第196話 ゴブリンの巣の全貌
うーむ……やはり一人より二人、二人より三人。とにもかくにも数の力の凄まじさよ。
コノアのおかげで、それが如何に暴力的なものかと思い知らされたな。
コノアに探索を手伝ってもらってからというもの、新たな発見の連続だった。恐らくも何も、俺一人ではここまでの成果を挙げることはできなかったと確信できるほどに。
その成果の中で最たるものといえば、ゴブリンの巣の実態がそれだろう。
ゴブリンの巣……。俺は平原にいくつもの巣が点在しているものだとばかり思っていた。
だが、実はそうではなかったようだ。
「マップ!」
そう言って、コノアが俺に見せてきたものは一枚の紙だ。
一枚の紙とはいっても、一辺が2メートルほどある特大サイズ。俺が何かの用途にでも使えればと思って、適当に『創造』していたうちの一枚だ。
その紙に目を向けると、何やらグネグネした黒い線が何本も絡み合うように描かれている。
(マップって、地図か?)
「ウン!」
(これは……)
「スゴイ?」
(凄いな。凄いぞ、コノア!)
「ワーイ!」
嘘偽りなく、これは本当に凄いと思う。
一見すると落書きに見えなくもないが、俺も実際に潜った身だからな。コノアの描いた地図が如何に正確なものかはすぐに理解できた。
細い線は、ただの通路。絡み合って見えるのは単に分岐が多いから。
部屋は歪な円だけど、ここもできる限り正確な形を描こうとしていることはよく分かる。
その地図を見て、ようやく見えてきたのが巣の全貌。別々の巣だと思っていたものが細長い通路で繋がる、蟻の巣同士を無理やりくっつけたような珍妙な巣だということが。
地表に近い部分に部屋が集中しているってところが何とも不自然な印象を受ける。ゴブリンにそんな知恵があるとも思えんが、予め外で活動することを前提として設計されたかのような……。
まあ、今さらだな。
生態すら手が加えられている節があるのだ。巣が不自然な形状なのも似たような理由があるんだろ。
それはさておき、コノアの地図には何やら印のようなものがいくつか存在する。
部屋よりも通路の途中、袋小路にあたる位置に丸と点々。
……顔か? すんごい雑な感じの。
(これは?)
「ヘンナノ!」
変なの? マークがすでに変だけど。
「コレ!」
そう言うと、コノアは『収納』から一体のゴブリンを出して俺に見せてきた。
『収納』に収められているので、当然ながら生きてはいない。ゴブリンの死骸だ。
このゴブリンも、コノアが発見してくれた成果の一つ。
(新種のゴブリン……?)
「ヘンナノ!」
変なの……ねえ。
確かに見た目はちょっと変だ。ちょっとだけな。
パッと見はゴブリンと変わらない。緑の肌に小柄な体躯、ひん曲がった鷲鼻を備えた顔は平原でこれでもかと見たゴブリンのそれだ。
しかし、普通のゴブリンとは明らかに違う部位がある。
腕が進化……で良いのかな? 少なくとも発達しているのは間違いないが、えらく野生的。腕全体が毛に覆われ、獣のような見た目になっていた。
特に目を引くのが手の部分。手自体が通常のゴブリンのものよりも大きく、異様に太く長い爪。毛むくじゃらの腕と相まって、なおのこと獣の前足のように見えるのだ。
『鑑定』してみると、そのゴブリンは『ゴブリンワーカー』という種族のようだ。
名前からするとゴブリンの労働者ということになるが……。
「ホッテタ!」
コノアが言うには、ゴブリンワーカーはただひたすらに穴を掘っていたとのこと。コノアの襲撃によって他のゴブリンが恐慌に陥っていても、当人は我感せずとばかりに穴だけを掘っていたらしい。
袋小路にマークがあるのも、その時まさに通路を掘っていた最中とのことだ。
とどのつまり、巣を拡張しているのはこいつの仕業。奇妙な巣を形作っている元凶ということになる。
俺が探索している時に遭遇しなかったのはただの偶然だろうな。
比率でいくと、ゴブリンの中でも1%未満。相当レアな個体と思われる。
さて、レアな存在は真っ先に狙われるのが世の常ということで。
(コノア、こいつに巣を拡張されるのは面倒だ。無害でも構わん。優先して仕留めろ)
「リョーカイ!」
うむうむ、すっかり頼もしいな。俺もいい加減、コノアを子供みたいに扱うのは止めた方が良いかもしれんな。
そんな俺とコノアのやり取りを経て、ゴブリンの巣は日に日に全貌を露わにしていく。
村での生活も安定、探索も順調。十日目の今に至っては、地上でも地下であってもゴブリンの脅威は著しく減っている。
だがしかし、そうであっても俺の胸の支えはまだ取れない。平原の一帯を荒らす元凶であろう核がこの巣にある限りは。
こればっかりはコノアに任せるわけにはいかない案件だ。
コノアもそれは理解しているらしく、俺が見当を付けた場所には近づかないようにしてくれている。
なので、俺が探索をするのは専らその場所。
深夜のみと時間は限られているが、毎日そこを目指して進めば着実に核へと近付いて行く。
(ふぅ、今日はここまでだな)
十日目の探索を終えた俺は、一旦ダンジョンの会議室へと足を運んだ。
一日の探索の終わりは会議室でコノアと合流する。その日のコノアの報告を受けるためと、探索の方針の調整、その他諸々を決めるために。
「オツカレ!」
(ああ、お疲れさん)
労いの言葉を掛けてくれたのは、会議室に残ってマッピング作業に従事しているコノア。『意思統一』の効果でもって、各部で探索を続けるコノアからリアルタイムで情報を受け取り地図に記しているとのことだ。
そんなコノアに、俺は明日以降の方針を下達する。
(コノア、核の位置は分かった。本格的に接触する前に準備をするぞ)
十日目にして、ようやく見つけた。
核の位置は俺が見当を付けた場所で概ね正しかったようで、村を基準に西よりの南西。西南西に数キロの、地下深くに存在していることが分かったのだ。
これも律儀に、核が毎日謎の信号を発信してくれるおかげだな。それも決まって同じ時間帯、夜明けの頃に。
相変わらずその理由は分からんが……まあ、俺としては居場所を教えてくれるだけでも大助かりだ。欲を言えば信号の意味も解読したいところではあるけどな。
……うん、そうだな。核に接触する前に、ちょっと考えてみるか。
話を戻して、俺は明日以降は探索をせず核に接触するための下準備に移る。
「コノアハー?」
(コノアは今までどおり、まだ探索しきってない場所を探索してくれ。他には……後で指示するよ。今のところはそれで)
「ワカッタ!」
さぁて、相手は核だ。どんな隠し玉が飛び出るか分からん。俺も思いつく限りの準備をしないとな。
それができ次第、核への接触を図るとしよう。