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第176話 始まりの場所から


 ビークは俺に思いの丈を打ち明けると、心のつかえが取れたらしく。


「なんか、一気に疲れが出てきた気がするッス。今日のところは寝させてもらうッスけど良いッスか?」

「ああ、好きなだけ寝ろ。マックスに話をしに行くのも、お前が好きなタイミングで良いからな。じゃあ、おやすみ」


 と、素直に寝るよう言っておいた。


 ひとまず、ビークの件は大丈夫そうだ。なら、俺は俺のことに従事するとしよう。

 フロゲルに見栄を切った以上、ある程度の形にはしておかないと。


 ……


「で、今からそれを実行に移すと言うわけですか」


 俺の隣で怪訝な顔をしているのはマックスだ。


 別に俺が呼び付けたわけじゃない。もともとはこっそり計画を実行して、後で皆に説明しようとしていた。

 そこに鉢合わせたのがマックスだ。俺がダンジョンにいる頃合いを見計らって、わざわざ会いに来てくれたというわけなのだが……ちょっとタイミングが悪かったかな?


 とはいえ、せっかく訪ねてくれたのだ。こっそりとは言っても、お引き取り願ってまで隠すものでもないので、説明もそこそこに立ち会ってもらうことにした。


「むぅ、しかしこのような形で平原に足を踏み入れることになるとは」

「ああ、マックスは初めてか。ここがドゥマン平原で俺達が初めて訪れた場所……ってところかな?」

「そうですね。ボクとコノアが転がり回った痕跡もうっすらですけど残ってます」


 視界に広がるのは一面の草原。地平線の向こうには、ヘルブストの森の木々が見え隠れしている。


 日がまだ登り切らないうちに俺とノア、マックスの三名が訪れたのはドゥマン平原の北端。俺のダンジョンが初めて接続された場所だ。


「なるほど……ヴェルトの壁も噂に違わず見事なまでの絶壁ですな。それに、地を横切るように果てが見えない」


 初めて見る景色を前にして、マックスは興味津々といった様子だな。しかし、俺はマックスを感動させるためにここまで足を運んだわけじゃない。当初の予定どおり、計画を実行に移すとしよう。


(あー、テステス。違和感は……無し。『思念波』は問題無く使えてるな?)

「大丈夫、俺にも届いてる。ノアとマックスは?」 

「む、聞こえております」

「以前のマスターと変わりありません」


 うん、成功だ。『並列思考』の俺でも、ちゃんとスキルは発動している。


 『思念波』を使ったのは柴犬の『化身(アバター)』の俺。普通に声を発したのは、いつものクーシーの『化身(アバター)』の俺。今、この場には柴犬とクーシー、一人と一匹の俺がいるのだ。


 どちらが偽物というものでもない。どっちも本物の俺だ。『並列思考』のおかげで、記憶も意識も滞り無く共有することができている。夜通し試行錯誤した甲斐あって、寸分違わぬ俺を再現することに成功したのだ。


 とは言っても、感覚的にはクーシーの方がメインで、犬がサブって感じかな。あくまで感覚的にだけど。


「しかし、マックスは驚かなかったな。エントランスで会った時も、さも当然みたいな感じだったし」

「マスター様のなさることですからな。新たな姿で現れたとしても、そうは驚きません。以前見せていた姿ならなおさらです」

 

 うーん……森の獣人達って、俺のやることに慣れてきてるせいか反応が薄くなっている気がするな。もうちょっと良い反応を期待してたのに、ちょっと残念だ。


「しかし、わざわざ身を二つに分けてまで何を行うというのです? それも、ドゥマン平原の片隅に足を運んでまで」

「ああ、それは」

(犬の姿の俺で、テンプルムに行ってみようかと思ってな)

「「テンプルム!?」」


 マックスとノアの驚く声が見事にハモった。


 今の今まで誰にも言ってなかったからな。二人とも、流石にこっちには驚いたようだ。


「マックスにはまだ話してなかったっけ? 昨日の会合のこと」

「ええ、まあ……詳細はまだですが。まさか、その中にこのことが?」

「いやいや無い無い。これは俺の独断によるものだよ。詳しいことは、ノア」

「あ、はい。これですね」


 珍しく固まったままのノアも、俺の言葉で平静を取り戻したようだ。昨日の会合の議事録を『収納』から取り出してマックスに渡してくれた。


 マックスが議事録に目を通している間にも、俺は言葉を続けている。


「昨日も色々話をしていたんだけどさ、ヤパンで起きた事件ってまだ解決の糸口は見えてないんだ。んで、黒幕が何処にいるかも見当が付いていない。ヤパンにいるとも限らん状態だ」

「そうですけど、テンプルムにいるとも限らないのでは?」


 ノアの意見も至極当然、俺だって何の確証も無い。


「ヤパンに黒幕がいて、それをオセロット男爵達が見つけてくれるならそれで良い。けど、ヤパンにいなかったらいつまで経っても後手に回る。カラカルとリンクスの位置と騒動の規模、それを考えたら北に位置するテンプルムに黒幕がいる可能性もゼロじゃないと思うんだ」


 最悪、テンプルムそのものが黒幕かもしれない。あくまで可能性の一つだけど。


「まあ、テンプルム自体、何の情報も無いからな。俺の考え過ぎかもしれん」

(だけど、可能性を否定するためにも確認する必要はある)

「しかし、マスター様自らとは……危険過ぎませぬか? テンプルムの話はマスター様もご存知でしょう?」


 マックスが食い下がる理由も分かっている。

 

 人間至上主義国家テンプルム、人間以外の種族を悪と断じて問答無用に攻撃を仕掛けてくる国。隣国に当たるヤパンへは、獣人を擁するという理由で幾度となく損害を与えてきたという。それは獣人だけに限らず、生活をともにする人間に対しても。


「だから俺が行くんだよ。獣人だと問答無用に攻撃対象だ。魔獣も多分、同じだろ」

(その点、犬ならどうだ? こんな可愛らしい犬をいきなり攻撃しようなんてやつはいないと思うぞ?)


 おい、犬の俺。あざとく尻尾振るな。

 これが俺だと思うと、なんか悲しくなる。


「むぅ……ですが、人間の誰かに協力してもらうなどの方法もあるのではありませんか? 近々、冒険者と呼ばれる者達が訪れることは私も聞き及んでいます。その者達にでも――」

「いや、それは駄目だ」


 冒険者に依頼する。俺もちょっとは考えたよ、本当にちょっとだけな。


 しかし、テンプルムという国は本当に得体の知れない国だ。

 カラカルで見せてもらった地図にも正確な場所は明記されていない。国境と思しき線引きしかなされていなかった。国があるというだけで、全くの未知の領域なのだ。


 何処に向かえば良いのか分からん旅路で、正体がバレれば国を上げて追い立ててくる。そんな依頼、出せるわけないだろう。


 出せばきっと、あいつが受けようとする。アルカナなら、笑顔で「行ってくる」と言いそうなのだ。

 それだけは嫌だ。そうなるぐらいなら、皆から非難されてでも俺が行く。


「マックス……そんな顔すんなよ。俺だから気楽なんだ。俺だったら、逃げも隠れも自由自在。『危険察知』でそれなりの脅威も事前に分かる。何より、入手した情報を直で受け取れるってのが大きい。テンプルムがヤバイって分かったら、すぐに対応取れるからな」


 万が一、テンプルムを脱出できない事態になったとしても、犬の『化身(アバター)』を放棄すれば済むことだ。


 『並列思考』を組み合わせたのもそれが理由。『化身(アバター)』と一緒に、意識まで身動きできなくなったら目も当てられん。今の俺が想定できる限りの準備をしての発案なのだ。


 まあ、実装が間に合ってない部分もあるが、それはこれから準備するとして。


「やれやれですな。私が何を言っても、マスター様の決心は変わらないのでしょう?」

「まあな」

「では、思う存分やって頂きたい。そして成果を。私が言うまでもないことでしょうが」


 ニヤリと笑うマックスにつられて、俺も思わずニヤリとしてしまった。だけど、その笑みが俺にとって何よりのエールだ。


(よし! じゃあ行ってくる!)

「ご武運を!」

「お気を付けて!」


 犬らしく、元気いっぱいに駆け出す俺の片割れ。その小さな背中は、すぐに平原の景色と同化していった。


 さて、わざわざ二手に別れたんだ。あっちのことははあっちの俺に任せるとして、こっちはこっちでやることが山のようにある。だけど、その前に。


「飯だ、飯! 帰って飯にしよう!」


 英気を養うためにも、朝食はしっかり取らないとな!



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