第178話 視察という名の散歩
カラカルに向かう交流部隊を見送った俺は、そのままグラティアを見て回ることにした。
ここグラティアは先の出発式が行われたことが指すように、カラカルとの交流の基点となっている。
その理由というのは、カラカルに最も近いという単純なもの。北のサナティオや、西に位置するアモルでは森を出るまでに距離があり過ぎるということでグラティアに決まったのだ。
しかし……グラティアが交流の基点に決定してからの発展ぶりは、今思い返しても目を見張るものがある。
元々グラティアはマックスやココ達が住んでいた集落。それがオウルベアの襲撃で放棄され、つい最近まで荒れ果てていた。
それが今となっては、以前の面影など何処へやら……。
出発式が行われた広場を中心にして伸びる十字の道、林立する大小様々な建築物、集落の至るところに備えた清潔な水場、さらには堅牢な門とグラティア全体を見渡せる監視塔等々……ここまでくれば、もはや街だろ。
初めはここまでする予定じゃなかったんだけどな……。
如何せん、カラカルから人を受け入れる以上はどこかに住んでもらわなければいけない。とはいえ、雑多な小屋は駄目。せっかく来てくれた人々の士気に影響してしまう。
じゃあ、どうするかってなると……結局は新築になるわけだ。
あの時は俺も頑張ったなー。
何せ、時間が無い。
カラカルからの人事交流部隊が出発したことを聞いたのは、向こうを発ってから三日後のこと。しかしながら、こっちは受け入れられる準備なんぞ全くできていないのだ。これは四の五の言っていられんだろ。
ってなわけで、俺の『創造』をフル活用することにした。
ダンジョン内で『創造』した建材を『収納』に収め、現場でノアとコノアに『収納』から出してもらう。
そこからは獣人達の人海戦術。材料の準備に掛かる人手を、全て現場作業に回せるだけでも大きな違いだ。
その甲斐あって、カラカルからの交流部隊が到着する時には、概ね今の形が出来上がっていた。
ほんと、協力してくれた皆には感謝しかないな。
ちなみに、俺のダンジョンへは広場のすぐ側に建ててもらった祠から出入りできるようにしてある。
というのも、グラティアの景観に俺のダンジョンをどう溶け込ませるかが議題に挙がったのだ。
俺のダンジョンは入口さえ繋げられれば、どんな建物でも良い。
っていうか、建物である必要も無い。何だったら今までどおり地面でも岩でも、固定されたものであれば何だって良いのだ。それなのに……。
「マスター様の住まわれる場所は、どの建造物よりも威厳が無くてはならない!」
などとのたまうマックスのおかげで、余計な時間を食わされたものだ。
まあ、これはすぐに折れてもらったけどな。
何と言おうと時間が無い。俺のダンジョンの入口のためだけに、無駄なことしてる暇など無いのだ。
とはいえ、マックス以外のコボルト達からも「せめてこれぐらいは……!」と建ててくれたのが、今の入口である祠。祠といっても、ちょっとした小屋ぐらいはあるけど。
で、カラカルから来た人達には、祠の地下が俺の家だと説明した。
そうでもしないと、俺以外の眷属も出入りするのに不自然過ぎるからな。わざわざ地下に住んでるってのも、十分不自然な気がするけど、そこはもう知らん。俺の趣味ってことにしておく。
……さて、俺のダンジョンのことは置いておいてグラティアに戻ろう。
今現在、グラティアにはカラカルからやってきた人々がいる。
その数は数えるほどしかいなく、ほとんどが商人だ。
商人ギルドの受付で知り合ったネルさん、同じく商人ギルドで働いていた子供達が三人。他にも二人いるけど、どちらも俺の顔見知り。
一人は、俺もカラカルで顔なじみになりつつあった食堂の親父さん。話を聞けば、コテツに誘われたらしい。
カラカルの店じゃあ、立地条件とか最悪だったからなー……。
しかし、グラティアなら好きな場所に店を構えるチャンス。この千載一遇のタイミングに乗っかるしかないってなわけで、親父さんは一念発起してヘルブストの森にやってきたとのことだ。
俺としてもありがたいね。
親父さんの鉄板焼きはかなり美味い。
それが日常的に味わえるなら願ったり叶ったりというやつだ。
もう一人は意外も意外、魔導具屋の老ケットシーだ。
カラカルの魔道具屋では、俺の次元力の剣のヒントになった魔道具のナイフを買ったんだったな……。今となっては懐かしさすら込み上げる。
その魔導具屋の爺さんなんだけど……これまた意外なことに野心ありありだった。
「ほっほっほ……カラカルの店は息子に任せることにしての。ワシは新たな販路の拡大に勤しむことにしたんじゃ。今なら商人ギルドに先立って手が打てるからの」
商売のために自ら赴くとは、すごいな爺さん。だけど、あんまり無茶はしないでもらいたいんだけど……。
とまあ、商人はこんな面々だ。
そして商人以外の人物は誰かと言うと――
「やっほー、アルカナちゃんだよ!」
「……急に大声出すなよ」
アルカナだ。先の会合でも取り決めたように、ヘルブストの森で冒険者ギルドを立ち上げるための準備をするためにやってきた。
「っていうか、お前何してんだよ」
俺は今、グラティアを視察している真っ最中だ。
決して散歩しているわけではない。れっきとした仕事の一環なのだ。
しかしアルカナは、どう見てもただの散歩。俺を驚かせようとしたのか、背後からいきなり声を掛けてきた。
「アルカナ、ギルドの方は良いのか? お前しか職員はいないのに……」
「うん、大丈夫。細々した準備はとっくに終わってるよ。コボルトとトードマンの皆も手伝ってくれてるしね」
うーん……そうなんだよな……。
どういうわけか、アルカナは獣人達から人気がある。
グラティアで冒険者ギルドの準備を始めた時も、頼むより先に誰かが手伝いを始めていた。
特にフロゲルだ。全く謎なことに、フロゲルはアルカナのことをかなり気に入ってる様子。
思考を読んで気に入るとこでもあったのかね?
それはともかくとして、アルカナがこうやってフラフラできるのも誰かがギルドに残っているからなのだ。
昨日はココがいたらしいけど……。
「今日? 今日はフロゲル君。あたしの権限で、グラティア支部のギルマス代行に任命しちゃいました。これにはフロゲル君もニッコリだったよ」
「おおい、お前の権限でそんなことして良いのかよ。ギルドの職員が一人だからって、自由過ぎないか?」
職権乱用にも程があるだろ。そのうち怒られるぞ。
と言う、俺の意見もなんのその。
アルカナはいつもの如く、屈託の無い笑みを俺に向けている。
「良いの良いの、代行なんだし。それより、ギルマスと言えばカラカルのギルマスだよ。マスター君は覚えてる?」
「……ああ、覚えてる」
カラカルの冒険者ギルドのマスターといえば、いかついハゲのマッチョ。ガンザンだな。
最後に会ったのは……おお、結構前だ。
俺がリンクスに旅立つ前ぐらい。一か月以上前か。
「そのギルマス……面倒だな。本人もいないし、呼び捨てで良いだろ。で、ガンザンがどうした?」
「うん、マスター君が暇な時にでも顔を出したらどうかなって。一応、冒険者なんだし。依頼も受けてたんでしょ?」
「あー……忘れてた」
ガンザンからヘルブストの森の地図を作ってくれって頼まれてたっけ。完全に忘れてた。
流石に放置はよろしくないよな……。
「分かった。手が空いたら顔を出すよ」
その時にでも、今できてる分の森の地図を提出するとしようか。
「それで良いと思うよ。ギルマスなんか後回しで十分」
「なんかって、おい……。お前の上司だろ」
アルカナ……自由過ぎるぞ。