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第181話 念願の


「お待ちしておりました、マスター様」


 部屋を訪れた俺を、アトリアさんが笑顔で迎えてくれた。


 この部屋はアトリアさんと娘のポーラが住む部屋。ビークが二人のために用意してくれた部屋……と言って良いのかな? 同じ場所に存在するけど、かなり手を加えたお客様仕様の部屋だ。


 なんといっても、ちょっと前までは森を模した自然溢れ過ぎの部屋だったからな。

 正式にアトリアさん母娘が生活するにあたって、ちゃんとした屋敷に住んでもらうことにしたのだ。


 森の景観は、アトリアさんの希望もあってそのままに。実際に寝泊まりしていた小屋は、避暑地の別荘かのような上等な代物に差し替えた。

 屋敷と呼ぶには少々こじんまりしてはいるけど、母娘二人で住むには広いぐらい。アトリアさんも気に入ってくれたので、それ以上は手を加えずに採用した。


 そして現在、そんな屋敷のリビングで、俺はアトリアさんの淹れてくれたコーヒーを優雅に楽しむに至っている。


 ノアのお茶をしこたま飲んできたばかりだけど、これはこれで美味いのだ。いくらでも飲ませて頂きますとも!


「フフ……マスター様のお口に合うようで良かったです」

「いや、本当に美味いですから」


 いやはや、コテツに頼んだ甲斐があるってもんだ。


 アトリアさんが淹れてくれたコーヒーは、コテツ経由で商人ギルドに用立ててもらったもの。リンクスの喫茶店で飲んでコーヒーと同じ種類の豆だ。


 どうやらこのコーヒーはヤパンでもリンクスでしか栽培されていないらしく、しかも一般には流通していないものだとか。にも関わらず、コテツは嫌な顔一つせず、手に入れてくれた。

 入手が困難だと知ったのも、結構後になってからのこと。アトリアさんにお裾分けした時に教えてもらったのだ。

 

「マスター様は人脈に恵まれておりますね」

「ははは……ありがたいことに、そうみたいです。それはそうとアトリアさん。今日出発した隊でしたね。例の件」

「ええ、そのとおりです。私の初仕事の成果は、今日出発された方々にお願いしております」


 一か月か……。アトリアさんは精力的に頑張ってたもんな。


 アトリアさんの初仕事とは、ヘルブストの森の獣人のことを調査しヤパンへ報告すること。建前上は、オセロット男爵の部下の調査員として。


 カラカルでの会合では暫定的にしか決まってなかったからな。会合の解散後、アトリアさんと男爵とで細部を調整した結果なのだそうだ。


 ともあれ、正式に調査員と名乗ることになったアトリアさんの働きは、実に目覚ましいものだった。


 コボルトの歴史、風習、伝承……当人達ですら認識に差異のあるものを調べ、分かりやすく纏め上げた。

 そして、トードマンについても同じく。とはいえ、流石のアトリアさんも言葉が通じない相手への取材は難航していたな。


 間に俺が通訳として立つこともあったが、俺とアトリアさん、お互いの都合が一致する時に限られる。俺抜きで唯一まともに話が聞ける相手はフロゲルだけ。しかし、相手がフロゲルなのだ。事がスムーズに進むはずがない。

 案の定、話が脱線しまくったせいで、トードマンへの取材はコボルトに比べて格段に遅れを見せていた。


 だからといって、それが無駄というわけでもない。むしろ、アトリアさんは嬉々としてフロゲルの話を聞き入っていた。


 なにせ、フロゲルは実際に魔の攻勢を生き抜いた獣人なのだ。アトリアさん曰く、ヤパンでもそんな人物は噂でしか聞いたことが無いのだとか。


 ……俺としては、そんな噂のある人物がいるってことの方が気になるところだが。


 ともあれ、アトリアさんの努力の甲斐あって、数日前にヤパンへの報告書の第一弾は完成させることができた。

 その報告書が、今日カラカルへと出発した人事交流部隊によって運ばれているというわけなのだ。

 

「カラカル到着後は、アーシャ辺境伯がヤパンまで届ける手筈を整えてくださっているとのことです。本国に辿り着くのは、まだまだ先になるでしょう。そして、受け取ったヤパンの反応もさらに先の話ですね」

「ふーむ……こればっかりは焦っても仕方ないですね」


 ちゃんと届くのか、どんな反応があるのか、気にならないはずがない。しかし、どうにもできん。

 まあ、果報は寝て待てって言うしな。急ぐ理由が無いなら、どっしり構えて待つしかないだろう。


「マスター様、そろそろ本題に入っても」


 いかんいかん、フロゲルをとやかく言えんな。俺も雑談が過ぎたようだ。


「すみません。長々と話し込んでしまいましたね。それで、アトリアさんの話というのは?」


 今日の本題、俺は何の話でアトリアさんから呼ばれたのか知らない。

 ちょっとした用なら、アトリアさんから出向いてくれていた。今回そうしないということは……。


「ポーラのことです」

「おお……!」


 いや、待て。早まるな、俺。まだ分からん、アトリアさんはポーラのこととしか言ってない。


「……ゴホン! えっと、ポーラさんがどうかしましたか?」

「フフ、呼び捨てで構いませんよ。実は、ポーラがマスター様とお話したいと言い出したのです」

「……うお!」


 よっしゃあ! 来たぞ、ついにこの日が!


 と、俺がここまで興奮するのにも訳がある。

 実は俺ってばポーラに会ったことが無い。それどころか姿を見たことも無かった。ただの一度も。


 俺のダンジョン、言うなれば体内に住んでるのにそれってどうなの? と俺でも思う。しかし、事実なのだ。


 何度か視認しようと頑張りはした。

 ダンジョン視点に変更すれば、難なく見ることぐらいできそうなもの。

 だがしかし、それでも見れん。存在しているのは分かっていても、どういうわけか目で捉えることができなかったのだ。


「それ、ポーラちゃんのスキルッスよ。警戒してる相手の認知を誤魔化す的な感じの」


 と、後からビークが教えてくれた。


 その代償として、俺は皆から覗き魔というあらぬ誤解を受けるハメになったのだが……それはもう終わったことなので記憶にございません。きれいさっぱり覚えてませんとも。


 そんなどうでも良いことはさておいて、俺は今日までポーラと会っていない。それ故に、アトリアさんの言葉が染み入るのだ。


「ようやく、俺もポーラに許されたってことですか……!」


 ポーラが俺に姿を見せてくれない理由は、俺がポーラに攻撃の意思を見せたせいだ。


 ただし、それはまだポーラがレギオンの(コア)だった頃の話。あの時は、そうせざるを得ないと判断したがため。結果的にそうしないで済んだとはいえ、ポーラにとって水に流せることではなかったらしい。


 だが、それも許された。ポーラが俺に会いたいってことはそうなのだ……ろうか?


「……そうなんですかね?」

「それは私にも分かりかねます。直接、聞いてみてはどうでしょうか? 隣におりますので」

「うえ!?」


 アトリアさんに言われるまで気が付かなかった。

 いつの間にか、俺が腰掛けているソファの隣に見知らぬ少女が立っていたのだ。


 腰元まで伸びた輝くばかりの金髪、アトリアさんと同じ真紅の瞳。顔立ちが大人びているせいか、年齢がさっぱり分からん。多分、五歳から七歳ぐらいだと思うのだが……。


 そして、気になるのがその表情。

 無だ。無なのだ。ここまで見事な無表情は見たことが無いほどに無表情。


 そんな少女が知らない間に隣に立っていれば、驚かない方が無理ってもんだろ。

 とはいっても、これが念願の初対面でもある。心を落ち着けて話し掛けてみよう。


「ええっと……ポーラ……ちゃん? はじめまして」

「……」


 反応無し、少女は無言で俺を見つめている。ただひたすら、俺の目をじっと。


「ポーラ、ご挨拶なさい。その方がマスター様よ」

「……」


 母であるアトリアさんの言葉にも反応を見せない。瞬き一つせず、瞳を揺らすこともなく俺の目だけを見つめ続けていた。


 対する俺も、ポーラの瞳をじっと見つめているわけだが……どうすりゃ良いんだ?

 何か、目を逸らしちゃいけないような気がする。取りあえず、このままもう一度話し掛けてみようか。


 そう思ったのも束の間、ポーラに変化が。


「あなたは」

「お?」


 ものすごく小さいけど確かに聞こえた。ポーラの声だ。

 とはいえ、興奮するのはまだ早い。続く言葉を聞き漏らすまいと、俺はポーラの口元に意識を集中する。


「あなたは、たましいの……ろうごく」



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