第183話 混ざりもののアマルガム
「おっと、そういえば」
俺はポーラに会えたら、二人に聞いてみたいことがあったのを思い出した。
正確に言うなら、ポーラの種族が分かったら、だな。
「アトリアさんとポーラ、二人は種族は不明のままだけど……何か希望とかあったりします?」
「希望?」
俺の問いに、アトリアさんとポーラは二人して首を傾げている。
これは明らかに俺が悪いな。いきなり希望とか言われても訳が分からんだろう。
「すみません、説明不足でした。何の話かというと、二人の種族のことです。種族が不明のままっていうのは、この世界に存在しない種族になったのが原因らしくて」
「それならビーク様から話は窺っております。ビーク様も進化された際は種族が不明であったのだとか」
「なるほど、ビークからですか」
それなら話は早いかも……と思ったが、あいつのことだ。詳しく説明してないかもしれん。
そもそも、説明していたらいまだに不明のままってのがおかしいのだ。今までのパターンで行くと、しれっと変化が起きていてしかるべきなぐらいだ。
これは詳しく説明してないと判断した方が良いな。
「ええっとですね。急に変なことを言うようですけど、その種族名を決定する権利を持つのは当人ということで、今回はアトリアさんとポーラに決定権があるみたいなんです」
「種族名を決定する権利? 私達に、ですか?」
うん、アトリアさんがこれでもかというほど怪訝な顔をするのはよく分かる。
俺だって意味が分からん。種族名を決定する権利って……いきなり何言ってんの? ってなるわ。
だけど、紛うことなき事実なんだよな……。
それで前回、っていうか唯一の事例であるビークは、『ヴェズルフェルニル』という全く新しい種族になることを自分で決めた。
直後、『鑑定』に反映されていることを俺の目で確認したのだ。仕組みはどうあれ、自分で決定できるという事実は間違い無いだろう。
取りあえず、改めてビークの時の状況を説明して、そこからアトリアさんの意見を聞いてみるとしようか。
「なるほど、そのようなことが。なかなか興味深い話ではありますが……当事者になりますと興味深いだけでは済まされないのですね」
「やっぱり珍しい事例ですか。新しい種族の発生とか、自然現象ではそうそう無いでしょうし」
「ええ、このような事例はヤパンにも記録は存在しないと思われます。次回の報告書に記載するべきか迷いますね」
アトリアさん、冗談めかして言っているけどそれは遠慮願いたい。
ただでさえややこしい事情を抱える俺の身辺事情が、ますます訳分からん認識を持たれかねんからな。
「失礼しました、話を戻しましょう。しかし、私達に希望と聞かれましても――」
「アマルガム」
「ポーラ?」
アトリアさんの言葉を遮って、ポーラが口を開いた。
「ポーラには何か希望があるの?」
「わたし達はアマルガム。混ざりものの、アマルガム」
アトリアさんが尋ねると、ポーラは迷うことなく答えを口にする。俺がこの話題を振るよりも前に、ポーラの中で答えが決まっていたと言わんばかりに。
しかし、アマルガムって何だろね? 混ざりもの、ってのも気になるし。ポーラには意味が分かってるのだろうか?
「ビークに聞いた。アマルガムは混ざりあって融合したもの」
やはりというかなんと言うか、ビークの受け売りか。
それはまあ良いとして、アマルガムは混ざりあって融合したもの、ね。
レギオンの時のことを考えれば、言い得て妙ではある。
数多の死体を材料にして生み出されたレギオンは、骨肉を無造作に混ぜ合わせた肉塊の様相だった。
どちらかといえば、今のアトリアさんとポーラよりも、レギオンの方がアマルガムと呼ぶに相応しいほどに。
だけど、要点はそこではないのかもしれない。
「それはもしかして……次元力も混ざってるから?」
アトリアさんとポーラの体は、確かに元となったのはレギオンである。しかし、そこにビークがもたらした次元力あって今がある。
とはいえ、いくら次元力であっても、ただ注ぐだけでは今の姿になっていないはず。
次元力の特性から考えると、最後の鍵として必要なのはイメージ……いや、意志か。
生前と同じ、人間と変わらない姿で蘇ろうとする強い意志。それが無ければ、今のアトリアさんとポーラは不死のままだった可能性もあっただろう。
「あなたの言うとおり。わたしとママは、素になった肉体、あなたの力、そして思い。色々な可能性が混ざりあってここにいる。だから、わたし達は混ざりもののアマルガム」
「なるほど」
ポーラがしっかりと考えた上でそうしたいのなら、俺としてはもうアマルガムで良いんじゃないかと思う。
で、もう一人の決定権を持つアトリアさんの意見は……聞くまでも無いか。
「アトリアさん、その様子じゃあもう?」
「ええ、自らの存在を認めると決定される。貴重な体験をすることができました」
どうやら、既に終わっていたようだ。
二人の種族はアマルガム、ポーラの希望どおりの結果となっている。
まあ、見た目に変化が無いから部外者からすれば何が変わったとか分からんだろうけどな。
それであっても、種族が不明のままだと気分的にもよろしくなかったのだ。少なくとも俺は。
「あら、私達もようやく地に足が着いたようで晴れやかな気分ですよ?」
「自分が何者かはっきりするだけでも違うもの」
そりゃそうだ。
俺もダンジョンと名乗るより『化身』の種族を名乗る方がしっくり来ることが多い。それと似たようなもんだろ、多分。
ともあれ、懸念事項のひとつが丸く収まって良かったよ。
可能性が混ざりあって生まれる存在、アマルガム。ひょっとしたら、これから俺が『創造』する中で、大きな意味合いを持つ存在かもしれないな。
などと、俺が一人で余韻に浸っていると。
「少し、いい?」
いつの間にやら俺の膝の上から降りたポーラが、正対する形で立っていた。初めて会った時と同じく、俺の顔を覗き込むようにじっと見ている。
こうやって面と向かうと、無表情の中にも感情がうっすら見えるな。本当にわずかだから、ちゃんと顔を見ないと分からないぐらいだけど。
そんなポーラの今の表情は……眉の下がりからして申し訳なさ気? 何かお願いしたいってところか。
「どうした? ポーラ。何か欲しいものでもあるのか?」
「ある」
頷くこともなく肯定するポーラ。無表情な顔がちょっと怖くもあるけど、正解のようで何よりだ。
それで、肝心の欲しいものとは何だろうか。
おもちゃ……じゃなさそうだ。雰囲気からして違う気がする。
「欲しいものって、何が欲しい? 俺が持ってるものだったら良いんだけど」
「大丈夫、あなたが持ってるもの。あなたの……」
「俺の?」
「力が欲しい」