第187話 ドゥマン平原を行く 新たな試み
ポーラの望みを叶えるために試行錯誤に明け暮れている頃、別の場所でも大きな山場を迎えていた。
「ハイチ、ヨーシ!」
(うむ、ご苦労。作戦開始まで警戒は怠らないように)
「リョーカイ!」
俺は元気良く報告してきたコノアを労うとともに注意を呼び掛ける。
あと少し、あと少しで作戦を開始するのだ。ここで余計なハプニングは避けたいところ。
そんなことを考えていると、コノアが俺を見ていることに気が付いた。
「キンチョー?」
(俺? うーん……してるかな。これから戦いになるんだし)
突発的な戦闘よりも、準備を丹念に進めてきた作戦の方が緊張する。どうやらコノアは、俺からそれを感じ取ったらしい。
「オハナシ、シテ!」
(話? 何の?)
「ナンデモ!」
この状況で? と思ったが、恐らくコノアなりに俺の緊張をほぐそうとしてくれてるのだろう。
作戦の開始時間は夜明け。時間はまだある。
(よし、分かった。じゃあちょっとだけな)
コノアが聞いて楽しいかどうかは分からんが、話すとしようか。
俺が今に至るまで、犬の『化身』で旅してきた一か月の間に起きたことを……。
……
…………
ドゥマン平原北部を旅立ったのは一か月前、カラカルでの会合を終えた次の日のこと。
『並列思考』によって生み出されたもう一人の俺は、かつての姿である犬の『化身』で東へと向かって進んでいた。
目指す地はテンプルム、人間至上主義国家と呼ばれる未知の国。あまりに情報は少なく、どこに存在するのかも定かではない。
分かっていることと言えば、ドゥマン平原を横断するように続く絶壁、レーベンの壁に沿って東に進めば辿り着くかもしれないということだけ。
(まあ、期限があるわけでもない。誰かに頼まれたってもんでもない旅だ。気楽に行こう)
テンプルムを目指しはするが、本当の目的は情報収集。ヘルブストの森から続く、魔窟や人造人間に関わる一連の騒動の手がかりを求めての。
実際のところ、テンプルムにその手がかりがあるのかどうかも分からない。
確信が無い故に一人旅なのだ。『なんとなく怪しい』の旅に、他の誰かを巻き込むわけにはいかんからな。ともあれ。
(せっかくの一人旅なんだ。ただ進むだけってのももったいない。いつもはできないことでもしようかね)
思い起こせば、今までの旅は誰かと一緒の場合が多かった。
記憶にある一人旅は……リンクスへの旅路だな。日中はバルバトスの背に乗ってたけど、夜間は俺一人。あれぐらいだ。
で、あの時はというと、急いでたのもあってスキルで移動手段を見繕ったんだったな。
じゃあ、まずはそれで行くか。
今の俺の状態は犬の『化身』、移動は四本の足で歩くのみ。この平原では草が邪魔で進み辛い。
何か良い移動手段があれば、それを採用するのが得策だ。
上手く行けば、スキルの新しい運用方法も見つかるかもしれないしな。
さてそうなると、先にやるべきことは周囲の確認だ。脅威になるような魔獣はいないと思うが、一応安全のために……っと。
うん、『気配察知』で魔獣の気配は感じている。魔獣とはいっても小動物程度の大きさのもの。それだけだ。
他にこれといって気配らしい気配も感じられないし、これなら遠慮はいらんだろ。
(最初はやっぱり、ホバリングから……って、ありゃ?)
何だこりゃ、バランスが取りにくい。
人型の時みたいに、足の裏から空気を『噴射』するのは簡単なのに、そこからバランスを保って前進するのがどうも難しいな。
犬の関節だと、細かい調整がし難いのかね?
改善策もすぐに思い浮かびはしたが……却下だな。
四本の足でホバリング、尻から空気を『噴射』して前進。絵面がどう見ても屁で飛んでるようにしか見えん。
(妥協案としてはこんなもんか)
色々考えては見たものの、別にホバーに拘る必要もない。
犬らしく飛び跳ねるタイミングに合わせて『噴射』すれば、大きな跳躍みたいででいい感じ。
ついでに犬の『化身』での緊急回避の練習なんかもしてみたり。
(よしよし、興が乗ってきたぞ。この調子で移動以外のスキルの運用も試していくとしましょうか)
移動手段を確立した後は、前進しながら別のスキルを試行錯誤。
ぴょんぴょん跳ねながらだが、思考の方には影響無し。
何といっても、俺の思考は『並列思考』。完全なマルチタスク状態なのだ。
犬の体は必要最小限、移動するための意識を残して前に進む。
例えるなら、めちゃくちゃぼーっとしてる感じ。誰もいない道を、ただひたすら歩いているのに似ている。
もちろん、異常があれば分かるように察知系スキルは全開のままで。
んで、頭の中は核の中に似た状態だ。意識をちょっとだけ外に向けた状態を維持したまま、スキルの構築に勤しんでいた。
「クィ!?」
(すまんね。ちょっと付き合ってもらうよ)
驚きのあまり硬直しているのはランドモア。森にはいない、平原だけに見られる丸っこい鳥型の魔獣だ。
その見た目はキーウィに似通っており、体の構造も空を飛ぶようにはできていない。
そんなランドモアだ。見つけるのも容易く、捕捉するのも容易いもの。思考が纏まったタイミングで近くにいたランドモアに、実験の成果を試すことにした。
「クィィ! クィィ!」
うむ、めっちゃ暴れてる。けど、抜け出せずに藻掻くばかり。今のランドモアは、光に包まれて身動きできない状態だ。
今行っているのは、『次元力操作』で物理的に捕らえることができるかどうか。紐状にした次元力の光を対象に絡め、身動きを封じる実験なのだ。
(実験は成功。強度に関しては、ランドモアじゃ分からんな。もっとパワーのある魔獣じゃないと。それは別の機会に試せば良いとして、次は……)
「クィア!」
(たびたび、すまん)
今度は紐状の光に粘着性を持たせた。
『吸着』の応用、光の先端部分にだけスキルの効果が発動するように。
これも成功。実験のため、絡めていた光をあえて解いてみたが、先端はしっかりくっついたまま。紐で繋がれたかのような状態になったランドモアが、俺から逃げようと足掻いている。
(ほうほう、伸縮性は俺のイメージ次第ってとこか。問題はどこまで伸びるかだけど……それも良いや、また今度。で次、これが最後)
「クィッ!?」
締め括りは『次元力操作』の一つの集大成……かな?
名付けるなら『転送』。レギオンからアトリアさん母娘を救出した次元力の大技だ。
あの時は咄嗟も咄嗟だったもので、ロジックがちゃんと組み上がってない状態だったからな。
予想外の負荷のおかげで二週間も眠りにつくことになってしまったが、今回は違う。前回のデータを元にして仕上げた完成版なのだ。
(おっし、上手くいった! 過負荷も……無し。完璧だ!)
次元力の光に包まれたランドモアは、きれいさっぱり俺の視界から消え失せた。
消滅ではなく『転送』。ダンジョン側の視界には、目の前にいたランドモアがちゃんといる。
『転送』した対象が何かに変異してるということもなく、『転送』前と同じ状態でだ。
(やっぱり、座標を固定すれば負荷は少ないみたいだな。『化身』側は難しいとしても、ダンジョン側だけ確定させておくだけで全然違う)
『転送』は次元力同士を交換する。ダンジョンに満ちる次元力の一部と、別の場所の次元力とを。
その次元力を座標としてそっくりそのまま入れ替えるだけなのだが、あやふやな座標だと無駄な負荷が掛かるらしい。
前回がまさにそう。無理やりの『転送』だったので、座標は確定しきれていなかった。
結果、俺は昏睡することになっていしまったのだが……まあ、そのおかげでデータは揃ったとも言えるのだ。
今はこうやって、問題無く『転送』できるまでにこぎ着けたので良しとしよう。
さて、俺に問題なかったのは良いとして、考えるべきは『転送』したランドモアだ。
ダンジョンに送ったまでは良いものの、後のことは考えてなかったな。
ちなみに、ランドモアを『転送』した先は、俺がノアと戦った部屋。
ノアとの戦闘で見る影もないほど荒れてしまったが、もったいないので元に戻していた。今では以前と同じく、平原によく似た部屋になっている。
そんな部屋だからかな? 『転送』したランドモアも、初めこそパニックになっていたが、すぐに落ち着きを取り戻していた。
今では食べられるものでも探しているのか、部屋の中をトコトコと徘徊している。
(んー……餌でも撒いてみるか?)
卵を生んだりするかもしれないし……考えたら、卵料理の類って全然食べてなかったな。
よし、決めた! 平原のランドモアを捕まえて養殖してみよう! 『転送』の練習にも、ちょうど良いし。
うーむ、この旅……思ってたよりも忙しいものになるかもしれない。本来の目的とは違う意味で。