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第192話 そこはまるで……


 カールの手当が済んでから数分後、俺はカールとログに連れられるようにして平原を進んでいた。

 向かう先は恐らく二人の住処。そこにいる『兄貴』とやらに、俺を引き合わせるつもりらしい。


「こいつ、カールさんの言葉を理解しているようですね」

「ああ、完全に人馴れしているな。最近まで誰かに飼われていた犬に違いない。となると、この近くにまだ人が住んでるのか、住んでたのか……」


 俺は二人の会話に聞き耳を立てながら歩いている。

 何せ、他にやること無いからな。一応、周囲の警戒はしてるけど。


 その間に聞けた話はというと、専ら俺のこと。

 カールは俺に興味津々といった様子で、ログは俺に警戒心ありありで話題に尽きないようだ。


 もうちょっと、俺の参考になる話をしてもらえんものかね?


「そういえば、さっき犬は献上されたという話でしたが」


 ログ、グッジョブ。それは俺も聞きたい話だったんだ。

 さっきはお前が邪魔してくれたせいで聞けなかったもんでな。


「献上か。あれはもう二十年以上前だから……お前は知らないか。お触れがあったんだよ。中央から」

「お触れですか」

「ああ、『選兵』みたいなもんだな。お前なら分かるだろ」

「なるほど、それなら」


 なにー! 俺に分かるように説明しろっての! ついでに『選兵』のことも。

 ログは今の内容だけで勝手に納得してやがるし、結局分からんままじゃねーか。


 ……いや、分かった部分もあるにはあるな。

 『献上』も『選兵』も『中央』とやらに関係する、と。そこに犬や人を集めたりしてるのかな?


「とにかく、あの時から犬を見ることは無かったからな。本当に懐かしい」


 そう言うと、カールは俺をほっこりした顔で眺めてきた。

 このおっさん、犬派っぽいな。共感するが、そんな目で俺を見るな。


 比べてログはというと、いまだ俺に訝し気な目を向けてくる。

 始めて目にする犬の行動の数々が奇っ怪に映るのだろう。敵意は無いが、不審な行動を取ればどうなるか分からないってところだな。


 まあ、犬らしくを徹底していれば、俺の魅力にログもそのうち警戒を解くだろ、多分。


 そうこうしているうちに二人の目的地が近付いたようだ。周囲の景色がそれまでの平原とは違うものになっている。


 草しかなかった平原が徐々に開かれ、人の手が加えられていることが見て取れる。遠目には簡素であるが道らしきものも。だが……。


(カラカルやリンクス近郊に比べると、発展してるとは言い難いな)


 どう見ても人の往来が盛んには見えないのだ。

 ただ辺境なだけという可能性もあるけどな。今回の旅の中でようやく到達した、人が住む土地なんだし。


 そんな整備の手が届いていない土地をさらに進むこと三十分、ついに人間の集落らしきものを視覚で捉えることができた。


「ふう、危うく生きて帰れんところだったな。ここまで来れば一安心だ」


 帰る場所が見えたことで気が抜けたのか、大きく息を吐くカール。その様子に、ログは隣で苦笑を浮かべている。

 

「カールさん、安心するのはまだ早いですよ」

「何が?」

「ほら、あそこです」


 あそこ? んー……ログの視線の方向には男が一人立っている。


 入口らしき場所で仁王立ちするヒゲ面の男。向こうからも俺達の姿が見えるようだ、男はこちらに気付くやいなや、血相を変えて駆け寄ってきた。


「カール! ログ! 何があった!?」


 男はカールの姿を見て、何かがあったと察したらしい。

 何せカールの服は頭部からの出血で大部分が赤黒く染まっているのだ。遠目であっても異常だと分かるほどに。


「兄貴……何から話したら良いものやら」

「その血はお前のか!? 歩いて大丈夫なのか?」


 なるほど、この男が『兄貴』か。カールが兄貴と呼ぶだけあって、見た目は中年のおっさんだ。

 とはいえ、山賊然としたヒゲ面や熊みたいな体躯から溢れ出る貫禄で、ただのおっさんじゃないことなんて一目瞭然だが。


 ふーむ……ちょっと『鑑定』してみるか。カールの服に注意が行ってる今ならバレることはなさそうだし。



名称:ミゲル

種族:人間

称号:選兵、ケントム村長

生命力:94 筋力:81 体力:82 魔力:32 知性:61 敏捷:41 器用:37

スキル:斧術、狩猟、状態異常耐性



 ……ケントム村長? じゃあ、ここは村なのか? 村と呼ぶには、あまりにも荒れ果ててるようにも見えるんだけど……。


 俺は『鑑定』もそこそこにして、村の様子に目を向けてみた。

 視界に入るのは倒壊した家屋の数々、畑と思しき土地の跡、最近起きたのだろう火事の残痕など。村は村でも廃村ではないかと錯覚してしまいそうになる。


 あまりにも痛々しいその光景ではあるが、ひと目見て俺は既視感を覚えた。


 ……コボルトの集落だ。

 かつてのグラティアやアモルは魔獣の被害で痛々しいほどに荒れていた。あの光景に酷似しているのだ。


 それに、住んでいる人々の顔もまたよく似たもの。

 朽ちかけた家屋から覗く村民の表情は、皆一様に不安と憔悴に満ちていた。


(ここも魔獣の襲撃にあったのか……?)


 記憶に近い光景があるせいで、俺の頭にはそんな考えが過ってしまう。

 それと同時に、別の思いも浮かんでくるのだが……。


「怪我はなんてことない。ああ、いや……一時は危ないところだったんだがな」

「その血でなんてことないわけないだろうが! おい、誰かカールに手当てを!」


 相も変わらず続く、ミゲルとカールのやり取りがうるさくて敵わん!

 この押し問答に意味あんのか!?


「おい兄貴、俺は大丈夫だっての。自分で歩けるから! ああもうログ、すまねえが……」

「はい。報告は俺がしますからカールさんは休んでください」


 ようやく終わりを迎えたようだ。

 折れたカールがログに後を任せることにしたらしい。ひとり申し訳なさ気に村の奥へと歩いていった。


「ログ……大丈夫なのか? あいつは」

「大丈夫だと思います。その、俺も信じがたいことではありますが、手当ては済んでいますから」

「済んでる? あれでか? ……まあいい。それよりも報告を聞かせてもらおうか。そこにいる犬のことも詳しくな」


 えらく騒がしいやり取りをしていたけど、俺のことに気付いていたようだな。そして全然取り乱す様子も無い。カールと同じく、犬のこともご存知のようだ。


 だが、他の住民はログと同じく犬を知らない者が多いらしい。


「何だ、あれは?」

「狩りの獲物?」

「魔獣じゃないのか?」

「魔獣!?」


 むう、これはまずい流れでは……。

 誰かが魔獣とか言い出したおかげで、住民の不安が煽られてしまった。動揺が波紋のように広がっていくのがはっきり分かる。このままだと厄介な事態に――


「こいつは犬だ! 昔はそこらにいた家畜だ! 狼狽えるんじゃねえ!!」


 ――なる前に収まった。

 ミゲルの雷のような怒号で動揺が掻き消されたのだ。


 『威圧』も無いのに凄いな、村長……。


「ちっ、ここじゃ気が散って話にならんな。ログ、俺の家に行くぞ。そこで一から全部話せ」

「分かりました」

「お前もだ、犬!」

「わふ!」



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