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第177話 多忙な日々、その一幕


「マスター……」


 ……俺を呼ぶ声が聞こえる。


「マスター」


 なおも変わらず俺を呼ぶ声が聞こえる。

 先程よりもはっきりとした語気で、俺の意識をそちらに向かせるように。


「マスター!」

「ああもう、集中できんだろうが! 少しぐらい待ってろっての!」

 

 俺が書類に目を通しているにも関わらず、声の主……ビークときたら、構わうことなく俺に声を掛けてきやがる。こいつ、空気読めよな……!


「そうは言ってもッスね。他の皆はマスターに気兼ねして声掛けられんから自分が来たんスよ。ほら、隠れてないでさっさと来るッス」

「あ、こら!」


 「隠れてねーよ!」と抗議の声を上げる暇もなく、俺はビークにひょいと持ち上げられた。

 そのまま応接室兼執務室を後にし、ビークはダンジョンの外に向かう。


「はい、到着ッス」


 ビークが向かったのは俺のダンジョンから出てすぐの場所、グラティアの中心に位置する広場だ。


 ここには今、多くの獣人達が集まっている。

 別に俺が集めたわけじゃない。今日という日のために集まったのだ。


 というのも、今日はカラカルとの人事交流部隊が出発する日。ヘルブストの森の代表としてカラカルに向かう者達と、それを見送る者達で広場は埋め尽くされていた。


 そんな中、この登場の仕方はないだろう。


 ビークみたいな巨体がのっしのっし歩いてるのだ。自然と注目が注がれる。

 そこに俺だ。肩に担がれた俺の姿が目に入らないわけがない。


「おお、マスター様が参られたぞ!」

「あいがたや、ありがたや……!」


 こらこら、拝むな。ビークに担がれてる俺なんぞ拝んだって何のご利益も無いだろうに。


 ほんと、眷属よりも獣人達の方が俺を神聖視してるのって何でだろうな? 拝むのはやり過ぎだけど、ビークみたいに俺を物扱いするよりはよっぽど丁重に扱われてる実感がある。


 そう、物扱いだ。


 ビークは衆人観衆が見守る中、あろうことか俺をポイ捨てしやがった!

 ……くそぅ、着地が失敗してたら大恥掻くとこだったじゃねーか。


「マックスさん、マスター一丁、確かに届けたッスよ」

「かたじけない、ビーク殿」


 俺が物扱いされてることはスルーなのかよ。


 そんな発送された荷物である俺に対し、マックスは来賓の登場と言わんばかりに仰々しく俺を迎えている。

 

「マスター様、お待ちしておりましたぞ!」

「マックス……俺いる? いらんだろ」


 荷物なんだし。


「ハッハッハ、何をおっしゃいますやら。マスター様が来られなくては始まりませんぞ! それでは早速ですがお言葉を」

「やれやれ、結局こうなるのかよ……」


 俺はこの出発式に出ることを拒んでいた。

 別に嫌だからってわけじゃない、これで二度目だからだ。こういう行事の度に、呼び出されるのが敵わないから拒む姿勢を取ってるだけなのだ。


「……今日をもって、カラカルとの交流を開始して一か月。皆の協力があってこそ、ここまでこれた。その感謝をここに表明する」


 観念した俺は、集まっている者達の前で拙いながらも言葉を紡いでいる。

 

 前回はいきなりだったもんで、しどろもどろの挙動不審な演説だった。今回は今回で……俺なりに頑張っている。あくまで俺なりに。


 それはさておき、さっき俺が言ったとおり一か月。ヘルブストの獣人とカラカルの交流が正式に発表されて一か月が経っていた。


 その正式に発表されたのがいつかと言うと、俺がカラカルでの会合に参加した翌日のこと。

 俺が犬の『化身(アバター)』を旅立たせたり何だかんだしている間に、カラカルの街では大々的に公表されていたそうだ。 


 その事実を知ったのも、三日ほど経ってからだったかな……。

 ちょっとした野暮用でカラカルに顔を出した時に知らされた時は驚かされたものだ。


 というのも、当時の俺はかなり多忙な生活を送っていた。そのせいあって、カラカルのことには注意が向けられていなかったのだ。


 犬の俺を送り出した後は、とにもかくにも会議の連続。情報の擦り合わせに始まり、今後の方針の調整……。

 というか、ほとんど後者か。今後の方針についての会議がやたらめったに多かった。


 何せ、課題があるからな。

 カラカルとの取り決めにあった交易路の整備はどう計画するか、人事交流の受け入れ先はどうするか、それ以前に何処を交流の基点にるか等々、調整する項目が目白押しなのだ。一度や二度の会議で決められるようなものじゃない。


 そんな会議の合間にも、俺は眷属との交流もこなしていく。

 こっちの筆頭は……ビークの相談だったな。


 ビークの前世が魔窟の(コア)だった件。その事実を、コボルトの長であるマックスに打ち明ける後押しをする約束のことだ。


 約束とは言うものの、結局のところビークは自分で片を付けたようなもので俺は何にもしていない。ただ、その場にいただけ。それだけだった。


「マックスさん、聞いてもらいたいことがあるッス!」


 と、会議室に飛び込んできた時は流石のマックスも度肝抜かれていたな。まあ、俺はマックス以上に驚いていたわけだが。


 そこからさらに、ビークの思い切った行動は加速する。


 なんと、その時の会議に同席していた獣人の面々の前で自身の過去を語り始めたのだ。

 そうなってくると、俺の方がどうして良いのかさっぱりわからん。ただただ、獣人達と一緒にビークの話に耳を傾けるしかなかった。


「……なるほど、ビーク殿は魔窟の(コア)だったと」


 ひとしきり話を聞き終えたマックスが口を開く。その表情は至って冷静なもので、どんな感情なのかは窺い知れない。


「ふむ……そのようなこともあるのですな」

「それだけッスか?」

「む? それだけとは?」

「その……恨んでるとか、そういうのは」

「恨み? ビーク殿を?」


 この時のビークとマックスの顔は、どちらもキョトンとしたもの。お互いに何を言ってるのか分からないといった面持ちだ。


「私はビーク殿がコボルトの良き友人であると思っているのですが、ビーク殿は違うのですかな?」

「え? まあ、自分もそうッスね。コボルトの皆は友達ッス」

「それで良いではありませんか。私にはビーク殿が何か罰を欲しているように見えてなりませんが、我々は友人に不当な罰を与えることなどできません。それ以前に、ビーク殿は一度死をもって償っておりますな。それではまだ足りませんか?」


 確かに。ビークは一度死んでいる。

 極端ではあるが、死をもって償ったとも言えなくもないな。

 

 しかし、ビークは折れる気配がない。数秒ほど瞑目した後、おもむろに口を開いた。


「……足りないッスね、少なくとも自分は気が済んでないッス」

「なるほど、ではこれではどうですかな? ビーク殿には、我々の子々孫々を命を賭して守ってもらう。魔窟が奪った命よりも多く。コボルトだけでなくトードマン……いや、他の獣人達も、種に関わらず全ての命を守るために生きてもらいたい」


 そう言うと、マックスは俺に目だけを向けて微かに笑みを浮かべた。


 マックスの要求は、俺が眷属達に求める望みと全く同じ。

 種に関わらず、友人や家族を守って欲しい。それだけなのだ。


 それであっても、この場でマックスの言葉を飲むならば、それは誓いと同意になる。ビークは生きている限り、友人家族を守ることに命を賭さなければならなくなるのだ。


 死をもって償う以上に大変なわけだが……ビークが断るはずもない。


 マックスの言葉を受けたビークは、俺の方に目を向けていた。

 その目は俺に許可を求める目。意外と義理堅いとこあるよな、こいつ。


 俺の答えは決まっている。お前がその気であれば、止めるなんて野暮な真似はせんよ。


「兼業になるけど頑張れよ」

「了解ッス!」


 とまあ、一時はどうなることかと思ったけど、丸く収まったようで何よりだ。

 あの一件以来かな。ビークのやつ、前にも増してダンジョン外で子供達と触れ合うことが多くなった。


 とはいえ、俺としては文句を言うつもりは毛頭ない。

 ビークのその姿が、俺の望む世界の縮図に見える気がして文句なんかを言う気が失せるのだ。


 その後も、色んな相談事や面倒な頼みごとなんかをこなしつつ、気が付けばあっという間に一か月。流れるように時間が過ぎていた。


「……と、つらつらと言葉を繋いでみたけど言いたいことは至極単純。生きてカラカルに辿り着け! 君達の前にあるのは希望しかない! 以上!」


 そう締めくくると、広場は割れんばかりの喝采に包まれた。


 自分で言っててなんだけど、最後以外は何て言ったのか記憶に無いな。まあ、最後は建前無しの本音だから、そこだけ聞いててくれれば十分なんだけど。


「お見事です。マスター様」

「マックス……前回言ったよな。こういうのは一回目しかやらないって」

「ええ、しかしマスター様が何やらお手すきであると耳にしましたので、せっかくですからとお呼び立てさせていただきました。次回もどうぞよろしくお願いします」


 お手すき? どうせビークのやつだろ。

 俺は暇してたわけじゃない。まさに仕事の真っ最中だったっての!



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