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幕間 ―ココ編 新たな土地へ―

 

 集落を放棄してから既に一週間、当てのない旅が続いた。


 満足な休息を取ることもできず、皆衰弱している。

 特に、子供達の衰弱が酷い。


 食事どころか水分も十分に摂れていないのだ。

 体力の無い者から力尽きていくのは、誰の目からも明らかだった。

 日に日にマックスさんの表情が険しくなる。


 マックスさんの娘のナナちゃんも衰弱している。

 普段は活発なナナちゃんも、今では一言も発していない。

 ナナちゃんは私が抱いているのだが、体から力が抜けていっているのが分かる。

 目も虚ろになっていて、呼吸も浅い気がする。


 私には専門的な知識なんて無いけど、この状態は良くないだろう。

 何か食べられる物を見つけないと……。


 この辺りの森に出る魔獣は虫ばかり。

 もしかしたら食べられるのかもしれないが、中には毒を持つ生物もいる。

 迂闊なことをすれば、反って衰弱しまうかもしれない。

 それよりも、確実に食べられる物を見つけたい。


 コボルトの中には『植物学』や『菌類学』を持つ者がいる。

 森に自生する草や茸の中には、勿論、食べられる物がある。

 移動を続けながら、そういった物を探しているのだけど……。


「駄目だ、この辺りの茸は魔獣に食い散らされている……」

「そっちもか、食べられる草が少しあったけど、こんな量じゃ気休めにもならないな……」


 食べ物を探して先行する人達は嘆息を漏らしている。

 その表情から、成果は期待できそうもなかった。


 だけど、私は周りの木を見て気が付いた。

 もしかしたら……。


「ペス、ナナちゃんをお願い」


 私は隣にいた友人のペスにナナちゃんを任せることにした。


「えっ? ……分かったけど、ココは何をする気だ?」

「ちよっと木に登ってみる」


 私はすぐ側にある太い幹の木に手を掛ける。

 ゴツゴツした表面のおかげで何とか登れそう。これなら……。


 私は枝に手が届くところまで登ると、枝の先に付いている木の実を見つけた。

 よし! やっぱり、この木はグリの木だ。


 グリの木は、グリの実と呼ばれる木の実を付ける。

 グリの実は食べられる木の実なのだ。

 表面が固い殻で覆われているけど、割ってしまえば問題ない。

 一つ一つが拳ぐらいの大きさ程あるので、食べごたえは十分ある。

 ただ、あまり美味しくはない。


 だけど、今はそんなことは言っていられない。


「皆、木の実を見つけた! 今から落とすから!」


 私は次々とグリの実を落としていった。

 幸いなことに、この木にはグリの実が大量に成っていた。

 それも、青くなく茶色の殻に包まれている。完熟している証だ。

 木の上から周りを見ると他にもグリの木が生えていることが分かった。


 グリの木は一見すると、他の木に紛れて違いが分からない。

 違いはグリの実が成っているかどうかぐらいしか無いのだ。

 しかも、グリの実は高い枝にしか成らず、地上から見つけるのは難しい。


 私がグリの木を見つけられたのは偶然だった。

 見上げた時にちょうど風が吹いて、揺れる枝に茶色い陰が見えたのだ。

 グリの木自体、多く生えているわけではない。

 ここは森では珍しく、グリの木の群生地だったようだ。


 私は目ぼしい木の実を落とした後、地面に降りた。


「ココ、お手柄だ! まさか、グリの木とはな」

(おさ)、ここはグリの木の群生地みたいです」

「なんと! ……そうか。では、この辺りで野営する。動ける者はグリの実を採集するぞ」


 マックスさんの声で皆一斉に動き出した。

 食糧を見つけたことで、表情に明るみが出ている。

 さっきまでの重い空気が一変して、活気が出始めた。


 さっき落としたグリの実は、子供達が必死に齧っている。

 子供達の中にナナちゃんの姿もある。


 良かった……。食べる元気はあったみたい。


 安心した私は、次に登る木を探していると――


「! これは!」


 思わず声が出ていた。


「ココ、どうしたのだ?」


 私の声に気付いたマックスさんが側に来た。

 マックスさんに今見つけた物を見せる。


「これは……?」


 一見すると、ただの木だ。

 この木には秘密がある。


(おさ)、この枝を切ってもらえますか?」

「む? 分かった」


 マックスさんは、腰のショートソードで私の指差す枝を切り落としてくれた。

 枝の切り口からは水が滴り落ちている。


 この木は水が出る木なのだ。

 幼い頃に父さんから教えてもらった木。私はよく、森の探索の最中にこの木で水分補給していた。

 この木も知らない人から見れば、ただの木と見分けがつかない。


「これは……他にもあるのか?」

「あります、多くはなさそうですけど……」


 私はグリの実の採集は他の人に任せて、水の出る木を探すことにした。

 グリの木が生えていることを知っていれば、他の人でも見つけられるだろう。

 だけど、水の出る木を知っているのは私ぐらいなので、私が見つけないといけない。

 皆のためにできることがあるなら、まだまだ頑張れる。……行こう!


 ……


 探索を終える頃には日が傾いていた。

 皆で頑張ったおかげで、かなりの食糧と水が手に入った。

 食事が取れたことで皆に元気が戻ってきたみたいだ。

 子供達にも笑顔が戻っている。


 だけど、まだ安心できない。


 今日集めた食糧だけでは何日も保たない。

 特に水が足りない。

 水の出る木は、この辺りにはあまり生えていなかった。

 なんとか皆が水分補給できる分はあったものの、明日の分は既に無い。

 違う場所も探さないと……。


「ココ、焦るな。お前だけが無理する必要は無いのだ」

(おさ)……」

「どちらにせよ、今日はもう遅い。明日、また移動しながら探す他無いのだ」


 そう、私達にはまだ安住の地が無い。

 この旅が続く限り、安心できることは無い。

 明日も頑張らないと。


 マックスさんの厚意で今日の見張りは免除された。

 本当は見張りに就こうとしたけど、皆に止められた。

 今日の頑張りで、皆に反って心配をかけたらしい。皆から見ると私はかなり無理をしているように見えるみたいだ。

 そんなつもりは無いのだけれど、これ以上心配をかけたくないし、今日は甘えることにした。


 近くの木の根元に腰を下ろすと、自分が思っていたよりも疲れていたみたいだ。すぐに意識が遠のいていった。


 ……


「ココおねえちゃん、おきて」


 ……ん、ナナちゃんの声だ。


 私はナナちゃんの声と、小さな手に揺すられて意識が戻った。


 太陽は既に顔を覗かせていた。

 どうやら、私は余程疲れていたのか、一度も起きること無く深い眠りについていたようだ。

 起き上がると、皆が心配そうに私を見ていた。


「大丈夫か? あんまり起きないから不安になってきたよ」


 ペスだ。ナナちゃんの後ろで屈んで私を見ている。


「おねえちゃん……」

「ごめんね、私は大丈夫」


 ナナちゃんは心配そうに抱きついている。

 私はナナちゃんの頭を撫でながら答えた。


「ココ、起きてすぐだが移動する。良い場所が見つかったのだ」


 良い場所?

 私が眠っている間に見つけたのだろうか……?


 皆は既に移動の準備を始めている。

 私も立ち上がり、ナナちゃんの手を取り歩き出した。


 ……


 マックスさん達、戦士に先導されて着いた場所は開けた場所だった。

 開けた場所には巨大な岩が鎮座している。

 その岩は年月を感じさせる苔に覆われているけど、それが反って神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 気のせいか、辺りには不思議な力のようなものを感じる。


「皆、聞いてくれ。我々はここを当面の拠点とする。この岩から霊素が出ているようなのだ。ここにいれば、魔獣の脅威から逃れられるかもしれん」


 霊素? 霊素って言うと、魔に対極する力。そんな力がこの岩から……?


 周りにいる人達も私と同じことを思っているらしい、訝しげに岩を見つめている。

 だけど、誰もがこの岩から不思議な力を感じているらしく、疑問を口にする人はいなかった。

 それよりも、ここなら魔獣に怯えなくても済むかもしれない。

 小さな希望だけど、今の私達にはこれに縋るしかない。

 そういった思いが私達を動かした。


「それでは早速だが、この場所を中心に行動を開始する」


 マックスさんは手早く指示を与えていく。

 皆も早く行動したいようだ。指示を求めて、マックスさんの周囲に人が集まっている。

 (おさ)であるマックスさんの指示に従うことが、自分達にとって一番良い結果をもたらすことを確信しているのだ。

 私もすぐ側で指示を待っている。


「ココ、ペス、クゥの三人はここから東を探索してくれ。東に進めばドゥマン平原に出る。強い魔獣が出ることも無いだろう」

「はい! 分かりました!」


 指示を受けたことで気合が入る。

 私は自然と、拳を固く握っていた。


「ココ、よろしく頼むな!」


 ペスも気合が十分のようだ。普段は眠そうな顔がいつもよりも目に力が入っている。

 その隣にはクゥもいる。クゥも私の友人で、しっかりものの女の子だ。


「ペスじゃ頼りないけど、ココがいるから大丈夫ね!」

「ひどいなぁ、俺だってやる時はやるんだぞ?」

「ふふふ……。それじゃあ、二人共よろしくね」


 私は『植物学』、ペスは『薬学』、クゥは『菌類学』を持っている。

 この三人なら、探索する中で役に立つ植物を採集することができる。

 それに、私達に割り当てられた場所は東、比較的安全な場所だ。

 マックスさんの配慮が感じられる。これは頑張らないと。


 私達はお互いにやるべきことを確認した後、早速森の探索に向かうことにした。



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