第1話 いきなりのチュートリアル
〈チュートリアルを開始します〉
突然響いた声で、俺は意識を取り戻した。
頭の中に直接言葉を流し込まれるように響いたそれは、女性の声という印象を受けるが、人間の音声ではなく無機質な機械音声のようだ。
〈核に接触してください〉
状況を理解できず思考が完全に停止したままの俺に、音声は告げてきた。
(ちょ、ちょっと待ってくれ! 意味がわからん!)
俺は叫んだ……つもりだった。
(……声が出てない?)
自分が発しているはずの声が聞こえない。声を出しているという感覚も無い。
おかしいのは声だけじゃない。視界も明らかにおかしい。
視界にあるのは、円柱状の箱を上から覗きこんでいるような光景。底の部分は漆黒の金属を思わせる薄い光沢を放ち、底全体に幾何学模様のように広がる青白い光の筋が、脈を打つように走っていた。
青白い光は、底の中央に鎮座する台座のような物体に向かっていた。
その台座は底の材質と同じなのだろう、漆黒ではあるものの、聖杯のような形状と青白い光の筋により神々しさが漂っていた。
よく見ると、台座の上に小さな光の玉が見える。光の筋と同じ青白く光る玉だ。
どうやら光の筋はこの玉に集まっているらしく、光の動きに合わせて脈動している。
それ以外は何も見えない、本来見えるはずの自分の体すらも。
俺は今、どういう状況なんだ? 全然、分からん。
……いや、俺の状況よりもあの玉が気になる。もうちょっと、よく見えないかな?
そう思ったら――
うおっ! いきなり近付いて来た。近付いて来たというより、俺が近付いた?
箱じゃなくて部屋だったのか。さっきまで小さくて、よく見えなかった光の玉が目の前にある。
どうやら俺は、さっきまで見ていた部屋の中にいるらしい。
見えない足で立っている。床に触れている感触は無いけど。
こうして見ると、台座は胸の高さまであり、光の玉はソフトボールほどの大きさだ。台座の大きさに対して玉はかなり小さい。
〈核に接触してください〉
さっきの声だ。もしかして核ってこれのことか?
俺は見えない自分の手で光の玉に触れてみた。
〈核との接触を確認、同期を開始。STEP1へ移行〉
STEP1? そういえば、最初にチュートリアルとか言ってたな。なんのチュートリアルだ?
俺はさっきまでの動揺が嘘のように落ち着いていた。
理解不能な状況を受け入れつつあるみたいだ。
もしかしたら一周回って冷静になれたのかもしれない。
〈STEP1:ダンジョンについて理解〉
ん? ダンジョン? 何のことだ?
〈ダンジョンである貴方は自らを成長、強化し存在を維持することが目的です。そのために、自身を理解しなければなりません〉
なんか、さらに変なことを言い出したぞ……。
俺がダンジョン? ダンジョンって、なれるものか?
というか、さっきまでと違って、えらく流暢に喋りだしたな。
〈核との同期が進行したため、情報伝達が円滑となりました〉
ん? 俺の思ったことに反応してる?
〈肯定。同期により貴方の自我と核の情報伝達経路が構築され、無意識下での情報交換が可能となりました。〉
何言ってんのかよく分からんが、意志の疎通ができるなら取りあえず……。
(あんた誰だ?)
〈核に組み込まれた意志決定支援システムです。貴方の行動を支援するために存在しています。〉
(意志決定支援システム? 目の前のこの玉が、あんたなのか?)
〈否定。核の一部です。〉
(俺がダンジョンって、どういうことだ?)
〈ダンジョンについて、情報の共有を開始します〉
声がそう告げた直後、俺の中に膨大な情報が流れ込んでくる。
うおお……なんだ今のは……。
頭の中が内側から膨張した気がしたぞ。
しかし、今のでダンジョンについて朧気ながら分かってきた。
俺は頭の中に入ってきた情報を整理してみる――
名称:なし
種族:不定形、ダンジョン
核耐久力:10000 DP:10000 同期率:10% 階層:1/1 部屋:1/2
スキル:生成、収納、分解、解析、鑑定、創造、付与、思念波
ユニークスキル:同期、化身
加護:女神の加護
俺のステータスみたいだが……
名前が無い? いや、あるだろ。俺の名前って……。
ん? あれ?
自分の名前を思い出そうとしたが、出てこない!
記憶の中の名前に関係する部分がごっそり抜け落ちたようだ。全く思い出せない。
名前が分からないことが、こんなに不安になるとは……。
とにかく、続きを整理しよう。
種族がダンジョンって、俺のことだよな。つまり、俺=ダンジョン。うーん、今一つ納得がいかん。
核耐久力、これが0になると俺は死ぬらしい。
DP、これを使ってダンジョンを拡張したりする。他にもあらゆる物――なんと生物も含まれている――を創造する時に使うようだ。ダンジョン内の不思議の素ということらしい。
あと、階層と部屋はそのまま階層と部屋の数だな。
スキル
生成:ダンジョンの拡張、縮小、変質、外界との接続、または接続を解除する。
収納:ダンジョン内の物質を異次元へ収納、または取り出す。
分解:収納した物質を分解し、素材またはDPに変換する。
解析:分解した物質を解析し、情報として吸収する。
鑑定:目視により、対象の情報を読み取る。解析のような情報の吸収はできない。
創造:保有する情報を元に復元、統合し物質および生物の創造を行う。成功率は核との同期率、スキル保有者の創造力に依存する。
付与:創造した物質、生物に適合可能な能力を付与する。
思念波:認識可能な対象に思念を送る。
ユニークスキル
同期:自我と核との同期を行う。同期率によりダンジョンの能力が変動する。
化身:化身を創造し、自我を憑依させる。
加護
女神の加護:女神の加護を得る
……なんじゃこりゃ。スキルって何だ? いや、自分がこの能力を使えるようになったのは頭では分かっているけど、ラインナップが凄すぎないか? こんなもん俺に扱いきれるか!
それに、女神の加護って何だ? 俺のこの状況に女神とやらが関係してるのか?
ますます意味が分からん。
〈情報の共有を完了。STEP2へ移行〉
(勝手に話を進めるなよ!)
〈STEP2:『生成』を行い、部屋と通路を作成し、この部屋と繋げてください〉
あれ? 無視された?
しかたない、言われたとおり『生成』しよう……って、できるのは分かるけど、やり方は分からんぞ。
(具体的にはどうするんだ?)
〈イメージしてください。イメージすることでスキルの発動が可能です〉
イメージ? 想像すればいいのか? とりあえず、やってみよう。
えーっと、最初に見えた景色を思い浮かべて……。
おっ、今いる部屋が頭の中に浮かんできた。改めて見てみると、丸い部屋だったんだな。
それじゃあ、その横、ちょっと離れた所に四角い、この部屋と同じぐらいの大きさの部屋をイメージしてみよう……。
……
! 部屋ができたのが頭の中に見える! こういうことか!
しかし、体の中の何かが減った気がしたんだけど……?
〈『生成』により、DPを1000消費しています。以降、量的情報を数値として認識可能とします〉
そんなこともできるのか? まあ、分かるに越したことはないな、任せてみよう。
次は通路をイメージする。
イメージすると、すぐに部屋と部屋が繋がったのが分かった。感覚だけではなく、部屋の壁の一部が消えて四角い穴が空いたのだ。この穴の向こうは、さっき『生成』した部屋なのだろう。
通路の大きさは、人が二人並んで歩ける大きさをイメージしてみたが、イメージどおりにできたみたいだ。
DPも言われたとおり、消費が数値で分かった。通路だと、DPを100消費していた。
(おお……。 意外と上手くいったぞ。これでいいんだよな?)
〈外部と接続を行います。先程『生成』した部屋に繋がる入口をイメージしてください〉
また無視された。まあ、いいけど…。
(外部って外だよな? どこに繋がるんだ? それぐらい教えてくれ)
〈危険の少ない地域を検索し、自動で接続します。〉
危険ってなんだ? 日本じゃないのか? いや、こんな超常現象が起きてるんだ。地球かどうかも怪しい。
どうしようもないし、取りあえず入口をイメージ……。難しいな。
ぬうう……。
〈外部と接続が完了〉
その瞬間、部屋の中の空気が変わった……。
いや、空気じゃないかも。だって、俺、息してないから。
今さらだけど、今気付いた。
うーん……手足は見えないし、触れたりする感触もない。とんでもない能力が身に付いてるし、うすうす感じてたんだけど……。
息をしてないのに、まったく苦しくない。
これは、もうアレだよな。アレに違いない。俺もラノベ読むし、もし自分がそうなったら、って妄想することもあったよ? しかし、実際に自分に起きるとなると……。
いや、まだ確定じゃない。確定じゃなければ外れることもある。
今の状況で当たった方がいいのか、外れた方がいいのか分からないけど……確認しないと駄目だよな。
めちゃくちゃ怖いけど……。
〈『生成』が完了。STEP3へ――〉
(ちょっと待ってくれ! これだけは教えてくれ!)
……
(俺って、転生してる?)
〈肯定。貴方はダンジョンに転生しています〉
……確定でした。