第169話 ホムンクルスの命
応接室に神妙な空気が流れている。
この場にいる誰もが、領主の口から話を切り出されるのを待っているのだ。
当の領主は集まった面々の顔を見渡し、おもむろに口を開いた。
「では、私の方から話を始めさせて頂こう。とは言っても、今から行う話は情報の共有が主題となる。疑問に関しては逐一、質問してもらって構わない。そして、誤りがあるならば是正を。マスターとアトリア殿も、それでよろしいですか?」
なるほど、情報の共有か。それは願ったり叶ったりというやつだ。
現状として、かなり情報が錯綜しているからな。ここいらで整理してもらえると、俺としてもありがたい。
そしてそれはアトリアさんも同じこと。っていうか、アトリアさんにとっては俺以上に助かるのだろう。一も二もなく謝意を述べていた。
「ふむ、異論が無いようなので始めよう。まず、事の発端となるのが我がカラカルで起きた騒動だ」
カラカルの騒動とは、俺がこの街を訪れてまだ日が浅いうちに起きた事件。商人ギルドの依頼で、領主の屋敷に魔窟の核を運んだことがきっかけとなって起きてしまった騒動なのだ。
あの時は、俺とコテツで運んだ荷物が魔窟の核だとは夢にも思わなかった。しかし、言ってみれば俺が運んだおかげで、屋敷の敷地内だけで騒動が収まったとも言えるわけだが……犠牲者が出ている以上は、声高に言えたものでもない。
「一見すると既に解決したかに見える騒動ではあるのだが、裏には何者かの意志が蠢いている。主犯格であった、私の侍従であるパメラは人造人間と言われる種族。何者かによって創り出された存在だったのだ」
そう言うと、領主は俺達が囲むテーブルに一冊の手帳を置いた。これは――
「パメラの手記だ。これには騒動に対する彼女の胸中が書き記されている。中には、五年前に起きた私の両親の死に関わる記述もある。そこから鑑みるに、此度の騒動は何年も前から計画されていたものと推測されるのだよ」
確か、パメラの他に潜入していたラシードという人物の仕業と書かれていたんだったな。遺体は魔獣化していたとのことだったし、ラシードも人造人間だったのだろう。
「その、人造人間を創造したという者についての記述は無いのですか?」
アトリアさんの質問だ。
「ふむ。人造人間に施された作用なのだろう、残念ながら情報として活用できる記述は無かった」
そう言うと、領主は俺に顔を向けた。
俺に意見を求めてるのだろうな。確かに、俺にはそのことについて心当たりがある。
「パメラは死の間際に教えてくれました。魂の呪縛があるせいで、創造主の不利になることは話せないと。『鑑定』した時、パメラには『呪縛者』という称号がありました。恐らく、それが関係していると思います」
「ふむ。我々も身に覚えがある。マスターの言葉に間違いは無いだろう」
ん? 身に覚え? 何それ、初耳だ。
「身に覚えと言いますと?」
(あー……それな。ワシや)
フロゲルが? ますます分からん。何をどうしたって言うんだろうか。
「実は、オセロット男爵を襲撃した賊の中に人造人間が紛れていたのだよ。リーダー格の男、一人だけではあったのだがね」
賊って……平原の時のか。
しかし、あの時は俺も『鑑定』はしたのだ。それでも、人造人間なんていなかった。いたら気付くはずだしな。特に気に掛かるようなやつはいなかったと記憶している。
強いて言うなら、見るからに親分してたやつに『鼓舞』なんておあつらえ向きなスキルがあったっけ。多分、あの男が領主の言うリーダー格の男なのだろう。だったら、なおさら人造人間じゃなかった。俺の記憶には、ただの人間だったと残っているのだ。
「ふむ、マスターは『鑑定』ができるのだったな。疑問に思うのも無理はない」
「一見すると人間に見えてしまうからねぇ。私も初めてお目にかかったが、彼らは『鑑定』結果を誤魔化すスキル、『鑑定詐称』を持っていたんだよ。残念ながら、私の『鑑定』は誤魔化せなかったみたいだがねぇ」
『鑑定詐称』……そんなスキルもあるんだな。感覚的にはステータスのを擬態するってところか。俺みたいに見えたものを疑わない相手には有効なスキルとも言える。これは頭の片隅に記憶しておいたほうが良さそうだ。
「ともあれ、私達はあの時の君の言葉に従って、捕縛した賊を全員カラカルまで連行したんだよ。なかなかに骨が折れたが、アーシャ辺境伯の救援もあって何とかねぇ」
おおう……あの時の俺の思い付きの言葉か。律儀に守ってくれてたとは。
「……それで、そのリーダー格の男とフロゲルの間に何があったんですか?」
さっきからフロゲルがバツの悪そうな顔をしているのだ。結構なことをやらかしたに違いない。
「結論から言うと、男は死んでしまった。塵となってな」
「塵に……? それって――」
パメラと同じだ。
俺の腕の中で息を引き取ったパメラも、最期は塵となってしまったのだ。
だとしたら、人造人間の死後は塵になってしまうのか? ……いや、ラシードの遺体は残されていたのだ。何が作用しているのか分からんが、一概に人造人間だからというわけでもないのだろう。
「何が作用してか、見当を付けるのであれば恐らくは『呪縛者』。本人の意思に関わらず、情報を漏らした場合は死がもたらされるのだろう。生憎なことに、男の死によって証明されてしまったのだ」
(ワシには『万能感知』があるからな。その賊っちゅう男の思考を暴露したったんや。そしたら目の前で塵になってしまってな。あの時の顔は忘れられへんで……)
「フロゲル殿に責はない。私が取り調べに同席を願い出たのだ。フロゲル殿の思考を読み取れる能力に頼る形でな」
そういうことか。
考えてみれば、フロゲルって取り調べにはもってこいの能力を持ってるんだよな。
口はともかく、思考までも自分の意思で閉ざすなんて通常の人間はできようもないことなのだ。予め思考を読み取ることができると宣言していないなら警戒すらされないだろう。
(しかしなぁ……殺してまで得た情報が『命令だから何も知らねぇ』やからなぁ。無駄に殺してしまったみたいで申し訳ないわ)
「いや、無駄ではない。何者かに命令されて、オセロット男爵の命を狙ったことが明らかになったのだ。そして人造人間が関与しているという事実……パメラに命令した者と繋がりがあるのかもしれない。それだけでも成果はあったのだよ」
うーん……もし仮に人造人間を創る技術が横行していたら、別の勢力が存在することにもなるんだよな。
それってどうなんだろ。俺の『創造』みたいなものか、クローンやらの科学的なものなのか……。どっちにしろヤバイ臭いがぷんぷんすることには変わらないけど。
まあ、それは考えても仕方が無いかな。領主の口ぶりだと人造人間自体、表立って存在していないようだし。
(あー……ほんま厄介やで。人造人間はあと三人おるんやからな。下手に関わったら、その気が無くても殺しかねんのや。何ちゅうか、死神になった気分やで)
「三人? 賊のリーダーだけじゃなかったのか?」
「ああ、フロゲル殿の言っているのは、君がリンクスから保護した三人だ。あの者達は三人ともが人造人間だったのだよ」
えっ、そうだったのか? ……いや、全然気付かなかったな。となると、あの三人にも『鑑定詐称』があったということなのだろう。しかし、意外と多くないか? 人造人間……。
何か、他にも身近にいるような気がしてきたぞ。まあ、それはさておき。
「その三人は今何を?」
「ふむ、地下で監禁している。監禁とはいえ、可能な限り不自由はさせていないがね」
「取り調べではなく、ですか?」
「どうにか情報を入手したいとは考えている。だが、それをしてしまうと彼らの命に関わるのでね。なかなか強攻策には踏み切れないのだよ」
「私も直接話を聞いてみたんだがねぇ。本当に人間と変わらない。彼らは彼らで生きているんだ。よほどの悪人でなければ、命と引き換えに情報を得ようなどできないよ」
じゃあ、よほどの悪人ってわけでもないんだな。
まあ、パメラもそうだったが、人造人間とはいえ各々の人生を全うしているのだ。そこに『呪縛者』だかの呪いがあるせいで、強制的に命を掛けさせられる。
人造人間を創り出した奴の性格の悪さが窺えるってものだ。