第168話 良くも悪くも人として
短めです。
「もしかして、あの時の?」
「うむ。あの時の、が何時のことか知らないが、多分その時のだねぇ。その節は本当に助かった、感謝しているよ」
そう言って、俺に深く頭を垂れるオセロット男爵。本気で感謝してくれているということが見て分かる。
その姿を見ていると、何というか……申し訳ない気持ちになってしまう。
というのも、俺は完全に忘れていたのだ。
平原で賊に襲われていた一行のことですら、朧気ながらに覚えている程度。確かにケットシーもいたのだが、顔まではっきり見ていないし、どちらかというと護衛らしき連中の方が記憶に残ってるぐらいだ。
しかも、あの時の俺ってばササッと解決だけして、後はすぐさまバイバイだったからな。
時間にして数分足らず。そんなちょっと間のことなんか覚えてるわけがないだろう。
とはいえ、嬉しそうにしている男爵にはそんなこと絶対に言えないけどな。
「いやはや、偶然ってのは面白いねぇ。本当なら、カラカルに到着してから君を正式に紹介してもらうはずだったんだよ。結果的にとはいえ、それが前倒しになった。君の人となりを知るきっかけにもなったし、私の命を狙う連中を退けることもできたし、私の一生分の運を使ったんじゃないかと錯覚してしまうぐらいに幸運なできごとだったよ。正に奇跡ってやつだ」
男爵は偶然って言っているけど、本当にそうなのか?
まさかと思って、アルカナに目を向けてみるが……首を僅かに横に振っている。まあ、男爵が賊に襲われるタイミングと俺が通り掛かるタイミングを合致させるなんてこと、狙ってもできるわけないわな。
そんな俺の邪推はさておき、男爵の言葉に続いて領主が話を始めていた。
「ふむ、もう気付いてるとかもしれないが、オセロット男爵はヤパンから派遣された調査員だ。調査内容はカラカルでの騒動についてと――」
「君、マスター君を調べるためのだねぇ」
領主と男爵、二人は示し合わせたように俺を見ている。
うーん……気付いてるかもって言われても、全く見当も付いてなかった俺にどんな反応を求めているんだ?
もの凄い見つめられているけど、それじゃあ何も分からん。何と答えろというのだ。
(あかんで。マスターは何も気付いてへんし、何も考えてへん。ただ、困惑してるだけやわ)
おい、いちいちバラすなよ。俺が馬鹿みたいで恥ずかしいじゃねーか。……合ってるけど。
「うむうむ、そんなに身構える必要なんて無いよ。改めて君に会ってみたが、君は皆から聞いたとおりの人物だ。私の想像したどおりとも言える、ね」
柔らかい笑みを浮かべながら、男爵は俺に話し掛けてきた。
悪い評判じゃないよな? 人を貶めるようなことはやってない……はず。こればっかりは、自分じゃ判断できないので自信が無い。
「ちなみに、どんな風に聞いてますか?」
「気になるかね? 隠すことでもないから答えるけど、端的に言うと『人』だねぇ」
『人』? 何それ、さっぱり分からん。良い意味か?
男爵の言葉に、皆してニヤニヤしてこっち見てるし、悪い意味としか思えないんだけど。
俺、皆から嫌われるようなことしたっけ?
「いやいや、そんなに不安がらなくても良いよ。『人』っていうのは悪い意味じゃない。良い意味だ」
「そう言われてましても」
「うむ、では言葉を変えよう。君のことはソフィ殿とフロゲル殿、それにコテツ君から詳しく聞いていたんだよ。三人が言うには、君は人智を越えた能力を持ちながら、『人』として生きようとしているとのことだ。もしも傲慢な輩が君みたいな能力を持っていたら、神に成り代わろうと嘯くかもしれない。にも関わらず、君は持たざる者と同じ視点で生きている。『人』と同じ視点でねぇ」
「はぁ……」
そういう意味か。
良くも悪くも、それなりに年だけは取ってたりするからな。自分ができることとできないことの分別ぐらい付くってものだ。
とどのつまり、俺には万人を導く指導者は無理ってこと。神様なんてもっての外なのだ。
転生前と同じように、人並みに生きられれば十分。面白おかしくあれば重畳、困ってる人がいるなら手が届く範囲で助ける。それだけだ。
偉そうに言ったところで、普通のことだと思うんだけどな。
「そうそう。一応、君のことも『鑑定』させてもらったんだけどねぇ」
ああ、そうだった。男爵は『鑑定』持ちだったな。けど、待てよ? 俺って確か――
「『鑑定』できなかったのでは? この剣には『鑑定妨害』がありますので」
俺は腰に差している剣を、鞘ごと外してテーブルに置いた。
体から離せば『鑑定妨害』の効果は届かないのだ。今なら『鑑定』できるはず。
だが男爵は、それには及ばないと首を横に振っている。
「私の『鑑定』はそういった効果に阻まれ難いんだよ。とは言っても、多少は見えにくくなってるけどねぇ。でも、君のことは大体見えた。化身っていうのがよく分からないけど、女神様の加護があるならそれだけで君を信じるに値するよ」
なるほど。ソフィの時もそうだったけど、女神の加護は『鑑定』持ちに信頼を得やすいみたいだな。地味にありがたい称号だ。それ以外に効果を感じたこと無いけども。
「取りあえず、君の調査結果は概ね纏まってるとも言えるんだけどねぇ。屋敷で起きたことに関しては……」
「ふむ、ここからは本題に関係していることになるな。男爵、私の方から説明してもよろしいですかな?」
「そうですな、是非ともお願いします。私だと話が長くなりがちですからねぇ」
苦笑を浮かべる男爵。失礼かもしれないけど、俺もこういった仕切りは領主の方が向いてる気がする。
男爵は何ていうか……野暮ったいっていうのかな? わざとじゃないだろうけど、のらりくらりとした印象だ。
まあ、俺の場合は人のこと言えないんだけどな。
それはともかく、ようやくの本題だ。領主も居住まいを正して、切り出そうとしている。ソフィはいつものことだが、珍しいことにフロゲルまでもが姿勢を正しているのだ。俺も集中しないと。