第186話 理想郷の始まり
今回は長めです。
「こんなもんでどうッスか?」
「おお、良いぞ! イメージにピッタリ!」
流石はビーク、ダンジョンの番人といったところだ。
俺はビークの手腕を前にして、満足に頷いている。その手腕が何かと言うと――
「マスター様? これは一体……」
おっとっと、アトリアさんが現れた。
まだ早朝なんだけど、騒がしくして起こしてしまったかな? とにもかくにも、まずは。
「おはようございます、アトリアさん」
と、挨拶してはみたのだが……どうやら、俺の挨拶はアトリアさんに届いていないかもしれない。
アトリアさんは俺の方じゃなく、正面を向いたまま。周囲の様子に目を奪われていた。
まあ、分からんでもないけどな。
ここはアトリアさんの屋敷があったダンジョンの一室。しかし、昨日とはその様相が大きく変わっている。というか変えた。今しがた。
俺はビークを叩き起こした後、説明しながらこの部屋に向かい、到着したそばからビークに作業させたのだ。『生成』で、この部屋を『理想郷』に仕立て上げるように。
俺がビークを褒めていたのは、まさにこのこと。目の前で施された『生成』の手腕に感心していたのである。
「おっ、アトリアさん。おはようッス!」
「ビーク様、おはようございます。これはビーク様が?」
うん、ビークには普通に挨拶するのね。別に気にしてないけど。
「話はマスターから聞いたッス。ポーラちゃんの期待に添えられてるか分からないッスけど。これが自分とマスターが思い浮かべた理想郷ってやつッスよ」
「理想郷……」
元はポーラから聞いたイメージだけど。
その光景はというと、最初に目に入るのは花。色とりどりの花が咲き誇る、無尽に広がる花畑だ。
花の種類は、派手さよりも見て心が奪われる花。可憐な花ってとこかな? 多分に俺の好みが反映されてたりするけど。
「グラーティア、サナティオ、アモル……ヘルブストの森に咲く花々ですか」
「アトリアさんも知ってましたか。ちょうどメージにピッタリだったもんで、その三種をメインに植えてます。他には平原で見かけた花を少々……ってとこですかね」
自然環境に適してるかどうかと言われれば、正直分からん。が、俺のダンジョンだからな。
環境に合ってなくて枯れた植物なんてみたことないし、どっちかっていうと外で生えてる草花より元気なぐらいだ。ここに生えてる花も、別に水やりなんかしなくても枯れることはないだろう。
「それよりも、目玉は空ッスよ。空」
「空……ですか」
俺の話を遮ってまで、ビークは空のことを自慢したいらしい。
この部屋の天井部には空が見える。雲ひとつ無い、澄み切った空というやつが。
当たり前だが、天井を撤去したから見えるというわけじゃない。天井分に空の景色が映るようにしただけなのだ。
「以前、似たようなことしたッスからね」
「ノアの部屋だったっけ? あれは夜空だったけど」
あれには驚いたな。
部屋に入るとそこには夜空が広がっている。ダンジョン内部なのに。
聞けば支援者監修でビークが手掛けたとのことだが、その時の経験が生きたようで何よりだ。
「しかも、今回は改良型。時間によって朝昼夜を反映するッスよ。なんなら天候も再現できるッスけど、雨振られても困るッスからね。そっちは要望あればッスね」
「えっ? そんなことできんの?」
「『えっ?』じゃないッスよ、自分のことなのに。要はイメージっすよ、イメージ。『生成』の時にイメージすれば良い感じになるッス」
いや、そんなこと言われても知らんっての。
確かに、ちょいと薄暗いとは思ったんだよ。今の空の色。それがまさか、今の時間帯に合わせた空模様だとは思わなかった。
だから、ビークは空のことが誇らしげだったんだな。うーむ……納得。
「あの……ビーク様。空のことは分かりましたが、この部屋にあったはずの壁はどうされたのですか?」
「ん? 壁ッスか」
壁か。アトリアさんは消えた壁に疑問を感じてるようだ。
消えたって言っても、あるにはある。ただ、無いように見えるだけで。
種明かしをすると、壁も天井と同じ方法。壁の部分に花畑を映しているだけ。どこまでも花畑が続いているように見せているだけなのだ。
なので、壁があるだろう部分に手を当てると、ちゃんと触れることができる。触り心地としては強化ガラスみたいな感じかな?
とはいえ、この加工をするにあたって部屋自体を拡張しているので、その壁に到達するまでかなりの距離がある。
部屋の一辺が1kmぐらいあるし、まあ普通に生活するだけなら壁のあるところまで行く必要は無いだろう。
「……はぁ」
「小難しいことは気にしなくて大丈夫。ただ広い部屋になっただけッス」
「屋敷の周囲は森の景観を残してるので、花畑はおまけと思ってもらえれば良いかな……と」
なんて言いながら、今回の改造で部屋の大部分を占めるのが花畑。屋敷のあった森の区画なんて、何分の一かってぐらいの比率になってるけどな。
さて……そうこうしているうちに屋敷の方から近付く気配がある。お姫様のお出ましだ。
「おはよう、ポーラ」
寝起きですぐに出てきたのだろう、ポーラは眠たげな目を擦りながらこっちに向かって歩いてきた。
「おはよ……う?」
ふっふっふ、ポーラも目の前の光景が目に入ったようだな。そして、あまりの変化に驚きが隠せない様子。返してくれた挨拶がぎこちないことが何よりの証拠だ。
「理想郷……!」
なんと、開口一番で欲しい言葉が!
ポーラにとって、目の前の光景が理想郷に見えるなら目論見は成功だ。
だけど、あえて聞く。
「どうだ? ポーラの思う理想郷に近いかな?」
「すごい。わたしの思ってたよりも、ずっと」
「おお、ビーク聞いたか?」
「聞いたッス。これは朝一番から頑張った甲斐があったってもんスよ。まあ、ポーラちゃんの望みなら、いくらでも頑張れるッスけどね」
「ありがとう、ビーク」
……俺は? いや、良いんだけどさ。
なにせ、俺にはコレがある。コレこそが本命、俺からポーラに渡せる最大のプレゼントだ。
コレを受け取れば、ポーラの「ありがとう」を頂戴するのは間違いない。
「ポーラ、手を出して」
「手? ……はい」
ポーラは俺の言葉に従い、両の掌を上に向けて伸ばしてくれた。
その手にかぶせるように、俺は手を重ねながら――
「『創造』な、あげられるならあげたいところだけど、やっぱり適正が無いみたいだ」
「そう」
「だから、代わりにこれを。ポーラの望みを叶えるために『創造』した別のものを」
――『付与』する。
「えっ?」
「おっと、そのまま。すぐ終わるから」
ポーラは俺の手から溢れた光に驚いたようだ。でも、問題無い。
この光はアピールみたいなもの。『付与』自体はすでに終わっている。
「……昨日はできないって言ってたのに」
「ああ、昨日はごめんな。あの時は確かにできなかったんだ」
ポーラが怪訝な顔をするのも分かる。
昨日の俺は、『付与』は『創造』したものしか施せない……って言い切ったからな。
しかし、それも昨日までの話。この一晩で状況は変えた。『付与』を『創造』し直して、邪魔くさい弊害なんぞ取っ払ったのだ。
今の『付与』なら、そこらに落ちてる石にだってスキルを『付与』することだってできるだろう。……そんな無駄なことはしないけど。
そんなことより、ポーラへの『付与』。完了したなら次は。
「それじゃあ、見本を見せようか」
「見本?」
「スキルの。聞くよりも見た方が分かりやすいからな」
そう言って、ポーラの掌から手を離した俺は、右手をすくうような形に構えた。
あとは簡単、イメージするのみ!
「わあ……!」
「きれいだろ?」
構えた俺の右手から飛び立つ一匹の蝶。ヒラヒラと舞いながら、ポーラの周りを飛んでいる。
もちろん、この蝶はただの蝶ではない。
っていうか、蝶ですらない。蝶の形をした光だ。青白い光が、蝶の形となって現れたのだ。
「ポーラが昨日言ってたからな。ダンジョンの外の魂を救いたいって」
苦しみ嘆き、浮かばれることのない魂。そんな魂と、ポーラはヘルブストの森で出会った。
その時、ポーラは救いたい一心で声を掛けたそうなのだが……呻く魂にポーラの声は届かず、その場をただひたすら漂い続けるばかりだったという。
「声は届かない。でも、どうにか救ってあげたい。理想郷じゃなくても、ここに連れてくることができれば……」
「その連れてくる方法のために、ポーラは『創造』は欲しかったんだよな」
具体的な方法は見つからずとも、その手がかりを求めて。
しかし、もう大丈夫だ。
方法は俺の方で考えた。ポーラの声が届かなくても、ダンジョンに連れてくる方法を。
「それが、この蝶ッスか。なるほど、確かに蝶って魂を運んだりするイメージがあるッス」
「そうなの?」
「多分、俺とビークにしか伝わらんだろうな」
魂みたいな存在が移動するなら蝶の姿。漫画やゲームの影響で定着した、俺のイメージだ。
他に思いつくものもなかったし、何より俺がイメージしやすいなら良いだろってことで蝶にした。
「一応説明するとだな。この鱗粉みたいな小さな光があるだろ? この光が魂を誘う役割があって、羽の部分が魂を収納する器になってる」
「この蝶も、魂?」
「おお、正解。蝶がっていうか、蝶を動かしてるのは魂だ。この蝶も知り合いに頼んで乗り移ってもらってる」
「魂の知り合い? そんなのいるんスか? マスターに」
いるんだな、これが。
いやはや、縁というのは奇妙なもので、今回も助けてもらった。『不屈』さんに。
今、蝶に乗り移って飛び回っているだけじゃない。蝶を生み出す段階から、協力してもらっている。
『不屈』さんの協力あってこそ『創造』できた代物なのだ。
「マスター、ちょっと聞きたいんスけど」
「ん?」
「『創造』って情報が無いと、できないとか聞いた気がするッス。こんな光の蝶みたいなの、あったんスか?」
ビークの言うように、『創造』というのは、俺が所有する情報を基にしたものしか作ることはできないスキルだ。
じゃあ、目の前の蝶の情報はあるのか? って聞かれたら無い。見たことも聞いたこともない。
だがしかし、俺の『創造』も先日までの無茶のおかげで成長している。
何といっても、前々からスキルを作り直すなんて芸当もやってるからな。
今や、俺の『創造』は情報を組み合わせることで全く別のスキルも作ることができる、ユニークスキルに成長した。
この蝶も『化身』と『次元力操作』をベースにした、全く新しいスキル。名付けるなら……『魂の器』? 我ながらネーミングセンスが残念だが、取りあえずそれでいく。
「まあ、細かいことは気にすんな」
「そうッスね。できるからできる、そんなもんで十分スね」
さて、ビークの次はポーラが何か聞きたげだ。
何か気になることがあるのかな?
「見てもよく分からない」
あー……スキルの発動のさせ方か。
どんなものかは見て分かっただろうし、コツぽいものと言えば。
「蝶が飛び立つイメージすれば良いんだ。あとはスキルが答えてくれる」
「イメージ……」
そう言うと、ポーラは両手を前に出した。
掌は俺がやったようにすくう形。あとはポーラのイメージ次第なのだが……!?
「おおお!?」
「こりゃ凄いッスね。ポーラちゃん、上手ッス」
上手とかそういうものじゃないだろ。
ポーラの掌から飛び立つ蝶は、一匹や二匹なんてものじゃない。次から次へと飛び立つせいで、数なんてもう分からん。
俺が驚いてる間に、周囲には無数の蝶が舞い踊るという異様な状況になってしまった。
「マスターの話なら、この蝶は誰かの魂が乗り移ってるってことッスけど」
「みんな、手伝ってくれるって言ってる」
「マジか。いや、まあ確かにそれっぽい。ポーラの言葉に反応してるし」
蝶はポーラの周りを整然と飛んでいる。まるで、ポーラを主と認めたかのように。
「それじゃあ……お願い。浮かばれない魂に救済を、理想郷へと導いてあげて」
その言葉に応じ、蝶は群れをなして外に向かって飛んでいく。
光る鱗粉の描く軌跡が、その光景をより一層、幻想的に仕立て上げている。
「これは狙い過ぎッスよ」
「いやいや、流石に予想外だ」
鱗粉が、こうも心憎い演出になるなんて思ってない。
俺にそんなセンス無いっての。
ともあれ、これで俺の仕事は終わったかな?
『魂の器』が思うような働きを見せてくれるかどうかはまだ分からないけど、きっと上手くいくだろう。
そんな、ひと仕事終えた充足感に浸っていると、ポーラが俺を見ていることに気が付いた。
「どうした?」
「……ありがとう」
その一言を言った直後にポーラは背を向けてしまったが、俺はしかと見た。
蝶の残した光の中で、ポーラが初めて笑顔を見せてくれたのを。