第193話 良き友人として
村長であるミゲルの家は村の奥まった場所にあった。
そこに連れられた俺は、村長ミゲルに対するログの報告を耳に耳を傾けていた。
「……ふぅむ」
(なるほど)
報告を聞き終えたミゲルは名目して思案に耽ている。ログはそんなミゲルの言葉を待っているらしい。
それならばと、俺は俺でログの報告を頭の中で整理することにした。
ログとカールが平原にいた理由は偵察を兼ねた狩りのため。話によると、二人が襲われた地点には先日までゴブリンが現れることがなかったとのことだ。
それであっても、日に日に獲物が減る中でミゲルはゴブリン襲来の予感はしていたらしい。
「……まさかお前に、カールの警護を頼んだその日にゴブリンどもと出くわすなんて思ってなかったがな」
「まったくです」
そんな日に俺が二人を発見できたってのも凄い偶然だな。
カールかログか、あるいは二人はココ並みに強運なのかもしれない。
それはさておき、ログの報告を聞く中で分かったことが他に二つある。
一つ目は、この村で戦える人物は二人しかいないこと。そのうちの一人は……っていうか、二人とも目の前にいる。『選兵』であるログとミゲルだ。
ちなみに、俺達が村に到着した時に村長であるミゲルが入口にいたのは、ログに代わって村の警護にあたっていたから。
他の村民も見張りに立ってはいるが、それだけでは心許ないとミゲルが陣頭指揮を執っていたようだ。
二つ目は、村の有様の原因について。これはもう、村に到着した時点でおおよその見当は付いていた。
やはりというか、なんというか……ゴブリンだ。村が荒廃している原因はゴブリンの被害によるものだった。
「ゴブリンどもめ……」
忌々しげに呟くミゲル。それに呼応するように俯くログ。
二人の話では断片的な情報しか得られないので、どれほどの悲劇が起きたのかは分からない。が、村の様相と二人の悲痛な面持ちから察するに余りある。
この瞬間に決まった。
俺はゴブリンを掃討する。少なくとも、これ以上被害が拡大されなくなるまで。
部外者の俺から見ても、この村の現状はかなりやばい。大規模なゴブリンの襲撃に耐えられるようには到底思えないのだ。
加えてドゥマン平原の南にはカラカル、リンクス、ヤパンに連なる街や集落が点在している。いくらゴブリン単体が弱いとはいえ、放置して勢力を拡大されるとどうなるか分からん。可及的速やかに対処するのが妥当だろう。
とはいえ、具体的な方法は向こうの、森で活動するもう一人の俺に任せるとしよう。
目下、今の俺が対応するべきは。
「おい、犬」
「わふ」
ミゲルから訝し気に見られているこの状況だ。あまり歓迎されてないのかもしれん。
「……人間の言葉を理解している。まあ、賢い犬ならそれもあるだろう。だが、ログの報告だとお前は道具を使ったそうだな」
むぅ……めちゃくちゃ不審がられてる。
ええっと、普通の犬ならこういう場合どうすんだ? 逃げる? 怒る? いっそのこと、ここで『思念波』を使うか? 全部台無しになりかねないけど。
そんなことを考えていると、ミゲルのごつい手が俺の頭に伸びてきた。
殴ったりするような手付きじゃないので身を任せることにしてみたが……。
「うぅむ……この感触、たまらん!」
ミゲルは笑みを浮かべて、ワッシャワッシャと俺の頭や首を撫でくりまわしてきやがった。カールと違って荒っぽいが、動きが犬好きのそれだ。ミゲルも犬派らしい。
そのままミゲルは話し出す。
「犬は二十年ほど前に中央の連中に連れて行かれた。目的は知らん、が想像は付く。おおかた、訓練か実験でもして扱いやすい駒にするつもりだったんだろう」
「村長は集められた犬がどうなったかご存知なんですか?」
「想像でしかないがな。だがまあ、こいつが集められた犬の子孫だとしたら合点がいく。人間の言葉を理解して道具を使う。普通の犬には難しいが、何らかの手が加えられた犬ならありえる話だ。こいつは俺達と同じ、中央から抜けてきた兵なのかもしれんぞ」
と言い終えたミゲルは、なおもワッシャワッシャと俺を撫で回していた。
喜色満面で語っているところ申し訳ないが、俺はその集められた犬とは縁もゆかりもないんだよな……。
それが何とも歯がゆい気がしないでもないが、都合の良い勘違いをしてくれてありがたくもある。
「ああ、そういえばログの言っていた液体なんだがな。そりゃあ多分、ポーションってやつだ」
「ポーション、ですか?」
おお、ミゲルはポーションを知ってるのか。
「ポーションは中央の兵に配布されてる治療薬だ。俺はお目にかかったことはないが、ぶっかけるだけで傷が癒えるっていう話から考えると間違いないだろう」
うん、正解だ。
だけど、知ってるけど見たことがないってことは、ポーションは貴重な薬なのかね? ログなんか聞いたこともないようだしな。
そのおかげか、せいなのか……二人の勘違いが目の前で加速していく。
「そんな貴重な薬を!?」
「ああ、見ず知らずのカールに使ってくれた。こいつも効果が分かってたんだろうな」
「今思えば、こいつにとって俺とカールさんは何の関係もない。なのに、明らかに不利な状況から助け出すように飛び込んできた」
「それが犬の良いところだ。勇敢で思いやりがある。犬は遥か昔から、人間の良き友人である存在なんだぜ」
「友人、なるほど……!」
ログの熱い視線が突き刺さる。
そんな目をされても、中身が人間の俺にとっては居心地が悪くて仕方が無い。
「ところでだ。こいつ、お前らの言葉に従って後を付いてきたんだろ?」
「はい。カールさんの付いてこいの一声でそのまま」
「だったら、人間にただならぬ思い入れがあるようだな」
そう言って、俺を撫でる手を止めたミゲル。俺と視線が合うように腰を屈めている。
「お前、人間の言葉が分かるなら一つ頼まれてくれねえか?」
「わふ?」
「この村は今、ゴブリンどものおかげで滅ぶかどうかの瀬戸際だ。戦うにしろ守るにしろ、俺とログだけじゃあ手が回りゃしねえ。でだ、お前にも力を貸してもらいてえんだよ。村を守るために、ここに残ってくれねえか?」
「村長……」
「ログ、俺が滑稽に見えるか? 犬にこんなこと頼むなんてな。だがな、なりふり構ってられんのが現状だ。中央に要請を出しても何の音沙汰もありやしねえ。このままじゃあ、助けが来る前に村が滅んじまう。こいつがいればどうにかなるなんてことは流石に考えちゃいねえが、時間だけでも稼ぎたいんだよ。……最悪、村のやつらが逃げる時間だけでもな」
気が付けば、ミゲルは俺の両肩に手を添える姿勢になっている。そして両の掌から伝わる本気の意思。見た目は一介の犬に過ぎない俺に、心の底から頼み込んでいることが感じ取れた。
それほどまでに状況は切迫しているんだろうな。
この頼みに対する俺の答えは悩むまでもない。さっき、ゴブリンの脅威を払拭すると決めたばかりなのだ。答えはもちろん――
「わふ!」
「おお! って、どっちだ? 頼みを聞いてくれるのか?」
伝わってない! ええい、もういっちょ。首を縦に振りながら――
「わふ!!」
「くっはっは! すげえな、こいつ! 仕草まで人間と同じことができるのか!」
そうでもしないと伝わらんからだろうが。
ともあれ、そんなこんなで俺はこのケンティムという村に滞在することとなった。
犬なのに用心棒頼まれるとは夢にも思わなかったけど、まあ良いだろ。
ミゲルは俺がどうにかするなんて思ってないなんて言ってたが、どうにかしてやるよ。それとなく、俺がやったと分からないようにな。