第170話 災いをもたらした者は
「それでは、彼らの処遇については引き続き私に任せてもらおう」
領主の言葉に、皆が一様に頷く。
人造人間に関する話の顛末として、リンクスから連行した三人はカラカルに拘留することに決定したのだ。
途中に出た案の一つとして、俺のダンジョンに幽閉するってのもあったんだけどな。しかし、それは難しいというものだ。
その理由は、俺の『思念波』にある。
俺の『思念波』は送信だけじゃない、受信もできる。すなわち、相手の思考が筒抜けになることもあるのだ。勿論、普段はそんな事故が起きないように『思念波』を多用していない。使っても、言葉を話せないトードマンが絡む時ぐらいかな。
そんな限られた状況であっても事故が皆無ではなかった。不慣れな者なら頻度はより高く。
となれば、即、死亡事故に繋がる人造人間をダンジョンで預かるというのは得策とは言い難い。結局、現状維持が無難と判断されたわけである。とはいえ……。
「万が一、敵対行動を取るのであればこちらで対処します。人造人間には分からないことが多いですから、何か秘密の能力があるかもしれません」
「その時はお願いせざるを得ないな。事が起きてから間に合うかは分からんがね」
領主はにこやかに言っているが、こっちとしては笑えないぞ。
うーん……俺の方で何か連絡手段を講じた方が良いかもしれん。
「さて、随分と逸れてしまったが、話を元に戻すとしよう」
おっと、考えごとは後回しだ。今は領主の話を聞かねば。
「ここまでの話で、カラカルの事件の背後では何者かの企みがあるということは理解して頂けたと思う。しかしながら、その何者かの正体については断定に至っていないというのが現状だ」
残念ながら、それは俺も同じ事。見当すら全く付いていない。
カラカルの騒動直後は、リンクス公爵を疑ってはいた。何と言っても、騒動と公爵を結び付ける証拠があったからな。
「数少ない情報として、商人ギルドに残された記録がある。魔窟の核なる代物、それを送りつけた人物がリンクス公爵であるという書類が。その情報を元に、私はリンクスに使いを送ることにしたのだ。公的には、私の用意した書簡を公爵の屋敷に送り届けるといったものの使いとしてね」
使いというのはアルカナのことだ。そのアルカナを追って俺はリンクスへ向かった。アルカナに危険が迫ったら助けに行くという約束を守るために。
……その約束は、アルカナが俺をリンクスに誘導するための方便だったのだが。
「ふむ、言い訳になるかもしれないが、私は使いが……アルカナが無茶をするとは思わなかった。私としては、書簡を受け取った際のリンクス側の反応の確認と、街の様子さえ探ってもらえれば十分だったのだよ。まさか、潜入までするとは思ってもみなかった」
そう言うと、領主は眉を潜めてアルカナを見ている。
当のアルカナはというと……流石にバツの悪そうな顔をしている。領主から言われれば、アルカナであっても反省するんだな。
っていうか、領主は怒ってるのか? どことなく拗ねてるように見えなくもない。
まあ、友人として俺にアルカナの救出を頼んできたぐらいなんだ。自分の責任にも感じていたみたいだし、リンクスでとったアルカナの行動を聞けば怒るというのも当然なのかもな。
「……まあ良い、その件については置いておく。今語るべき話でもないのでね。それよりも、アルカナが潜入して得た情報についてだ。だが、その前に……アトリア殿」
領主はアトリアさんの顔を真っ直ぐ見据えている。その意図は明らかだ。
これからの話はリンクス公爵に関わること。つまりはアトリアさんにとって聞いていて気分の良い話ではないはずなのだ。それを慮って、領主はアトリアさんの様子を窺ったようなのだが……アトリアさんもまた、強い眼差しをもって領主に応えていた。
「どのような話であっても、私には聞く義務があります。続けてください」
「……ふむ、分かりました」
アトリアさんの答えを受け、領主は大きく息を吸った。
「リンクス公爵は死体を集めていた。『神』と称する者に捧げる贄として。その目的は……」
「私とポーラを蘇らせるために、ですか?」
「……恐らくは。事実、アルカナとマスターは儀式なる場に足を運んだと聞いています。そこでは運び込んだ死体を使って、不死を生み出そうとしていたと」
今思い出しても、おぞましい光景だ。
死体で構成されていると思しき、肉の部屋に鎮座する台座と核に似た物体。それがアトリアさんとポーラだった。
いくら亡くなった家族を想ってのこととはいえ、人が行う行為とは到底思えない。
狂気の果てに蘇らされた人が幸福かどうか……それはアトリアさんの顔を見ればよく分かる。
怒りとも悲しみともつかない表情で領主の言葉に耳を傾けているのだ。その心中に渦巻く苦悶は察するに余りある。
「しかし、これはあくまで状況証拠による推測が含まれています。アルカナの報告では、発見された物的証拠は儀式の部屋そのものしか無いとのことですから。『神』に関しては公爵の言葉でしかなく、実在する人物なのかも分かっておりません」
『神』か……。正直、胡散臭い。
存在自体は今さら疑う気は無い。
俺にも女神の加護があるのだ。それが何よりの証拠と言えるだろう。
だが、人を凶行に導くのが『神』の所業なのかと言われると……どうだろ。人と善悪の観念が違うのであれば、理解に及ばない行為をするかもしれないか。
まあ、『神』が俺の思う女神とは別物だと確信はしているけどな。説明しろと言われると難しいが。
そんな事情もあって、俺は黙って首を傾げているばかりだ。自分の考えを証明できない以上は、他の皆の話を聞いてみたい。そう思っているのだが……それは皆も同様らしい。皆して一様に首を傾げている。
そんな状況を打ち破ったのは、オセロット男爵だった。
「うーん……私としては、不死を創る儀式を何処から仕入れたというのが気になりますな。いくらリンクス公爵が稀代の魔術師という一面があったとはいえ、自力で確立できるものでもありますまい。その『神』がもたらした技術と考えるのが妥当な線といったところでしょうが……」
リンクス公爵って魔術師でもあったのか? 領主で魔術師……意外といえば意外だ。
「オセロット男爵、失礼ですがそれは本当ですか? 私は公爵が魔術師だったということは初耳です」
領主も知らない情報らしい。これはこれで意外だな。
そんな俺の感想はさておき、男爵は領主の問いに答えている。
「ええ、そうなんですよ。アーシャ辺境伯が知らないのも無理ありませんな。昔のことですからねぇ」
「昔のこと……ですか?」
男爵の言葉に反応したのは、領主ではなくアトリアさんだ。口ぶりからすると、今もそうだと思っているようだが……?
「リンクス公爵は魔術からは手を引かれたのですよ。貴女とご息女を巻き込んだ事故の直後から」