第190話 ドゥマン平原を行く ゴブリンの国?
「ここにもゴブリンか……」
俺がゴブリンの巣を見つけてから今日で三日。真っ直ぐ東へと向かっている間にも、幾度となくゴブリンに遭遇していた。
「ゲッゲー」
「ゲゲゲグゲ」
なるほど、分からん。何度聞いても、こいつらの言葉は理解できんな。
まあ、どうせ大した意味は無いんだろうけど。
「グゲ」
これは分かる。『帰る』だ。この言葉だけは、この後の行動が毎回同じなので理解できた。
五日前に疑問だったゴブリンの行動、日が暮れると一斉に巣へ帰る。それはこの付近に生息するゴブリン共通の習性らしい。
その前には必ず「グゲ」と言うのだ。一匹だろうが、群れだろうがな。
(さて、それじゃあ念のために巣穴だけ確認しとくかな)
この五日でランドモア捕獲の代わりに変な日課ができてしまった。
夕方にゴブリンを発見したら、そいつの後をつけて巣を特定するってものを。
どうにも俺って、一心不乱に真っ直ぐ進むってのが苦手らしい。道中で行うスキルの実験といい、ランドモアの捕獲といい、しまいにはコレだ。
言い訳するなら、遊びは大事。ガッチガチな石頭だと思考が停止しかねない。適度なゆとりをもたせることで、本題を円滑に進める狙いがあるというわけなのだ。
とにもかくにも、今日までに見つけたゴブリンの巣は四つ。ペースとしては一日一つといったところだ。
そのどれもが同じようなもの。毎回見つけるのは決まって蟻の巣のような穴ばかりだった。
(俺の進行方向は一直線。ゴブリンの巣はその延長線上に点在していることになる……か)
今日の日課を終えたところで、今まで見つけた巣の位置を頭の中で整理してみることにした。
ランドモアの捕獲を止めてからの行程は、比較的真っ直ぐ東に進んでいる。
急ぎの旅じゃないので、移動距離は抑え気味にして一日100㎞ほど。ダンジョン入口の座標を利用した距離の算出だから、かなり正確な数字になっているはずだ。
それを踏まえると、最初に見つけた巣から今日見つけた巣までの距離は概ね300㎞。当然といえば当然なのだが、俺が見つけたもの以外にもゴブリンの巣はあるだろう。
直線上に分布しているということも考えにくい。俺が通った場所だけで四つ。仮に今日見つけた巣で最後だとしても、分布が円の形になってたりしたら……数なんて予想もできん。
そこに生息するゴブリンの数も同じだ。
取りあえず現段階で分かっているのは、平原にはコボルトとトードマンの総数を超えるゴブリンが生息していること。
俺が通過した場所だけでも、ゴブリンの国と呼べるぐらいにはゴブリンが存在しているということだ。
(うーむ……本当にテンプルムなんて国があるのか?)
ここまで人間に会うこと無くゴブリンばっかり目にしていたら、そんな考えが頭を過るのも無理はないだろう。テンプルムの掲げる『人間至上主義』が、ゴブリンを野放しにするなんてことも考えにくいしな。
(あるいはテンプルムはゴブリンの襲撃を受けている、なんてな)
まさか、そんなことあるわけないだろ、ゴブリン相手に。
なんて考えていたのだが……そのまさかを目にすることになろうとは。
(……マジか)
四つ目の巣を見つけた翌日、昼に差し掛かろうとする頃合いに出くわしたのだ。ゴブリンが、今まさに人間を狩ろうとしている現場に。
「グゲッゲッ!」
「くそっ、数が多い! カールさん、動けますか!?」
「うぐ……ぐ……」
俺が気付いた時には、すでにこの状況だ。
十を超えるゴブリンに囲まれる二人の男。一人は剣を構えてゴブリンを牽制しているものの、もう一人がかなりまずい。
ゴブリンに殴られたのだろう、頭を抑えたままうずくまって動く様子が無い。その手は血に塗れ、出血のひどさが窺える。
そんな男を庇うようにもう一人の男が位置取っているものの、多勢に無勢というやつだ。どう動いたところで、全方位を囲むゴブリンの優位は揺るがない。
ゴブリンもゴブリンで自分達の勝利を確信しているのだろう。どいつもこいつも涎を垂らし、下卑た笑みで男の焦る様を眺めていた。
せめてそれが無ければ、俺の行動も違ったものだったのかもしれない。
「ガルァ!!」
ゴブリンの態度に怒りがこみ上げた俺は、感情に任せて『威圧』をぶっ放してやった。
無論、対象はゴブリンのみ。不意に、かつ何の耐性も持っていないゴブリンでは俺の『威圧』を耐えきることなどできはしない。
今の今まで見せていた余裕なんてものは、この一発で吹き飛んだようだ。
ゴブリンは一様に腰を抜かして、その場にへたりこんでいる。
しかし、そんな隙を見せていて良いのかな? 今まさに、生を掴もうと足掻いてるやつの目の前で。
「うおお!」
「グギッ!」
「ギャガ!」
おお、これは予想外だ。
俺の作った隙を突いて、男が活路を開いてくれるだろうとは思っていた。だがしかし、男の行動はそれ以上。
「でぇい!」
「ギャ!」
「ギギィ!」
竦んだままのゴブリンを一撃で葬るのはそう難しいことじゃない。
ゴブリンの戦闘力自体が大したものじゃないからな。それなりの一撃を食らわせば、斬撃だろうと打撃だろうと容易く倒すことはできるのだ。
だが、目の前の男は流れるように一撃一撃を繋いでいる。
斬り下ろし、斬り上げ、斬り払い……。ゴブリンを確実に一撃で仕留めつつ、次への攻撃の始点にしていた。
一見すると剣筋が見事ゆえになせる動きに思えるが、その本質は足運びにあるのかもしれない。
俺でも分かる。動線に無駄が無いのだ。
次に繋ぐために最短の動き、重心の移動、必要最低限の力を使い、次に移る。
これは明らかに訓練された者の技術。それも、かなり研鑽された者の。
見た目は多分、普通の村人? ヤパンの人々とは趣が違うけど、簡素な作りの布っぽい服装だ。戦士の類とは思えない。
ああでも、遊牧民とかそういうのなら戦士か狩人にも見えなくもないか。剣なんか片刃の曲刀っぽいし。
なんて俺が観察している間に、男は目の前のゴブリンは全て仕留めたようだ。
「ゲピッ!」
「……ふう」
最後のゴブリンを斬り伏せた男が、大きく息をついて振り返った。
うーむ……その様子だと、やっぱり気付いてなかったか。
「グギャアア!」
「なっ、カールさん!」
囲むゴブリンとは別に、離れた位置で様子を窺っていたゴブリンがいたのだ。
襲撃されていた当の本人達に、それに気付けってのは難しい話だろうけどな。
そんなゴブリンは、仲間をやられた怒りからか、はたまた獲物を逃すまいという意地からか、逃げずに奇襲に出たようだ。
うずくまったままの男に向かって、黄ばんだ牙を剥き出しにして飛びかかろうとしていた。
まあ、そうくる可能性は考慮していたよ。
「ワウ!」
「グゲッ!」
予想はしていたので、合わせるのは簡単だ。
俺は飛び出したゴブリンに向かって、突進をお見舞いしてやった。
本当ならストーンバレットで狙い撃つってのが俺の中の定石なんだけどな。
この旅で会った初めての人間の手前、普通の犬がしないような攻撃はできん。『栄光の手』なんてもってのほかだ。
そんなわけで、俺は体当たりなんて手加減に近い攻撃を選択したのだが。
(……加減を間違えた)
ただの体当たりに本気を出したせいで、ゴブリンはボールのようにバウンドを繰り返して跳んでいった。
恐らく、全身骨折ってところだろう。思い出したくないけど、何かが砕ける音と感触があったからな。
とどのつまり、オーバーキル。ふっ飛ばしたゴブリンが起き上がってくる気配は無し。生命反応も無し。
ついでに確認すると、この辺りからはゴブリンほか攻撃性のある気配は一切無しだ。
俺の一撃をもって、この窮地は脱したということになる。
だからその剣、俺に向けるのはやめてくれないかな。
「こいつは……魔獣なのか?」
いや、犬だろ。どう見ても。