第182話 魂の牢獄
「たましいのろうごく?」
「……」
聞き間違いじゃないようだ。俺の呟きを肯定するように、ポーラは小さく頷いた。
たましいのろうごく……言葉のままなら、魂の牢獄ってことだよな。
牢獄ってのは分からんでもない。俺がダンジョンそのものってことを指してるんだろうとは思う。けど、『魂の』ってのはどういう意味だ?
「ポーラ、どうしたの? マスター様に何を……」
アトリアさんにとってもポーラの発言は予想外だったのだろう。先程までの穏やかな表情が一変、今では困惑の色を浮かべてポーラに問い掛けている。
それであっても、ポーラはアトリアさんに答える様子を見せていない。今も変わらず俺の顔だけを見続けていた。
「アトリアさん、ポーラの自由にさせてやってください。ポーラの言葉の意味、聞いてみたいんです」
「……分かりました」
とは言ったものの、どうしたものかね……。
ポーラは『たましいのろうごく』と言ったきり、口を紡いだままなのだ。
もしかして、俺の行動を待ってるのか?
「なあポーラ、俺に――」
「わたしをみて」
「お、お?」
何か、幼女に圧倒されてしまってるな、俺……。
ともあれ、今度は『みて』か。
「見てって言われても、さっきから見てるけど」
「ちがう。みて」
違う? 見るんじゃないのか。となると、アレしか思い当たるものがない。
「『鑑定』のこと?」
「……」
俺の言葉に、ポーラは再び無言で頷いた。
よく分からんが、『鑑定』すれば良いってことだろ。ポーラ自身が希望しているのだ。遠慮なく見させてもらうとしよう。
名称:ポーラ
種族:不明
称号:特殊個体、蘇りし者、代弁者
生命力:236 筋力:131 体力:182 魔力:721 知性:248 敏捷:140 器用:131
スキル:危険察知、直感、精神無効、状態異常無効
ユニークスキル:幽世の扉
ポーラの種族は不明。そして称号にあるのは蘇りし者。アトリアさんと同じだ。
ステータスも予想通りと言うべきか、獣人や並みの人間とは比べ物にならないな。
こんな幼女であっても、殴り合えばそこらの大人じゃ敵わんのだろう。……全然想像がつかんけど。
しかし、ポーラが見て欲しいのはそんなところじゃない。おそらく、スキルのことだ。
「『幽世の扉』……」
俺の記憶する幽世といえば、あの世や死後の世界なんかを指す言葉だ。その扉ということは、ポーラはスキルを使ってそういった世界と行き来できるってことなのか?
俺はそれをそのままポーラに尋ねてみたが……。
「しごの、せかい?」
いかん、言葉が難しかったかな。
ポーラは無表情のまま首を傾げている。俺の言葉をポーラなりに咀嚼してるのだろう。
「ええっと、死後の世界っていうのは――」
「幽世と現世は表裏一体、別の場所にあるわけじゃない」
めちゃくちゃ流暢に喋れてるじゃねーか……!
俺はてっきり、年相応の言葉しか分からないかと思ってたっての。
「あ、あーっと……ポーラ? その、『幽世の扉』ってどんなスキルか教えてもらっても良いか?」
「『幽世の扉』、現世と幽世の境界に干渉できる」
「干渉っていうのは、どんな風に?」
「体験した方が早い」
そう言うや否や、ポーラの体がスッと消えていく。
「消えた……」
完全に消えた。気配も感じられない。
高速での移動だとかそういったものではなく、掻き消えたのだ。フェードアウトといった表現が適切かもしれない。
「マスター様、何が消えたのです?」
驚く俺を心配気に見ているアトリアさん。
何がも何も、消えたっていうのはポーラしかいないはずなのだが。
「ポーラなら、今マスター様のお膝の上に」
「いる」
うお! いつの間にか、ポーラが俺の膝の上に座っている。
ポーラの姿が消えてからの動きは全く見えなかった。それどころか座られていることすらも、ポーラが言葉を発するまで気が付かなかった。
「見てもらいたい相手には見える。聞こえてもらいたい人には聞こえる」
「じゃあ、俺が今までポーラが見えなかったのも」
「見られたくないから」
なるほど、ビークが言ってたポーラの能力か。
言ってしまえば、ポーラ自身が幽霊になれるってところか? 見える相手、聞こえる相手を選ぶってのが、なんとなく幽霊っぽいし。
しかし、今体現したのは『幽世の扉』の能力の一端に過ぎないようだ。ポーラは、俺の膝に座ったまま、顔をこちらに向けて続けている。
「魂だけになった存在とお話することもできる」
「魂だけ? 幽霊と話ができるってことか」
「魂と幽霊は違うけど、それでいい」
「いい、とは?」
「言っても分からないから」
ぬぐう! 無表情の幼女が放つ辛辣な一言って、刺さるものがあるな……!
「それよりも、魂の牢獄」
「あ、ああ」
言われるがままに『鑑定』してみたものの、『魂の牢獄』については一向に分からない。
ポーラもそれを察してか、『魂の牢獄』については詳しく説明してくれるらしい。
「あなたは魂を捕らえることができる。意識してるかどうかは関係なく、息を吸うように」
「マジか」
そんなこと初めて知ったぞ。捕らえるだ何だの前に、魂の存在自体に気付いてもいなかった。
いや……魂といえば、過去に繋がりが強化されたことがあったな。あれと関係あったりして。
「繋がり? ……分からない。多分、わたしの見て、触れた魂とは違うもの」
「違うのか。んー……ポーラの言う魂、俺には全然分からん」
「分からないはずがない。あなたも魂とお話したことがある。あなたの側にいる魂が教えてくれた」
俺の側? 何それ、ちょっと怖い。背後霊か何かか?
(ふざげんな)
「あなたと同じ、顔が犬の人。あなたが困った時に助けたことがあるって」
「ああ、うん。そんな気がしてきた」
『不屈』さんのことだったのね。
今さらながら、魂だけの状態で俺を助けてくれるとはありがたい話だ。背後霊だなんて言ってごめんなさい。
「あなたの中にいる魂は他にもたくさんいる。他にも犬の人がたくさん。それに、わたしとママと一緒に連れてこられた人達。あとは魔獣」
それってつまり、そういうことなのか。
ポーラが言った、俺の中にいる魂の共通点が見えた。多分、俺が『分解』したかどうかだ。
犬の人は、森の魔窟の騒動で犠牲になったコボルトのこと。ポーラとアトリアさんと一緒に連れてこられた人達っていうのは、レギオンにされていた人達のことだろう。
魔獣は言うまでもなく、森や平原で狩った魔獣。
そのどれもが、『分解』した者達。俺の次元力の素にしてきた者達だ。
「あなたが殺したかは関係無い。ただ、魂の行き着いた場所がここというだけ」
「そう、だな。ポーラの言うとおりだ」
魔獣はともかく、俺はコボルトやリンクスの街の人々を手にかけてはいない。結果として、ダンジョンで『分解』するに至っただけ。
それでも俺は、心の中にモヤがかかっていることを実感していた。
「ポーラ……『魂の牢獄』っていうのは、そんな魂を捕らえて閉じ込めてるってこと、なのか?」
だとしたら、俺は死者を死後も苦しめているということになりかねない。
成仏だとかの概念が正しいかどうかは知らんが、ダンジョンに閉じ込めていることが正常だとは考えられないのだ。
ポーラの言った牢獄のイメージに囚われているのは自分でも分かってはいるが、ポーラが魂と言葉を交わせるならば聞いておきたい。俺がしていることが、捕らえた魂を今も苦しめているのかどうかを。
「私も、そう思っていた」
「いた? 今は違うのか?」
「ずっと見てきた。あなたを、魂を。でも……魂は苦しんでいない。犬の人は、みんな穏やか。他の人も、初めは悲しんでいたけど今は違う。犬の人達と一緒に、あなたの中を漂っている。魔獣も同じ」
「穏やか、か」
ポーラの言葉を聞いてホッとした。
苦しんでいないなら、取りあえずは安心だ。
「じゃあ、牢獄ってのは?」
「魂が教えてくれた。あなたの中に入ると、外の世界にはもう戻れない。出口があるのに、出ようとしても出られない。だから、『魂の牢獄』」
「なるほど」
「だけど、それで良いとすぐに気が付く。外の世界に戻るより、ここにいて、きれいな歌声に癒やされ、賑やかな営みに励まされる方が心地良いと」
「歌? 営み?」
そんなもの……あったな。
歌といえば、ノアの歌だ。
あんまり公には言えないが、ノアは俺が眠っている間は子守唄のように歌ってくれるのだ。魂じゃない俺でも、常に癒やされている。
しかし、営みってのが分からんな。何を指して賑やかな営みなのか。
「あなたの家族のこと。うさぎの親子、元気な狼、他にもたくさん。幸せな姿を見て、漂う魂は次の生に思いを馳せる」
ああ、そういうことか。
確かに俺のダンジョンはいつも賑やかだ。眷属達がどこかしらで駆け回ったりしている姿を目にすることができる。
誰も意識はしていないというのに、知らず知らずのうちに魂を慰めていたとはな。
「だから、捕らえられた魂は誰も悲しんでいない。わたしはそれを知るまで、あなたを信用していなかった」「じゃあ、今は?」
「信用、しても良い……って、魂が教えてくれた」
ポーラは恥ずかしいのか、俺の方を見ずに俯いている。
そんなポーラを見て、アトリアさんも優しい笑みを浮かべていた。