第172話 指名手配
(何で教えてくれなかったんだよ)
俺はアルカナに『思念波』で問い掛けた。
リンクス公爵が失踪したなんて重要なこと、教えてくれるタイミングはいくらでもあっただろうに……。
(そこはほら……リンクスじゃあ聞き耳を立てられてて、詳しい話なんかできる雰囲気じゃなかったでしょ? どうせここでその話になるんだし、まあ良いかなって)
(何だそりゃ)
良くないっての。あの時に聞いていれば、俺にだってできることの一つや二つ……無いな、うん。
「ふむ、内緒話はそれぐらいにしてもらっても良いかな? おおかた、アルカナが教えてくれなかったことを責めてるのだろうが、それは後だ」
ぬぅ……『思念波』がバレてた。領主に教えた覚えが無いんだけど……。今度からは気を付けた方が良さそうだ。
ともあれ、俺が頭を下げて謝ったところで、領主は再び口を開いた。公爵が失踪した経緯について、改めて話をしてくれるようだ。
「さて、もう一度言うがリンクス公爵は失踪した。最後に確認されたのは騒動が起きた日の夕刻だったな?」
そう言うと、領主はアルカナに目を向けた。
「はい、正確には騒動の最中。使用人の話では、屋敷に大きな振動が起きた直後に公爵の様子が一変したとのことです。取り乱した様子の公爵が執務室から飛び出したところを最後に、姿が確認されていません」
振動……レギオンが活動を開始した時のか。
公爵の屋敷の地下、儀式の部屋そのものがレギオンの体だったのだ。壁や天井から剥離する時に振動がしないわけがない。
しかも、レギオンは移動の際に構造物を破壊することに躊躇する様子は無かったしな。
地下通路のみならず、外と繋がる祠は木っ端微塵。全てとはいかなくとも、かなりの振動や音が屋敷に伝わったことだろう。
そんな騒ぎを感じた公爵が取る行動といえば……確認に向かったのだろうな。地下の、妻子の安否の確認に。
そう考えたのは俺だけじゃなく、アルカナも同じだったようだ。
「私は、公爵の行方が分からないと聞いてすぐに向かいました。地下で行われていた儀式の部屋へ。しかし、そこは完全に埋没してしまっており、人が隠れることができる状態ではありません。地下へ向かう通路も同様です」
あれ? 当てが外れてしまった。それじゃあ、公爵は一体何処に……。
地下に向かう以外に行く先ってあるのか? それとも、向かうには向かったとして、その途中で何かあったとか? ……分からん。
「ふむ、マスターも思うところはあるだろう。我々も公爵の捜索は行っているのだ。今のところは、領民に混乱を及ぼさないよう表立ってはいないがね。そして、じきにヤパンからの沙汰も下る。本格的な捜索はそれをからだ」
まあ、俺が寝ている間に領主達が動いていないわけが無いか。
墓地の方から感じた気配も、領主の言う、捜索にあたっていた人達なのかもしれない。改めて確認するほどのことでもないけどな。それはさておき――
「沙汰というのは?」
アトリアさんもそこが気になったらしい、領主に尋ねていた。
「アトリア殿には言い難いのですが、リンクス公爵は指名手配されることになるでしょう」
「カラカルとリンクス、どちらの騒動にも関係しておりながら行方知れずなのですからねぇ……」
「指名手配……」
そこまでするのか? いや、しないといけないか。
男爵の言うとおり、公爵はカラカルとリンクスの騒動における重要参考人。しかも、犯行に加担していることも明らかなのだ。指名手配をしてでも身柄を確保する必要があるのだろう。
さっき領主がアトリアさんを公爵夫人というのは失礼にあたるって言っていたのも、どうやら指名手配の話が関係しているらしい。
「公爵に与する者は拘束される可能性があります。公爵夫人ともなればなおのこと。とはいえ、貴女自身が公爵夫人と呼ばれることを拒まれているようですが」
「公的にも亡くなっておりますからなぁ。誰かが言いふらさなければ、全く問題は無いでしょう」
じゃあ、大丈夫だな。吹聴して回るような人物は、この場にいないだろうし。
むしろ、俺がうっかり口を滑らす可能性が高いぐらいだ。胸を張って言えたことじゃないけど。
「ともあれ、公爵が事件の鍵となっているのだ。身柄を確保するために手段を選んでいる場合でもない。アトリア殿にも、それだけは了承願いたい」
「はい、私も覚悟はできております。今のサルガスは、私の知るサルガスではないのでしょうから。これ以上、事態を悪化させないためにも、一刻も早くあの人の所在を明らかにするべきです。私にできることがあるのなら、協力を惜しむつもりはありません」
ううむ……てっきりショックを受けているのかと思ったんだけどな、アトリアさん……。
指名手配の話を領主に告げられた時、俯いて瞑目していたのだ。俺はそれを悲しみからの行動かと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
領主に宣言したアトリアさんの目は、悲しみなど微塵も感じさせないほどに強い光を湛えている。
そんなアトリアさんに触発されたのか――
「私も、カラカルの事件だけでなくリンクスの調査にも乗り出す所存です。それが片付くまで私は任務を降りるつもりはありませんよ。付き合わされる部下達には、苦労を掛けることになりますがねぇ」
と、男爵まで誓い出した。この空気、俺も何か言った方が良いのか?
「ふむ、脇道に逸れることが多くなってしまったが、あらかた話は済んでいるな。時間も押しているのだ、この話についてはここまでにさせてもらうとしよう」
あらら……俺が人知れず狼狽えている間に、話が締めくくられてしまった。
ここまでの話というと、カラカルとリンクスでの騒動を振り返り、新しい情報として人造人間とリンクス公爵の過去に触れたんだったな。そこに、公爵が失踪したという事実……。
分かったことより、謎が大きくなった気がしないでもないか。
まあ、表立っての調査は領主と男爵に任せるとしよう。ヤパンの方で何かしらの手を打ってくれるなら、素人の俺が動くよりも調査は進展するだろうしな。
俺は俺で、他にも考えないといけないことが山積みなのだ。そっちに注力する方が建設的というものだろう。
……それは良いとして、今、『この話については』って言わなかった?
(おう、言ったで)
(フロゲル? ……それって、他にも話があるように聞こえるんだけど)
(あるな。ワシらにとっては、こっからが本題でもあるんや。気を抜くには早いで、マスター)
うーむ……訳が分からないが、フロゲルは何か知っているらしい。俺が疑問を口にするより先に、思念で答えてくれた。その思念に合わせて領主も続く。
「ふむ、ついでになってしまうのだがね。この場で、ヤパンと森の獣人達のこれからを話し合いたいのだよ。公的な交流の第一歩として」
「えっ?」
何それ、そんな重要な話を今からするのか? 全然聞いてないっての……!
そういうのってソフィとフロゲルはともかく、俺は場違いだろ。そもそも、何の準備もしてないし……。
……そうだ、マックスだ。あいつもいないんだから、後日改めてとかにしてもらえないかな?
(あかん。今日や、観念せえ)
「でも、マックスが……」
(やかましい。マックスのことはええんや、代わりにソフィさんがおるんやしな)
「そうですよ。コボルトの総意は既に決まっています。あとはマスター様の考えをお聞かせ頂かなければ」
なんてこった……ソフィとフロゲルがカラカルにいる理由って、本当はこれだったのか。