第166話 情報過多
「ビーク様から聞いてはおりましたが……にわかには信じ難いものですね」
「初めは皆、そう言いますよ」
久々に見た気がするな、こういう反応。
アトリアさんが驚いているのはダンジョン外の景色。エントランスから繋がる先には、カラカル領主の屋敷の裏庭が広がっているのだ。あまりの景色の変容ぶりに驚かない方が無理というものだろう。
それはさておき、ダンジョンから出た俺達に近付く人物がいる。
「マスター君、待ってたよ……って、そちらは?」
アルカナだ。どうやら俺のことを出迎えるために待っていてくれたようだな。
そんなアルカナも、俺の後ろに立つアトリアさんを見て首を傾げている。
さて、どう紹介したものか……なんて俺が悩むや否や。
「アトリアと申します。以後、お見知り置きください」
「はじめまして、アルカナです」
アトリアさんは自己紹介を始めていた。アルカナもそれに対応して挨拶をしている。俺だけ置いてけぼりのような状況で、何だか居心地が悪いな。
「ていうか、もっとこう……驚いたりしないのか?」
「何が?」
いや、分かってて言ってるだろ。
俺の問いに対して、アルカナは悪戯っぽい笑みを向けているのだ。質問の意味は勿論のこと、恐らくだがアトリアさんの正体にも気付いている。それであっても、この笑顔……予め知ってたのか?
「んー……マスター君のことだしね。何でもありなんでしょ? 今さら驚いても仕方無いよ」
何というか、前にも誰かに言われた気がするセリフだな。
とはいえ、死んだとされる人物が現れても驚かないのはアルカナぐらいだろ。もしかして、夢の中で見た俺が似たようなことでもしてたのか? アトリアさんの場合は、ビークのおかげってのが大きいんだけど。
「ほら、そんな顔してないで応接室に行くよ」
「マスター様、アルカナ様の仰るとおりです」
「あ、はい」
腑に落ちないけど……まあ良いや。
そのまま俺達は、アルカナの案内に従い屋敷の中へと足を運んだ。
応接室の前まで来たところで気が付いたのだが、中には領主だけがいるわけではないらしい。僅かではあるが、談笑する声が聞こえるのだ。気配から察するに数は……四人?
「領主様、マスターを連れてまいりました」
「入ってくれ」
まあ、入れば分かることだな……って。
(おう、待っとったで!)
「御健勝のようで何よりです。マスター様」
「フロゲルが何でここに? それにソフィも」
どういうわけか、応接室にいるトードマン族長フロゲルとコボルトのソフィ。領主と対面するようにソファに腰掛けている。そして、領主の隣に並ぶソファにはもう一人のケットシーが。
コテツ……ではないな。仕立ての良さ気な服装に身を包み、見るからに貴族といった風貌だ。
そんなケットシーが、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「やあ、こんにちわ。会えて光栄だよ、マスター君」
「えっと……はじめまして。マスターです」
うーん……気のせいかもしれないけど、初めて会った気がしない。とはいえ、貴族のケットシーの知り合いは領主しかいないしな。取りあえず、はじめましてと挨拶しておいた。
しかし、気のせいでも無かったらしい。
「ははは……やはり覚えてないようだねぇ。私もチラリとしか見てなかったし、無理もないかな?」
「は、はぁ……」
やっぱり何処かで会ってたみたいだな。とはいえ、全然思い出せん。
(ま、挨拶はそれぐらいにして、ええ加減座ったらどうや?)
おいおい、何でフロゲルが言うんだよ。お前の屋敷じゃないだろうに……。
「うむ、フロゲル殿の言うとおりだ。遠慮せず腰を下ろし給え、お連れの方も遠慮なさらず」
んん? 領主とフロゲルは打ち解けているのか? ますます状況が分からん。
ともあれ、突っ立ってても仕方が無いのは確かだ。促されるままに、俺とアトリアさんは空いているソファに腰を下ろした。
「アルカナは座らないのか?」
「いいの、気にしないで」
いや、気になるっての。
何故だか、アルカナは俺の後ろで立ったまま。これじゃあ、アルカナが俺の家来みたいじゃないか。
「ふむ、そろそろ話を始めさせてもらっても良いかな?」
おっと、いかん。領主に見られていた。
「失礼しました」
「いや、構わんよ。アルカナのことは後で説明させてもらうので、今は気にしないでやってくれ。それより、そちらのご婦人は?」
領主の目はアトリアさんに向けられている。
それに釣られるようにして、他の三人の視線もアトリアさんへ。
まあ、そうなるわな。
そして、こっちも予想どおりだ。俺がするまでもなく、アトリアさんは自己紹介を始めていた。
「アトリアと申します。以後、お見知りおきください」
「ふむ、アーシャ・カラカルだ。若輩ながら、カラカルの領主を拝命している。こちらこそ、よろしく頼む」
うーむ……絵になるな。座りながらの挨拶だが、二人とも俺とは比較にならないぐらい堂々としたものだ。
育ちが良いと、ちょっとした所作でも印象がガラリと変わる。
俺がそう思ったのも束の間、アトリアさんの様子がどうにもおかしい。怪訝な顔で領主を見つめているのだ。
「……アーシャ様がカラカルを治めていらっしゃるのですか? オリバー辺境伯に何かあったのでしょうか?」
「ふむ? 貴女は父に用件があったのか? しかし残念だが、父は既に他界している。五年前にな」
「えっ?」
「む?」
何だ? 二人の間に妙な沈黙が流れている。
そして、それとはまた違う反応を示す者も。
「アトリア……? 今、アトリアと名乗らなかったかね?」
もう一人のケットシーがアトリアさんを凝視している。俺を見ていた時とは打って変わって真剣な面持ちで。
「もしや、貴方様はバルー・オセロット男爵ですか?」
「うむ、そのとおりだのだが……失礼、『鑑定』してもよろしいかな?」
どうやら、このケットシー……オセロット男爵は『鑑定』を持っているらしい。礼儀なのか、アトリアさんに『鑑定』を申し出ている。
こうなってくると、いよいよもってアトリアさんのことは隠し通せなくなるな。まあ、それは覚悟の上ではあったことだけど。
そして、アトリアさんも同様に覚悟していたのだろう。物怖じすることなく、オセロット男爵を見据えて答いる。
「構いません。どうぞ、『鑑定』してください」
「……では、失礼する」
ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
音を立てたのはオセロット男爵のようだ。
表情も硬いし、見るからに緊張している。これじゃあ、どっちが『鑑定』されてるのか分からないな。
まあ、多分だけどオセロット男爵はアトリアさんの正体に気付いているのだろう。そうじゃなければ、『鑑定』するのに、ここまで必死の形相にならないはずだ。
っていうか、もう答えは出ていると思うんだけど……いつまで見つめてるんだ?
「男爵? もう見えたのでは?」
アトリアさんが痺れを切らして、声を掛けている。
対して男爵はというと……反応が薄い。目が虚ろで、ブツブツと独り言を口ずさんでいる。
「……こんなことが……しかし、確かにお顔は昔のままの……だが、瞳の色は……種族が分からないというのはどういう……」
うーむ……これって、もの凄いショックを受けてるってことなのか? 完全に心ここにあらずだ。
こういう時、どうすれば良いんだろ……。
(あーあ、完全に混乱してもうてるわ。マスターのせいやな!)
「マスター様、これはどういうことですか? 私も『鑑定』させていただきましたが、そちらの方の種族が分かりません。ですが、蘇りし者ということは見えます。まさかとは思いますが、死者を蘇らせる術を手に入れられたのですか?」
「む? そう言えば、アトリアという名前、確かに聞いたことがあるな。リンクスの亡き公爵夫人がそのような名前だったと記憶している。しかし、公爵夫人は私が生まれる前に亡くなったと聞いているが……説明してくれるな?」
うわわわ……そんないっぺんに捲し立てなくても……。
あと、フロゲルは便乗して俺を困らせたいだけだろ。ニヤケた面しやがって!