幕間 ―コテツ編 人の情、震える心―
今回の幕間は157話と158話の間、マスターが寝ている間に起きた物語です。
「おはようノアちゃん、マスターは起きたかニャ?」
オイラは部屋にいたスライム、ノアちゃんに声を掛けたニャ。
ここ最近のオイラの日課は、マスターのダンジョンに足を運ぶこと。毎朝、マスターの部屋で確認することがあるんだニャ。
今日も今日とて、オイラは日が昇ったのを確認してからマスターの部屋にやってきたというわけなんだニャ。
「コテツさん、おはようございます。マスターはまだ……」
ノアちゃんはスライムだけど、今までの付き合いもあってオイラにも表情みたいなものが分かるようになってきたニャ。まあ、今は表情を探るまでもなく声色から申し訳なさが溢れてるけどニャ。
そんなノアちゃんに体半分を包み込まれている一人のコボルト……じゃなかった。クーシーだったかニャ。
とにかく、ノアちゃんにくるまれるようにして眠っているのがマスター、オイラの目的の人物ニャ。オイラの一日は、マスターが起きたかどうかを確認することから始まるんだニャ。だけど……。
「もう三日かニャ……」
「はい、三日前に帰ってきてからマスターは眠ったままです」
マスターが寝たきりになったきっかけは、リンクスの街での一件。冒険者のアルカナちゃんを助けに向かったマスターは、アルカナちゃんを連れ帰ったところで倒れ込んだらしいんだニャ。
それから今に至るまで、マスターは一度も起きること無く眠りに就いているとのことニャ。
「すみません、コテツさん。マスターに用事があるんですよね?」
「いやいや、気にしないでニャ。オイラの用事よりもマスターの方が心配ニャ。オイラにできることがあったら何でも言ってニャ」
ノアちゃん、マスターのことが心配なはずなのに、オイラにまで気をかけてくれるなんて本当に良い子ニャ。
オイラだって勿論、マスターのことは心配してるニャ。だけど、マスターはオイラの予想の範疇に収まる人じゃないからニャ、オイラの心配なんか関係無く復活してくれると信じてるニャ。
とは言っても、いつ起きるかも分からないのは困ったものだニャ……。
「どうするかニャ……やっぱり待つしかないのかニャ……」
部屋を出たオイラは、ため息混じりに本音をこぼしてしまったニャ。
(おおう? 何や、しけた顔してるやんかコテっちゃん。どうかしたんか?)
「あっ、フロゲルさん」
俯いてたせいで気が付かなかったけど、オイラの目の前にはフロゲルさんが立っていたニャ。フロゲルさんもマスターの様子を見に来たのかニャ?
(そんなとこや。けど、まだ寝てるんやろ? あいつ)
「起きる気配無いニャ。声を掛けて起きてくれるなら、とっくにそうしてるんだけどニャ……」
(こればっかりはそうしようもないからな。単純に疲れて寝てるわけちゃうみたいやし、ワシらには待つしかないやろ。まあ、別に急ぎの用事があるわけちゃうしな……って、コテっちゃんにはあるみたいやな)
フロゲルさんにはさっきのオイラの本音が聞かれてたのかニャ? ……じゃないニャ。フロゲルさんは人の考えてることが分かるらしいから、きっとオイラの考えてることも分かってるニャ。
こうなったら隠しても仕方が無いニャ。いっそのこと、フロゲルさんに相談してみるかニャ。
「実は……」
……
(ほうほう、なるほどなあ)
オイラは全部話したニャ。
オイラの悩みごとっていうのは、商人ギルドで働いている子供達を引き取る計画。オイラの子供時代みたいな、使い捨ての部品扱いされる子供達を助けるための計画なんだニャ。
そのために必要なのは、とにもかくにも金だニャ。
何て言っても相手は商人ギルド。損得勘定でしか動かない、血も涙も無い連中なんだニャ。おかげでオイラも何度死ぬかと思ったか……。
ともかく、ギルドと手っ取り早く話を纏めるには金がだニャ。
それも有無を言わせないほどの大金。現金じゃなくても、それだけの価値のある品物だったらギルドの連中は飛びつくはずだニャ。
言うまでもなく、これってかなりの荒業だニャ。
場合によっては商人ギルドに真っ向から歯向かうことにもなるかもしれない。流石に今度ばかりは、オイラの商人資格の剥奪だってあり得るけど……もう良いニャ。そうなったらそうなったで、最後に一発かましてやるニャ。
子供達の未来と引き換えなら、オイラの商人生命なんて安いものだニャ。
と、そこまで覚悟はできていたニャ。ギルドを黙らせるための品物も準備もしたし、後は決行するだけってところまで来たんだけど……。
(マスターはアルカナちゃんを助けに行ったっちゅうわけやな)
「そうだニャ。オイラだって、アルカナちゃんの方が緊急なのは分かってたからニャ、マスターの判断に文句ないニャ。でも、そこから寝たきりになるなんて思わなかったニャ」
マスターのことだニャ。アルカナちゃんを救った後は、ギルドの子供達もババッと救ってくれる……なんて思ってたけど、それは虫の良過ぎる話だったかもニャ。
「まあ、しょうがないニャ。マスターがいつ起きるのかも分からないし、オイラがワガママ言える状況じゃないのは重々承知してるニャ。ギルドの子供達には申し訳ないけど――」
(待てやコテツ)
な、何だニャ? フロゲルさん、真剣な顔してオイラの顔を見てるニャ。
(マスターがリンクス? 他所で無茶したってのはワシも聞いとる。なんや、大変な目に遭ったんやろ。無茶が祟って寝たままになったことは確かにしょうがないわな。せやけど――)
「ニャ!?」
フロゲルさん、いきなりオイラの肩を鷲掴みにしたニャ。
オイラ、殴られるのかと思ってビックリしたニャ。
(その子供らを助けてやれるのはコテっちゃんしかおらんのやろ? なんで、何もせんうちに諦めるんや。迷ってフラフラするぐらいやったら動かんかい。お前にはマスターしか頼れる相手がおらんのか?)
「フ、フロゲルさん……」
確かにそうニャ。オイラ、商人じゃなくなっても良いぐらいの覚悟があるのに、マスターがいないだけで尻込みするなんて情けない話だニャ。自分のことながら、覚悟が聞いて呆れるニャ!
(目は覚めたか?)
オイラを見つめるフロゲルさんの目は、いつのまにか優しいものになっていたニャ。
「ありがとう、フロゲルさん! オイラ、ばっちり目が覚めたニャ! こうなったら、とことんやってやるニャ! まずは協力してくれる人を探して――」
(おうおう、その意気や! んでな、乗りかかった船ってやつや。ワシにも一枚噛ませろ。マスターの代わりに街に繰り出すやつ探したる。どうや? ワシに任せてみいひんか?)
それはありがたい話だニャ……!
フロゲルさん、オイラの目を覚まさせてくれただけじゃなくて協力まで申し出てくれたニャ。こんなの、断る理由なんて無いニャ!
(泣くなや、コテっちゃん。ワシらの仲やろが)
「……泣いてないニャ。ちょっと目から汗が出ただけニャ。そんなのより、フロゲルさんに聞いてほしいことがあるニャ」
オイラ、この一瞬で自分でも信じられないぐらい頭が冴え渡った感じがするニャ。
今できてる準備の状況、カラカルまでの旅程、オイラが取るべき行動、フロゲルさんにお願いすること……頭の中でいっぺんに組み立てられたニャ。
それをフロゲルさんに説明すると。
(ええでぇ! コテっちゃんも一皮剥けたんやな! 若いもんが成長する瞬間ってのはおもろいわ! 何度見てもええ!)
なんて言いながら、オイラの背中をバシバシ叩くフロゲルさん。体格差があるから、オイラにはちょっと強過ぎるニャ……。
でも、そういうものなのかニャ? オイラの中で何かが成長してるなんて……。
(そう思え。スキルですら、願えば使い手に答えてくれるんや。コテっちゃんが願えば、どこまでも成長できる。自分の可能性を信じろ)
「そうかニャ? ……うん、分かったニャ!」
オイラが成長すれば、オイラなりに人の役に立てることもあるはずニャ。そう思ったら、フロゲルさんの言葉は信じずにはいられないニャ。
(よっしゃ! じゃあ、動くか!)
「お願いするニャ! オイラ、すぐに荷物の準備に取り掛かるニャ! 集合場所はカラカルに一番近い、グラティアの広場。マスターのダンジョン入口前に集合するニャ!」