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第194話 村での暮らし


 俺がケンティムの村に居着いてから早くも十日が過ぎた。十日も経てば村での暮らしも慣れたもので……。


「わんわん!」

「いいぞ、マル!」

「グゲェ!」


 今も日課である偵察の真っ最中。平原で発見したゴブリンを相棒のログのところへ誘導して仕留めてもらうという、我ながら見事な仕事っぷりを発揮していた。


 ちなみにログが言った『マル』は俺のことね。カールのおっさんが付けてくれやがった名前だ。

 由来は丸々してるからマルってなことで、ありがたい話だよ。まったく……。


 まあ、そんなことはどうでも良いや。それより仕事の続き。


 まずは周囲に他のゴブリンがいないか確認して……うん、いない。ログは……こっちを見てない。よし、チャンスだな。


「わふ!」

「マル?」


 さも俺が何かを発見したかのように一声鳴いて、そのままダッシュ。

 行き先は特に決めてない。ただひたすら、それっぽく走る。ログの視界から外れるのが目的なのだ。


 で、適度に距離を開けて隠れるのに十分な草むらまで来たら速やかにスキル発動!


(――『栄光の手(ハンズオブグローリー)!』)


 ログにバレないよう、こっそりとしめやかに。

 すると、瞬く間に『栄光の手(ハンズオブグローリー)』から一羽の鳥が姿を現した。


「キィ?」


 自分の身に何が起こったのか理解していないのだろう、現れたランドモアは俺の眼前で首を傾げている。


 このランドモアは俺が『転送』したランドモア。先日まではこちらからダンジョンに送りつけるだけだったが、現在の使用法は向こうからこっちに送るため。以前捕らえたランドモアを平原に放つために使用していた。


 はてさて、俺の都合で非常に申し訳ないんだけど……。


「わん!」

「キキィ!」


 俺が吠えると、驚いたランドモアが走り出す。向かう先は俺の思惑どおり――


「捕まえた!」

「キキィ!? キィ!」


 ――ログのもとだ。

 草むらから飛び出してきたランドモアを、ログは難なく捕まえてくれた。


「ははっ、流石だなマル。これで今日も皆に良い報せができる」

「わふ」


 そいつは何より。俺も手持ちのランドモアを提供する甲斐があるというものだ。


 しかし、当初はこんなことをすることになるとは思いもしなかったな。

 俺としては、ゴブリンさえどうにかすれば村は自力で復興できるものだと思っていた。


 だが、どうやらそうもいかないらしい。

 いかんせん、村は困窮の限りを極めていた。その日食べるものにすら事欠くほどに。


 いやはや……思い返してもぞっとするな。俺を見てくる村人の血走った目は。

 あれはマジで俺を食おうとする目だ。餓鬼というか獣と言うか……とにもかくにもヤバイ顔付きをした村人が、村のあちこちから俺に視線を送っていた。


 このまま放置していると、ゴブリンより先に村人を退治せねばならんなんてことにもなりかねない。取り急ぎ、当日から食料の都合をつけることにしたのだ。


 ただまあ、次に困ったのは方法だったんだよな……。


 コボルトの時みたいに適当に『収納』から出す、なんてこともできない。せっかく犬として潜入できてるのに、アレをすると一発でアウトだ。

 ミゲルの言う『中央』とやらに俺の噂が流れようものなら、後々どんな事態を起こしてしまうか見当も付かん。


 ってなことで、あれこれ考えた中で最も自然な方法が狩りだった。

 俺が獲物を見つけた体にして、誰でも良いから捕まえてもらう。これなら違和感なんて無いだろう。本物の犬だってやることなんだから。


 その甲斐あって、村の食料事情は十日前に比べると随分とマシになったものだ。

 流石にランドモアだけでは充足とまでいかないが、極度の餓えから開放された村人の顔色は段違い。俺を食料として見る村人はすぐにいなくなっていた。


 はてさて、そうこうしているうちに日は傾きを見せている。今日の偵察もぼちぼち終わりだな。


「そろそろ帰るか、マル」

「わふ!」


 村に帰ると、いつものごとくミゲルが入口に立っていた。

 ログはミゲルに今日の報告を行っているが、俺はそれに聞き耳を立てる余裕なんて無い。


「マル!」

「まるー!」


 ぐああ、もうめちゃくちゃだ……!

 帰るなり村の子供達が俺を囲んでやりたい放題撫でくりまわしてくる。


「くはは、マルもすっかり人気者だな」


 ミゲルめ、他人事だと思って勝手なことを……。

 結構大変なんだぞ。口の中に手を突っ込んできたり、尻尾引っ張られたりしてな。


「ガキどもが元気なのも、マルが狩りをうまいことやってくれるおかげだ。礼だと思ってやられてやれ。がはは」

「まる、ありがと!」

「……わう」


 こんな礼があるかよ。

 まあ、元気なのは良いことだってのは確かだし、好かれているってことに悪い気はしないけどな。


「村長、それじゃあ俺は」

「……ああ、お疲れさん」


 報告を終えたログが立ち去ろうとしている。

 行き先はいつもの場所だな。俺も行くから、ちょっと待ってくれよ……!


「わうわう!」

「マル……お前も物好きだな。付いてきたって何も無いのに」


 何も無いわけじゃないだろ。意味はある。だから俺も行くんだ。


 ログが向かういつもの場所というのは、村の片隅にある小さな墓地。ログは偵察が終わると決まってこの墓地に足を運んでいた。

 そんな墓地にある小さな墓の前に来ると、ログは跪き瞑目する。墓に眠る故人を偲んでいるのだろう。


「……」


 俺が初めてここに来た時、ログは教えてくれた。


 墓に眠っているのはログの両親と弟。

 三ヶ月ほど前の、俺がここを訪れる前に起きたゴブリンの襲撃によって命を落としたらしい。


 ログの家族だけじゃない、この墓地にある真新しい墓は全てその時のゴブリンの犠牲者だという話だ。数えるなんて罰当たりなことはしたくないが、恐らく……今村にいる人達よりも数が多い。


「……本当は、ここに眠る皆は俺が守らないといけない人達だったんだ」


 だけど、ログはその時村にいなかった。『選兵』として、『中央』で兵役に就いていた。


「もしも、なんて言っても仕方が無いのは分かっている。だけど、それでも考えるんだ。俺が『選兵』じゃなかったら、救えた命だってあったはずだろうと」


 それを言うなら俺だって。


「マル、なんて顔してるんだ。俺は自棄になってなんかいないぞ。家族を失っても守るものはまだあるんだから」


 ログの中では心の整理がついているんだろうな。

 言葉が虚勢ではないということは目を見れば分かる。


 だけど、俺の方は整理がついていない。


 もしも四ヶ月前、転生した直後に俺は西でなく東に向かって進んでいたら……ここに眠る人達は今も生きていたんじゃないのだろうかと考えて仕方が無いのだ。  


 だがしかし、その場合俺はココと出会うことはないだろう。コボルト達が窮地に立たされていることも知らないままに過ごすことになる。


 どちらを選ぶのが正しいかなんて俺には分からん。どちらを選んでも誰かがどこかで犠牲になっている。それはどうしようもない事実だ。そんなことは重々承知しているんだけど……どうにもやりきれん思いがある。


「さてと、俺は休むよ。マル、明日もまたよろしくな」

「……わふ」


 ああ、また明日な。


 ログも行ったことだし、俺もセンチメンタルな気分になるにはおしまいにしようか。

 日はすでに落ちている。さほど時間を待たずに村は静寂に包まれる。そこからは俺の仕事、深夜の部の始まりだ。



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