第188話 ドゥマン平原を行く 何でここに?
旅を開始してから、早くも十日。今日も今日とて、俺は東へ向かって歩みを進めていた。
(そぉい!)
「キィッ!」
うむうむ、良い感じ。
今捕まえたのでちょうど百羽。ランドモアを捕まえるのにも随分慣れてきたもんだな。
初めは旅のついでだったランドモアの捕獲も、今となってはついでの枠に収まらない。ぶっちゃけ、旅の目的の一つになっていた。
なにせ、ランドモアの捕獲はスキルの練習にピッタリなのだ。
ダンジョンに送るための『転送』はもとより、そこに至るまでの『次元力操作』の練習にも。
(見た目はアレだけど、やっぱりこの形が扱いやすいな)
十日前は次元力を紐状にしてランドモアを捕らえるところから始めていたが、何度も繰り返す中で自然と形が変わっていた。
今の形は……腕だな。人によっては触手と言うやつもいるかもしれないが、指もあるし物も掴める。どこから見ても腕だ。異論は認めん。
ただ、見た目が悪いのは流石に否めないな。
関節が無いわ、伸縮自在だわ、光ってるわ……。そんな訳分からんのが俺の背中から二本も生えているのだ。スキル使用中の俺は化物に見えるだろう。
それであっても、腕だけに扱いやすさは折り紙付き。人型の腕と遜色なく動かすことができる。
ランドモアの捕獲の場合は、捕捉したら射程内に移動、あとは掴んで『転送』、それだけで終わり。難しく意識する必要すらないのだ。
そして、この腕。手で覆えるサイズなら、ランドモアに限らず他の生物でも『転送』可能だ。
ランドモアの餌になりそうな虫を見つけたら、周りの土や草ごと『転送』。群れでも全然お構いなし。むしろ、団体さん歓迎ってな。
いやぁ、マジで便利だわ。
射程距離が長い分、人型の時よりも楽かもしれん。
ちなみに、この次元力の腕には名前がある。
その名も『栄光の手』、初めてはっきり手の形になった時に思わず付けてしまった。
そう……誠に遺憾ながら付けてしまったのだ。勢い余って『付与』する形で。
その『付与』の効果だろう、今や『栄光の手』は別のスキル扱い。『次元力操作』とは独立したスキルになっていた。
別のスキルになったから、効果が上がったのかというと……別に何も無い。ステータス上でスキルが増えただけ。
無理やり利点を考えるなら、誰かに『付与』できるようになったってところか? そんな時が来るのか分からんがな。
それはさておき、この十日間で変わったものはなにも『栄光の手』だけではない。
その最たるものが『鑑定詐称』、ホムンクルスがヤパンに潜入する際に使用されていたとされるスキルだ。
本当なら、この旅を始めるまでに実装しようとしていた。が、単純に間に合わなかった。
何と言っても、そこに至る手順がまあ、厄介だったからな。
元々持っている『鑑定妨害』を『分解』、再『創造』。その過程で『鑑定』に対するダミー情報をねじ込む。
で、試作できたら、今度は自分で自分を『鑑定』する。それを、成功したと言えるものができるまで何度も何度も繰り返す……。
これだけに費やした時間は一週間。思いのほか、時間が掛かったものだ。
しかし、その甲斐あって今の俺は『鑑定』されても犬。何の変哲もない犬だ。
万が一、テンプルムに『鑑定』持ちがいたとしても、何も恐れるものは無い。犬として振る舞っている限り、正体がバレることは無いだろう。
しかし、『鑑定詐称』ができても終わりじゃない。次は、ホムンクルスを看破する『鑑定』が必要となる。
とはいっても、それには大した手間は掛かっていないけどな。
『鑑定詐称』を自力で使った俺なのだ。その過程でダミー情報を判別する方法も見つけている。
それを俺の『慧眼』にぶち込めば、はいおしまい。
ダミーでも何でも『鑑定』可能な『慧眼』の完成だ。これでもう、人間に扮したホムンクルスを見落とすこともないだろう。
それをもって、この旅の準備が本当に完了した。
あとはテンプルムに辿り着くのみ……なんだけど。
(いかーん、ランドモアを見るとついつい捕獲してしまう)
と、たった今、百一羽めのランドモアを捕獲してしまった。
いい加減、捕獲をやめて進むことに集中せねば、いくら経ってもテンプルムに着かんぞ、これは。
だけどまあ、そんな心配はいらんだろうな。
俺の心を乱すランドモアの気配も随分と減った。
俺が乱獲したからじゃないぞ? 東へ進むにつれて、魔獣の気配そのものが減っているのだ。
(いよいよ、テンプルムに近付いてるってことなのかね……)
実際のところ、魔獣が減るのとテンプルムに関係があるのかどうかは分からない。が、無関係な気もしない。
ともすれば、ここらで今一度、気を引き締め直す方が良いだろう。
(不意に人と出くわす可能性も考慮すれば、移動も歩きだな。目に見えるスキルは使用しない。とにもかくにも察知系スキルに重点を置いて、と)
そう考えた矢先に。
(……ん? 今までとは違う気配がする)
察知の範囲が広がったせいか、変わった気配を感知した。
魔獣とも少し違う。どちらかといえば、コボルトやトードマン寄り。
だけど、もっとこう……淀んだ感じ? あんまり良い印象の無い気配だ。
それが五つ。五匹か。
他に感じる気配は無し。ちょっと近付いてみるか。
そう思い、俺は気配を悟られないように風上からソロリソロリと接近することにした。念のために『消音』を発動させながら。
しかし、どうやらそれは慎重になり過ぎてたのかもしれないな。
近付けばすぐに分かった。この気配、懐かしのあいつらだ。
(やっぱりゴブリンか。久しぶりに見たな)
小柄な体躯、緑の肌に目立つワシ鼻。草の隙間からでも確認できる身体的特徴が、俺の記憶にあるゴブリンのそれと合致している。
さらっと『鑑定』しても、ただのゴブリン。ホブゴブリンでもなければゴブリンメイジでもない、五匹が五匹とも平ゴブリンのようだ。
しかし、何でこんなところにゴブリンが?
何かに追われてるような様子も無ければ、何かを追ってる様子でもない。こんな平原でいきなりゴブリンを発見する意味が分からん。住んでんのか? 平原に。
うーん……考えても分からん。だったら、尾行すれば良いだけのことだ。
幸い、ゴブリンは察知系スキルを持っていない。
やつらの嗅覚が如何ほどか分からんが、風下に位置するように気を付けていれば問題無し。視界に入らなければ、俺に気が付くことはないだろう。
最悪見つかってしまっても、一旦逃げて、また尾行し直せば良いだけだしな。
よし、そんじゃあいっちょ尾行ミッションといきますか。