第173話 まずは人事交流から
うーむ……こんなはずじゃなかったのに……。
俺も確かに森の獣人とヤパンが交流を持つことを望んでいた。森を出た理由の一つでもあったんだしな。森を出ることに抵抗を感じている獣人達の先駆けになれれば良いと思っていたのだ。
それは旅人が新たな道を開拓するようなものであって、決してリーダーみたいなものとしてではない。ないのだが……。
「マスター……いや、マスター殿と呼ぶべきかな? 森の獣人を束ねる者なのだろう、君は」
領主は完全に、俺がコボルトとトードマンを束ねる首領か何かという体で話をしようとしている。
そして、それを肯定するように頷くソフィ。その隣のフロゲルは……俺の考えを分かっているからか、ニヤついてこっちを見ているだけ。もとより期待していないが、助け舟はなさそうだ。
「えーっと……何と言うか……」
くそ……いくら思考を加速させようと、上手い言い訳が思いつかん。
どちらかと言うと、ここで「そうです」って答える方が簡単なのだ。実際に束ねてる……って言うと語弊があるが、似たようなことをしてきたからな。
しかしながら、俺がやってきたことはどちらかと言えば治安維持。付け加えると、物資の提供や人材の提供が主だったもの。治めるといった行為じゃない。
領主が言う『束ねる』は、俺を指す言葉としては少しばかり意味合いが違うのだ。
「確かに私はコボルトとトードマンを守るという約束をしています。だけど、支配するとか言うんじゃなくて……その……」
「フフ、分かっている。束ねているのではなく、お互いに寄り添って生きる共同体。そういった関係なのだろう? 君達は」
えっ? まあ、そうなのか……な? うん、多分そんな感じだ。
「私としては、マスター様がコボルトを率いて頂けるなら本望です。マックスも首を縦に振ることでしょう」
「おいおいソフィ……話を蒸し返さないでくれって。俺がそういうのが苦手なの、十分分かってるだろ」
「ええ、ですからマスター様のご意見を伺いたいのです。我々の代表としてヤパンと交わりを持つおつもりなのか、それとも代表の一人としての立場を取るのかを」
んんん? えっと……前者と後者で微妙に違う……のか?
前者の場合は俺が代表、つまり頭首としての立場を俺自身が肯定するようなものだろうな。これは考えるまでもなく却下。できないってのが分かっててやるなんて、恥知らずにも程があるってものだ。
そして後者か。代表の一人ってことは、俺以外にも代表がいて他の代表と頭を並べる感じなんだろうな。で、他の代表というと――
(おう、ワシや。トードマンの代表はな。そんで、コボルトはマックス。分かりやすいやろ?)
「ああ、うん。今までとそんなに変わらないな。でもそれじゃあ、俺は何の代表?」
「何を訳の分からないことを言っておられるのですか? マスター様にも率いておられるというのに……」
おお、そうだった。俺には眷属達がいた。じゃあ、コボルトとトードマン、ダンジョンからの代表ってことか。
そうなると、俺が全部の代表じゃないってことで負荷は軽減される。ダンジョンに関しては俺が責任を持って然るべきなのだ。そこまで拒否するつもりは毛頭無い。ともすれば、俺が取るべき立場は決まった。
「代表の一人としてなら……大丈夫だな」
正直、何がどう大丈夫かは分からんが、これ以上譲歩できそうもないのだ。ここいらで手を打った方が良いだろう。
(まあ、お前にそこまでのことはさせへんから難しく考えんでええって)
「というと?」
(細かいことはワシらで決めるから、お前は確認してくれればええ。気に入らんことは遠慮せんで拒否すればええっちゅう話や)
「勿論、マスター様に関係することは私達の一存では決めません。私達で決めるのは獣人のこと、マスター様のことはマスター様に決めて頂くということになります」
「なるほど」
何か、最終決定権が俺にあるような気がしないでもないが……まあ良いか。俺が望んでいる形になったようなものだしな。
「ふむ、話は纏まったようだな」
「あ、すみません」
「構わんよ。それでだな、君がいない間にコボルトとトードマンとの取り決めは概ね済んでいる。先に言ったように君に確認してもらいたいのだよ」
そう言うと、領主は一枚の紙をテーブルに置いた。
「メモ書きのようなもので申し訳ないが、見てもらえるかね?」
「はい。ええっと……」
そこに記されていたのは、コボルトとトードマンが領主との間で交わされる予定の協定。今言われたばかりのように、俺の確認と承諾をもって決定とするのだろう。
ともあれ、俺は記載された文面に目を通していく。
コボルトの技術者の派遣に交易の拡大か。コボルトの技術の高さに注目してくれている内容で何よりだ。それに併せて、交易路の整備なんかもあるのか……ん?
「この、トードマンの派遣っていうのは?」
(おお、それな。トードマンの『水魔術』が目的なんや)
「ふむ。実のところ、カラカルには『水魔術』の使い手というのは多くなくてね。『水魔術』に長けた者というのはなかなかに貴重なのだよ。伝授は無理にしても、常在してもらえれば干ばつや水害時に対処してもらえる。そういった観点からだ」
なるほど。カラカルは農業が主だった産業だしな。水の扱いに長けた種族っていうのは、何かとありがたい存在なのかもしれない。
「その代わりではないが、カラカルからは商人の派出となっている。先遣隊とも言える第一陣は流石に少数だがね。まあ、移住が上手くいくようなら希望者も増えるだろう」
うん、確かに書いてあるな。それに加えて……商人ギルドの支所と冒険者ギルドの支所を設置?
「ヤパンに合わせてもらう形で申し訳なくもあるがね。設置してもらえると、後々の擦り合わせが円滑に行くのだよ」
んー……それって良いのかな? 俺じゃあ判断しかねるぞ。と思い、ソフィとフロゲルに目を向けるが。
「本格的に交易をするつもりならば、そういった機関も必要でしょう」
(なかなかよくできた仕組みらしいやんか。好き勝手せんように目を見張らせてたら問題ないやろ)
「じゃあ良いか。俺が拒否する理由は特に無いし。でも、ギルドの職員ってどうするんだろ。獣人から出すのか?」
「フフ、それも書いてあるだろう。続きを読み給え」
ええっと……商人ギルドの職員は……今回引き取ったケットシーの子供達に……おお! 商人ギルドで受付をしてくれたネルさんか!
「本人の希望でもあってね。子供達のことを気にかけて名乗りを上げてくれたのだ。まあ、他にも理由はあるがね」
(終わり良ければ全て良しやろ)
「本当に……物怖じしない方で助かりました」
色々って何だ? フロゲルが何かしでかしたのか? まあ、聞いたら長くなりそうだし、スルーしておこう。
それはともかく、顔見知りなら俺としても安心だ。支所ができたら、子供達の様子を見るのも含めてちょくちょく顔を出してみようかな。
で、冒険者ギルドの方は……って、あれ?
「アルカナの名前があるぞ」
「うん、そうだよ。私が森の冒険者ギルドの職員を務める予定なんだ」
マジか? いや、マジなのは分かるけど、アルカナが冒険者ギルドの職員なんてピンと来ないぞ。受付嬢はできなくもないだろうけど、じっとしてる姿は全く想像できん。他に名前は無いようだし……アルカナ一人で大丈夫なのか?
「大丈夫大丈夫。冒険者自体いないからね。そのうち増えるかもしれない冒険者達の受け入れ体制を作るぐらいだよ。でも、コボルトやトードマンの中で冒険者になりたいって人がいたら、その手続きをしないといけないから……マスター君と遊んでる暇は無いかもね」
何だそりゃ、俺がいつもアルカナと遊んでるみたいに言うなよな。