第18話 ゴブリン迎撃 終結
新たな眷属、キバ――
名称:キバ
種族:魔獣・魔狼、ブラッドウルフ
称号:特殊個体、名付き、ダンジョンの眷属
生命力:261 筋力:233 体力:247 魔力:186 知性:94 敏捷:411 器用:145
スキル:直感、咬合力強化、生者判別、夜目、気配察知、持久力強化、統率
ユニークスキル:身体強化
――ブラッドウルフだ。
俺の中で最も素早いイメージがブラッドウルフだった。
俺にも予想外なことに能力値が高い。特に敏捷だ。
急げってイメージしたからか?
スキルは、咄嗟に『付与』もしておいたので『夜目』もバッチリだ。
俺はキバに遅れて外に出た。
「マスター殿! この狼が切り札というのか!?」
マックスが明らかに動揺している。
他のコボルト達も、ノアの時よりも驚愕しているようだ。
コボルトだけでなく、ゴブリンも動きを止めてキバを凝視している。
「い、一体……何処に、こんな巨大な狼が……?」
確かにキバは巨大だ。
ダンジョンの入口が小さく見える。恐らく、ヒグマよりでかい。
ブラッドウルフの特徴の紅い瞳、鬣のように生える真紅の毛並みは王者の風格を感じさせている。
口から覗く牙と、鋭く尖った爪もまた、血のような紅を纏っていた。
マックスが心配しているのは、中にいたコボルトのことだ。
巨大な狼と一緒にいて無事では無いと思ったのだろう。
(マックス、心配いらない。こいつ――キバは、たった今、俺が生み出した仲間だ。)
「たった今? いや、マスター殿なのだ。今さら疑う余地など無い! 皆の者、勝利は目前だ! 奮起せよ!」
おお! やっぱり凄いな。
動揺から鼓舞に切り換えるとか、なかなかできるものじゃないと思うぞ。
(キバ! 敵はゴブリンだ! コボルトに手を出すな!)
「御意!」
キバはゴブリンの群れに突っ込んでいく。ノアとは違った方法で敵を蹴散らしながら。
ある者は踏み潰され、ある者は爪に切り裂かれ、ある者は体に当たっただけで弾き飛ばされていく。
キバの狙いはホブゴブリンだ。
指示をしたわけでは無いが、キバ自身の判断で敵の頭を潰すことにしたようだ。
ノアに続き、キバも頼りになりそうだ。
コボルト達も最後の攻勢に移っている。気迫でゴブリンを圧倒している。
〈ノアの融合解除まで36秒〉
おっと、そろそろノアを引かさないと。
(ノア! 戻れ! キバと交代だ!)
「分かりました! マスター!」
ノアが真っ直ぐこっちへ向かってくる。
ノアは俺がキバを『創造』している間に、二体のホブゴブリンを始末してくれていた。
ノア一体で三体のホブゴブリン、あと何体だ?
ゴブリンの数は減ってきているが、攻撃を止める気配は無い。
コボルト達の疲労も溜まってきている。
マックスですら、息が荒くなっているのだ。
(ノア、分離後はコノアをダンジョンに戻せ。お前はまだやれるな?)
「勿論です!」
(よし! じゃあ、ノアには時間稼ぎを頼む。コボルトたちを援護してやってくれ)
「はい! 分かりました!」
返事とともに、ノアは分離を始めた。
ノアから離れたコノア達は、次々とダンジョンへ入っていく。
今のノアでもゴブリン程度じゃ、歯が立たないだろう。
ゴブリン諸君には申し訳無いが俺は小心者でね。
ダメ押しさせてもらおうか。
俺はコノアに混ざってダンジョンに戻る。
そして再びイメージする……。
キバと同じブラッドウルフを『創造』していく。
キバとは違い、強いイメージをしない。至って普通のブラッドウルフだ。
それでも俺の眷属だ。前に平原で出会った個体よりも数段強い。
あまりイメージに力を注いでいないためか、一体ごとに掛かる時間が短い。
『創造』した者から、順次戦場に向かわせる。
(キバ! お前の部下だ! 好きに使え!)
「ありがたく! 存分な働きを約束しましょう!」
キバって、武士みたいなタイプか?
それはさておき、『創造』したブラッドウルフは十体だ。
体格は普通のブラッドウルフよりも一回りでかい。
キバと違い、紅い毛が体全体をメッシュのように混ざって生えていた。
キバを含めて十一体のブラッドウルフが、ゴブリンの群れを蹂躙している。
十一体が揃うまでに、キバは四体のホブゴブリンを仕留めていた。
これで、七体。
ここまですれば、流石にゴブリンの統率は乱れている。
今では恐慌状態となって逃げ惑う個体が多い。
(マックス、一旦引け! ここはキバに任せて休め)
「……マスター殿、承知した」
コボルト達は次々とダンジョンに向かう。
マックスは最後まで戦場に残り、キバ達の一方的な狩りを遠目に見ている。
「勝敗は完全に決した、全てマスター殿のおかげだ」
(まだ終わってないぞ? 油断して反撃されても面白くないし、俺は外に残る。マックスは休めよ)
「まさか……先程も言った、我々の戦いだと。確かにマスター殿がいなければ全滅は確実だった。それでも戦いの終わりを見届けたいのだ」
(そうか……)
気が付けばマックスだけでなく、多くのコボルト達が、俺の周りで戦いの終わりを見守っていた。
彼らはどういう気持ちなのだろうか。
生き延びた喜びなのか、無力に対する悔しさなのか、その表情からは読み取ることができなかった。
そんなコボルト達と一緒に見ているのが、気恥ずかしくなってしまった俺は――
(ちょっと、行ってくるわ)
逃げるようにキバ達のもとへ向かった。
ゴブリンは、すっかり戦意を失っている。
結局、ホブゴブリンは十二体いたようだ。
最後のホブゴブリンを仕留めると、残ったゴブリンは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
それでも俺達は追撃を止めない。
もし、逃げたゴブリンが増援を呼んだら? 成長して復讐を企てたら? そんな思いが俺に追撃を止めさせなかった。
周囲のゴブリンを一掃する頃には日が昇り始めていた。
キバの『生者判別』にも反応が無いようだ。
近辺のゴブリンは全滅したということになる。
仕事を終えた俺達は、ダンジョンに戻ることにした。
ダンジョンの前ではコボルト達が全員揃って待っていた。
(終わった、ゴブリンは全て倒した)
俺の言葉で、ようやく自分達の勝利を実感したのだろう、辺りは歓喜の声で包まれた。
家族と抱き合い生きている喜びを噛み締めている者、両手を天に突き出し勝利の余韻に浸っている者など、反応は様々だ。
そんな中、俺に近付くコボルトがいた。
――ココだ。
「マスターさん……本当に、本当に終わったんですよね……?」
(ああ、終わった。何だ、お前? 泣いてんのか?)
ココは泣いていた。
涙どころか、鼻水など、顔から出せる液体全てを出す勢いだ。
そんなココが、俺にしがみ付いてくる。
うわっ、首筋に鼻水が……!
(ちょっ、お前、止めろって!)
「ひーん、だって、うぇぇうぅ……」
嗚咽で何言ってるか、分からん!
「マスター殿、ココは本当に感謝しているのだ」
ココの後ろに、いつの間にかマックスが立っていた。
戦闘中の勇ましさは既に消え、今は穏やかな表情をしている。
「昨日出会ったばかりの貴方に、ここまで助けてもらうことになるとは露にも思わなかった」
(俺だって、こんなことになるとは全く思わなかったぞ)
考えてみたら、ココに会ったのが二日前だ。
ブラッドウルフに襲われていたところを助けた。
そのココと一緒にここに来たのが昨日、俺の持っている食糧として蟻の蜜を分けてやった。
それで、そのまま日を跨いでゴブリンから助けた、と。
三日間で、また随分とイベントが立て込んだもんだ。
そのおかげか、今では新しい眷属のキバも仲間に加わったんだ。
むしろ、良かったかもな。
俺はキバに目を向けると、キバが尻尾を振りだした。
でかい狼が真顔で尻尾を振る姿はちょっと怖い。
キバの後ろには、十体のブラッドウルフが整列している。
「ココさん、そろそろマスターから離れてくれませんか?」
ノアがすぐ側に来ていた。
気のせいか、声に威圧感がある。
もしかして嫉妬していたりするのか?
「あ、ごべんなざい……」
鼻を啜りながらココが離れてくれたが、俺は見ていた。
ココの鼻と俺の頬を結ぶ、光る筋を! やりやがった……。
「しかし、マスター殿がこの地に訪れたことは、何かの運命だったのだろうか?」
運命? 確かに、この世界は俺の考えも及ばないような不思議なもので満ちているかもしれないけど……。
俺は、まだ鼻を啜っているココを見た。
(誰かの『強運』なのかもな?)
次回から話が進展する予定ですが、ダンジョンらしさは当分出ません。ダンジョンに強い拘りのある方には申し訳無いです……。
話の進展に合わせて幕間を投稿します。本編のサイドストーリー的なものなので、読み飛ばしていただいても支障はありませんが、予想外に長くなったので三話に分けました。投稿は12時、16時、20時を予定しています。




