図。核に接触する時間を報せる合図だ。
これを待つために、わざわざゴブリンの巣で今まで待機していたんだからな。『夜目』でうっすら見えるとはいえ、真っ暗でジメジメして、おまけに臭い巣の中で。
ほんと、コノアが話をせがんでくれて助かったよ。黙って待ってたら、動く前に精神的に疲れてしまうところだったかもしれん。
さて、そんじゃまあ行くとするか……!
「ガンバッテ!」
(ああ、頑張る。コノアは指示したとおり警戒を頼むな)
「ウン!」
俺はコノアを残して巣の深部、核が鎮座しているであろう核ルームへと歩を進めた。
俺達が待機していた場所から核ルームへは、そう遠くない。
道中のゴブリンは事前に排除済み。俺の進撃を阻む者もいない。
ほどなくして、俺は目的地である核ルームへと辿り着いた。
(んー……核ルームは同じ……でもないか)
部屋に足を踏み入れた俺の目に映ったのは、森の魔窟の核ルームと同じようで違う空間。
自然ではありえないほど整った円形の部屋という点は同じなのだが、魔窟に比べると年季が入っているというか……床や壁にあるヒビや埃っぽい空気から、何となく遺跡? 部屋ができてから、かなりの年月が経過しているように見えた。
そのせいなのか、森の核ルームにあったアレが無い。
(うーん……暗くて見えづらいけど、台座らしいのが見当たらんな。代わりにあるのは……)
玉座のようなもの。台座が変形したものと思えなくもないが、凹凸のシルエットから玉座の印象を受ける。
その玉座の周囲には、これまた森の核ルームとは違って何か棒状の……剣か?
朽ち果ててボロボロなせいで、よく分からん棒か何かに見えた。
そんな剣が玉座の周囲には何本も突き立てられており、その様相がますますもって遺跡っぽい。
遺跡最奥にありそうな王の間のような――
「……」
(うお! 何かいる!?)
俺が部屋を観察していると、一瞬だけ何者かの気配を感じた。そして視線も。
本当に一瞬だけだったので今は何も感じないが、確かに感じたのだ。この部屋には何かがいると。
そもそも、俺はこの部屋に踏み込んでから肝心の核をまだ目にしていない。
ここの核には自我のようなものが無いということは、巣を探索していた中で確信するに至っている。なので、核の意思でもって隠れるような行動を取るとは思えない。
となれば、さっき感じた気配の主が核を隠しているのかもしれないな。目的は俺が諦めるのを待っているのか、奇襲を仕掛ける隙を窺っているのか、それ以外か……。
(やれやれ……ほんのちびっと疲れるけど、全力で……探知!)
俺の持ちうる全ての察知系スキルを総動員した『慧眼』を発動。
可能な限り目を見開くようなものなので、気分的に眼精疲労が凄い。が、それに見合った効果を発揮してくれる。
魔力の流れ、生物の反応、熱源、その他、音や匂いなど本来であれば別の器官で探知する要因すらも視覚情報として感知できる『慧眼』なら――
「……」
(――いた!)
案の上だ。部屋の中央、堂々と玉座に腰掛け、瞑目しているやつがいる。
種族:魔人・小鬼人、ゴブリンロード
称号:特殊個体、呪縛者、支配者、老将
生命力:675 筋力:721 体力:711 魔力:811 知性:634 敏捷:780 器用:561
スキル:悪食、夜目、成形、吸収、気配察知、遠視、嗅覚強化、消音、持久力強化、脚力強化、温度感知、直感、潜伏、方向感覚、五感保護、毒耐性、痛覚鈍化、魔闘技、環境適応、腕力強化、棍術、鎮静、狩猟、投擲、斧術、聴覚強化、剣術、麻痺耐性、天候予知、魔力感知、生者判別、擬態、再生、格闘術、威圧、魔力耐性
ユニークスキル:長命、変換、見切り、魔力障壁
ゴブリンロード……。
ここはゴブリンの巣だ。奥に行けば、ゴブリンキングだとかそういった存在がいるかもしれないとは思っていた。
その見た目はゴブリンとは違い、どちらかといえば人間に近い……気がする。ゴブリンよりは。
でかい体もゴブリンらしくないな。2メートルは軽く超えているだろう。
だけど、言うなら長身痩躯? 引き締まっているというべきか、称号にもあるように歴戦を戦い抜いた『老将』といった風貌だ。
特に人間に近い印象を与えるのは、他のゴブリンには無かった髪と髭。頭頂部こそ禿げているものの、結構な長さの長髪と胸元までまっすぐ伸びた髭が、なおのこと『老将』の称号に相応しい。
そんなゴブリンロードの胸元には、俺が求める件の核が見える。こいつの持つ異常な程に他所多様なスキルは、この核が持つスキルなのだろう。
よもや、森の時と違って元から同化しているパターンとはね……。
はてさて、どうするかな。
俺が認知していることは向こうも気付いているようだ。隠していた気配を露わにして、再び隠すような素振りを見せていない……のだが、動くような様子も全く無いぞ。
俺が視認してから、ずっと瞑目したままだ。玉座に頬杖をついた姿勢でピクリとも動かない。
「わふ」
「……」
取りあえず、軽く声? を掛けてみたが反応無し。じゃあ、これは?
(もしもし、ちょっと話をしたいんだけど)
「……」
反応無し。
俺の『思念波』は言語ではなくイメージで伝えることができる。なので、言葉が通じないから反応無しってわけではない。これはただ単に無視しているだけだな。目の前にいる俺を。
んじゃ、どうする? ちょっと近付いてみるか?
と、動こうと足に力を入れるや否や。
「……」
(うーん……なるほど、そう来たか)
ゴブリンロードの意思によるものだろう。近付くのを阻止するかのように、俺の前に黒紫の光を帯びた球体が現れた。
程なくして、球体は見知ったものに形を変える。
「グギギ……!」
通常のゴブリンよりも大柄で筋肉質な上位種、ホブゴブリンだ。
ただ、俺が知っている個体よりも、ステータス的にもスキル的にも格段に強化されているようだが。
「グガァ!!」
(これが返答ってわけか)
『形成』されたばかりのホブゴブリンがロードに代わって答えてくれている。
どうやら歓迎されているようで嬉しい限り。
熱い抱擁でもしてくれるのかな? 野太い咆哮を添えて、覆いかぶさるように飛びかかってきた。
それなら俺も、その抱擁に答えるとしようかね。
(『栄光の手』!!)
「――グギョ!?」
悪いが、お前の相手をしている暇は無くてな。
俺の『両手』でもって、『魂の牢獄』に案内してやるよ。