第180話 隙間時間に現状確認
「はー、どっこいしょ」
各集落での視察を終えた後、俺はダンジョンに戻っていた。
ここはダンジョンにある応接室兼執務室。来客用のソファに腰掛け、一息ついたところなのだ。
「マスター、お疲れ様でした」
ノアが労いの言葉とともにお茶を用意してくれた。毎度のことながら、ありがたいな。
「うん、やっぱりノアのお茶は美味いな」
「ありがとうごさいます! ところでマスター、この後の予定はご存知ですか?」
ノアが俺の予定を聞いてきた。これまた、ありがたいことだ。
実際、俺って予定を忘れがちだったりするもんな。
この体になって時間の概念が薄れたせいか、今が朝か夕方かを間違えることもあるのだ。そんな俺を気遣って、ノアは頻繁に俺の予定を確認してくれる。そのおかげで、何度助かったことか……。
だけど、今回は大丈夫。
「アトリアさんのところだろ?」
「そうです。時間までまだ少し余裕がありますが、のんびりできるほどもありませんね」
時間の件も大丈夫だ。分かっていながら、ここに戻ってきたんだからな。
俺はこの部屋で、ビークに連れ出される前に手掛けていた作業の続きをやる。といっても、大したものじゃない。ただ確認するだけのこと。
「ノア、今日も十体で良いか?」
「はい、安定して『分裂』できるのは今のところ十体ですから。無理すればもう少し……」
「いやいや、無理は必要ない。今のままで頼む」
ノアに確認したのは『分裂』の状況。ノアはスキル『分裂』で、分裂体であるコノアを増やすことができるのだ。
そして、ノアが十体と言ったのはまさしく増えたコノアの数。今日一日でコノアが十体増えたことになる。
「しかし……ちょっと前までは一体が精一杯だったのに、よく十体も増やせるようになったよな」
ノアの『分裂』は、文字通りノアが自身の身を分けてコノアを生み出すもの。当然といえば当然なのだが、『分裂』後はノアの体が小さくなってしまう。
今だってそうだ。ノアは『分裂』していない時よりも二回りほど小さい。が、それでもコノア十体分小さくなったかというと、そういうわけでもなかった。
「『分裂』後のコノアの大きさを可能な限り小さくする。コノアからの提案でしたけど、思いの外大成功でしたね」
俺も聞いた時はびっくり……っていうか、俺が聞いた時は既に試した後だった。
今まで見たことのないコノアが、ノアとともに現れたのだ。
サイズはソフトボールぐらい? もしかしたら、もう少し小さいかも。
それであってもコノアはコノア、体は小さくても元気に動き回る様子は大きいコノアと何ら変わりない。そんな姿を見た俺は、「小さくても良いか」なんて思ったりもしたものだ。
そんな俺のに思いも、ほんの一時だけのこと。
新たに生まれたコノアも二、三日経つとあら不思議。他のコノアと同じ大きさになっていた。
「セイチョウキ!」
と、コノアは言っていたたのだが、ノアの説明を聞けば納得だ。食事で摂取したエネルギーを使って、体を大きくしたらしい。
まあ、これも成長といえば成長ってことなのかもな。
ともあれ、ノアの頑張りによってコノアの数は激増。今ではコノアだけで三百体を超えるほどにまでなっていた。
さて、申し訳ないけどノアへの確認はついでみたいなもの。本題はここからだ。
「ビークのやつのせいで、また初めっからだよ。キバの方は……と」
そう独りごちて、俺は『収納』から書類を取り出した。
これはビークに邪魔されるまで目を通していた書類。キバ……じゃ信頼性が低いので、ルズに頼んで作ってもらった報告書だ。
「むむ……マジか。また増えてるぞ」
報告書の内容に、思わず唸り声が出てしまった。
俺が目にしている報告書には、キバを筆頭にした勢力の内情が記されたもの。
総数の段階で見当はついてたけど、内訳に目を通して確信した。キバの部下に新しく魔獣が加わっているのだ。
ちなみに、俺の眷属は概ね三つの勢力に分けることができる。
一つ目はノアの勢力。
ノアを筆頭に、約三百体のコノアからなるスライムの勢力だ。
二つ目を飛ばして、三つ目がビークの勢力。
こいつらは一番把握しやすい。何と言っても、ビークの他にランディとアーキィしかいないのだ。つまりは三人だけで構成された勢力ということになる。
で、あえて飛ばした二つ目がキバの勢力。これが一番ややこしい。
俺の知らないところで勝手に拡大していく勢力なので、把握するのも一苦労させられる。
「これも因果応報ってやつなのかね……」
「因果応報? 誰のですか?」
俺です。俺が原因なのです。
事の発端は俺が野生のブラッドウルフを餌付けしたこと。あれが全ての始まりとなって現状に至ったのだ。
キバの勢力、もとは十一体のブラッドウルフからなる勢力だった。それが、野生のブラッドウルフを傘下に収め、現在進行形で拡大する勢力となっている。
俺が餌付けをし始めた時のブラッドウルフの数は……うん、覚えてない。
で、ビークの馬鹿が俺の真似して餌付けした段階で五十ぐらい。それが今となっては、百どころか二百に迫る勢いにまで増えていた。
とはいえ、ブラッドウルフだけなら把握するのはそう難しいことではない。
問題なのは……ブラッドウルフだけではないということだ。
俺がカラカルでの会合を終えてすぐの頃だったかな? 明らかにブラッドウルフじゃない魔獣がいた。俺のダンジョン内部に。
しかし、見たことが無い魔獣というわけでもなかった。
狼ではなく犬型の魔獣、ゲイズハウンド。ラビットマンの集落で番犬として飼われていた魔獣が、俺のダンジョンで当たり前のように寛いでいたのだ。
勿論、俺はすぐさま確認した。
何でここにいるのか? っていうか、お前らどこから来たのか等々、根掘り葉掘り。
そこで聞いた話によると、『やたらと強い狼の魔獣に負けて、半ば強制的に子分にされた』とのこと。
ここでいうやたらと強い狼……これ、実はキバじゃない。キバ以外のブラッドウルフ、コウガ達のことなのである。
あいつら、俺が知らないところで野生のゲイズハウンドを打ち負かして、自分達の部下に仕立て上げていたというのだ。
その所業を俺が知った時点で、ゲイズハウンドの数は二十弱。それが今回の報告書をもって、五十に達したことが記されている。
となると、ブラッドウルフとゲイズハウンドを合わせれば、約二百五十ってところになるのか。
「うーむ……」
「マスター? 何か気になることでも?」
「ああ、いや……皆、本当に頑張ってくれてるなって思っただけだ」
キバの勢力は確かに把握し辛い。けど、そこに文句を言えるはずもない。
コノアが自らノアに『分裂』を促したのもそう、ランディ達が俺の言いつけを聞かずに無理をするのもそう、そしてコウガ達が自分の意思で部下を増やすのもそう……。全ては俺のためにやってくれていることなのだ。
「マスターの対峙しようとしている敵が、どんな相手か分かりません。だからこそ、皆でできることをできる時にしようって決めたんです。後悔だけはしたくありませんから」
「分かってる。その誠意は十分伝わってるよ」
それ故に、俺は眷属達に今の行動を禁止したりなどできんのだ。
じゃあ俺はどうすべきか? そんなもの、決まってる。
俺のためにやってくれてることなんだ。俺が意を汲まんでどうする。
眷属達が無理して倒れれば、俺が駆けつけて助けてやれば良い。倒れる前に、倒れないような状況にもっていってやれば良い。把握し辛いなんて文句を言うよりも、把握しやすいように工夫すれば良いだけのこと。
俺がビビって禁止しまくるよりも、「おう、やれ! フォローはするから!」と送り出した方が眷属達も存分に行動できるってものだろう。
ただまあ……無理はほどほどに、ってなことはついつい言っちゃうけどな。
「マスターの厚意も伝わってますからね」
「ノア、あんまり人前で今の話はしないでくれよ」
やれやれ……ノアを前にすると本音が出過ぎていかん。
ともあれ、今確認することは……こんなもんだな。
「マスター、そろそろ」
「ん、時間だな。じゃあ、ちょっとアトリアさんのとこに行ってくる」