第185話 浮かばれぬ魂のために
またも短くなってしまいました。
「へぇ、そんなことがあったんスか」
俺の話を聞いたビークが、眠たげな目を擦りながら口を開いた。
この野郎……よくもぬけぬけと言ったな。
「他人事じゃないんだぞ。元はといえば、お前が原因なんだからな」
と、俺が言ったところでビークは物怖じなどしない。今も呑気にアクビをしてやがる。
そんなビークのバカは置いといて、昨日のことを思い返そう。
そう、昨日のことなのだ。ポーラの望みを聞いたのは。ポーラが俺のダンジョンを改造しようとしていた理由を聞いてから、すでに一晩が経っていた。
その理由というのが、今言ったばかりのようにビークにある。といっても、直接じゃなく間接的に。
発端は、ビークがポーラを連れてダンジョンの外を出歩いた時のこと。
「言われてみればポーラちゃん、初めて森を散歩した時浮かない顔してたッス。自分はてっきり、見慣れない風景に驚いたもんだと思ってたんスけど」
ビークが言うポーラの浮かない顔は、見慣れない場所に困惑したからではない。
ポーラには見えていたのだ。ヘルブストの森を彷徨う無数の魂が。
「なんでも俺のダンジョンこと、『魂の牢獄』にいる魂は穏やかなものらしい。けど、森のはそうじゃないんだって。悲しいような苦しいような……呻き声を上げながら宙を漂ってるって話だ」
「マジッスか。自分の知らないとこでポーラちゃん、そんなもん目にしてたんスね。そりゃあ、二回目の外出は嫌がるわけッスわ……」
そして、その魂の存在こそポーラがダンジョンを改造しようとした理由。ポーラは、いまだ浮かばれず彷徨う魂を救うために、『魂の牢獄』を『理想郷』に変えようとしていたというのだ。
「理想郷……大きく出たッスね」
「お前は聞いてないか? それっぽいこと」
「聞いたっていうか……逆にやたらと聞かれたッス。死んだ人はどこへ行くとか、どうあるのが普通なのかとか。よく分からんので、自分は『天国に行くのが普通』って答えたッスけど」
「なるほど。っていうことは多分、アレだ。ポーラは天国を再現しようとしてるっぽい。お前の聞いた話を元にしてな」
この世界の死生観は、地球のものとはちょっと違う。
獣人は主に食物連鎖に似た考え、死ねば土に還って別の生物の糧になるといったものだ。
ヤパンはヤパンでそれとは違う。埋葬はするけど、魂は巡り巡ってまた蘇る……感じかな。
正直、俺も詳しくはない。世間話の流れで耳にした程度。だけど、地球で言う天国や地獄のようなものは出てこなかった。
ビークがポーラにした話の反応からも、やはりそういった概念は存在していないらしい。
「あー、それでッスか。天国の話は特に聞かれたッス。そうなると、ポーラちゃんの望むダンジョンの形って……」
「天国だろうな。俺に話してくれた時は理想郷って言い方してたけど」
言い方はどうあれ、ポーラはとんでもないことを思い付くものだ。
俺のダンジョンが理想郷。それも、生きている者にとっての理想郷じゃなく、魂にとっての。
「俺じゃあ思い付かないな」
「ポーラちゃんだけッスよ、そんな発想。で、結局どうするんスか? まあ、マスターのことなんで察しは付くッスけど」
うん、察しが早くて何よりだ。
ビークのどう、というのはポーラの望みを俺が叶えてあげるかどうかのこと。
答えはもちろんイエス。それしかない。
もしもポーラの望みというのが自分のためだけだった、というのなら拒否するのもやむなしだったけどな。
でも、そうじゃなかった。ポーラの望みが他者のためにというのが分かった今、俺はそれを応援したい。
そこに生者か死者かの区別はどうでも良い。ただ、誰かのために力を奮おうとする姿勢に心が動かされたのだ。
「なんか、クサイこと考えてそうな顔ッスね」
「うるせー」
図星だよ。
ちなみに、昨日のポーラの話を聞いた時の俺は「前向きに検討する」と言って、その場はお開きにしてもらった。その時点では、望みを叶えてやれる確証がなかったからな。
しかし、そこからの俺はもう必死。ポーラの望みを叶えるために、さっきまで籠もって準備していた。俺の核の世界にな。
その甲斐あって、ポーラの望みはどうにか叶えてやれる目処が付いた。
準備が整ったところで、時刻は夜が明けた頃。これはちょうど良いとばかりにビークを叩き起こして今に至るというわけだ。
「具体的にどんなことをするつもりなんスか? ポーラちゃんの描く理想郷像ってのが、自分にはさっぱりッス」
「フッフッフ、そこんとこ抜かりはないよ」
ポーラの描く理想郷像については、昨日の説明の段階で詳しく聞いている。
理想郷なんて大層な名前だけど、実際はそこまで壮大なものではないようだ。
なんといっても、俺に内緒で改造しようとしていたぐらいだしな。
言ってしまえば秘密基地ぐらいの規模。アトリアさんの屋敷がある部屋を、魂が穏やかにすごせるように環境を整えるぐらいのものらしい。
「……なるほど、分かったッス」
「取りあえずは今言った感じで頼む。細かいとこは適宜、ポーラに聞いてくれ。俺よりもビークの方がポーラも言いやすいだろ」
『生成』を使うのはビークに一任することにした。
ダンジョンの番人ってこともあるけど、それ以上にポーラが俺よりビークの方に懐いているのを加味してな。
んで、俺が本腰を入れるのは『創造』の方。
「そっちは教えてくれないんスか?」
「教えない。お前にも内緒だ」
「なんスか。ケチッスね」
なんとでも言うが良い。俺はコレのために、一晩掛けたんだからな。
その甲斐あって確信している。コレならポーラの望みに叶えてあげられると。
「まあ、すぐに分かるよ。それまで楽しみにしておいてくれ」