第164話 滞在していたお客人
追跡を撒くためにダンジョンを繋げる。
問題無い。いつもやってることだし、今回も特に変わったことなどなく、俺もアルカナもダンジョンへ移動することができた。と思いきや。
「マスター! ビークめが!」
「待ってたッスよ、マスター!」
リンクスへの道を塞ぐや否や、キバとビークが詰め寄ってきた。
今の喚き声、リンクスに漏れてなけりゃ良いんだけど……。
まあ、それはもう仕方が無いとして。
「何なんだよ、お前ら。喧嘩してんのか?」
「いえ、そうではなくビークが隠し事を!」
「キバが出てくるとややこしくなるッス! 自分がちゃんと話すッスよ!」
うーむ……まいったぞ。一難去って、また一難ってやつか。
俺はカラカルへ行かなきゃならんというのに。
キバとビークはどちらも、話を聞いてくれるまで道は譲らんと言わんばかりに立ち塞がっている。俺とは体格差があり過ぎて、力づくで押し通ることなんてできそうもないな。
やれやれどうしたものかなと、アルカナに目を向けると。
「ん、大丈夫。マスター君は落ち着いてから来てよ」
「良いのか?」
「あたしが先に領主様のところに行って話をしとくから。いきなり訪ねても迷惑でしょ?」
お前は良いのかよ……と言いたいところだが、アルカナがそれで良いと言うなら従っておこう。
「すまん、任せる」
「らじゃ。マスター君は頑張ってね」
おどけた様子で敬礼するアルカナ。キバとビークの間をすり抜け、そのままカラカルへの道へと進んでいった。
「アルカナちゃん、ダンジョンに慣れてる感じがするッスねぇ」
「色々あるんだよ、あいつにも」
そのうち、皆にも話さないといけないだろうな。アルカナのことも、平行世界のことも。
「色々といえば、マスターは報告書読んでくれたッスか?」
「報告書? 読んだよ」
ざっとだけど。確か、ビークの書いた内容といえば――
「相談したことがあるんだっけ? ちょっと今、立て込んでるから後にできないか?」
「マスター……自分の相談は後回しで良いッスけど、どうしても今、会ってもらわないといけない人がいるんスよ」
「ビーク、貴様! やはり誰かをダンジョンに招き入れたのだな!?」
「キバ、うるせえッス! 招き入れたのはマスターなんスから、ちょっと黙ってろッス!」
「あーもう、分かったから喧嘩すんなっての! 俺が招き入れたってのは心当たりないんだけど、取りあえず会えば良いんだろ?」
「会ってもらえれば十分ッス!」
会えば十分か。よく分からんな。
俺が招き入れたってのも、ダンジョンの入口を開けっ放しにしてれば誰かが迷い込むこともあるだろう。それをビークが保護したとかその辺りか?
まあ、キバとビークの様子を見る限り、コボルトやトードマンでないのは明らかだな。とにもかくにも会えば分かることだろうし、何でも良いや。
そんな楽観的な考えのまま、ビークの案内でダンジョン区画へと移動すると……。
「新しく部屋を作ったのか?」
見覚えの無い扉の先には、森の一画を模した部屋が広がっていた。
「あー、マスターが寝てる間に色々手を加えたッス。元々はマスターが作ったドーム状の部屋だったんスけどね」
ドーム状? ……あっ、レギオンの時のか。
俺が戦闘中に用意した落とし穴用の部屋、ビークの言うように何も無いドーム状の部屋だった。作ったは良いが落とし穴は不発に終わり、その存在すら忘れていたのだが……。
今のこの部屋は、点在する若木、苔で覆われたカーペットのような地面、隅には小川が流れ、何処からかそよ風まで吹いている。元の部屋の面影など欠片もない。
そんな部屋の中央には一軒の小屋が。
「あそこにいるのか?」
「あそこッス。ああ、キバは駄目ッスよ。小さい子供もいるッスから。怖がらせると良くないッスからね」
小さい子供? 迷子を保護したのか?
「悪いなキバ。外で待っててくれ」
「ぬぅ……承知しました」
渋々といった様子だな。それでもキバは、俺の言葉に従い扉の外に出ていってくれた。
心配してくれるのは分かるが、危険じゃないってことはキバも感じているだろうに。
俺の『危険察知』は全く無反応、ただし『気配察知』は正常に作動中。反応は二つ、大と小。大人と子供というわけだな。
ただ……『魔力感知』も反応してるのだが、どっちも魔力のような力の反応がでかい。獣人の比じゃないぞ、これ。
そんな情報収集に徹する俺を置いて、ビークはというと……。
「アトリアさーん。マスターを連れてきたッスよー」
友達の家にでも来たみたいだな……って、えっ? アトリア?
「ビーク様、そちらがマスター様なのですか?」
ビークの呼びかけに応じて、小屋の中から見知らぬ女性が現れた。
目を見張るほどに整った顔立ち、流れるように伸びた金髪、コボルト感覚になってる俺から見ても、この女性から感じる魅力はとてつもない。しかし、それ以上に母性が溢れていると言うのが正しいか……俺を見る目は慈愛に満ちているようにも感じられた。
だが、気になるのはその瞳だ。
アトリアと呼ばれた女性の瞳は吸い込まれるように赤く、どこか人でない者の印象を受けてしまう。
名称:アトリア・リンクス
種族:不明
称号:特殊個体、慈母、蘇りし者
生命力:371 筋力:73 体力:328 魔力:753 知性:451 敏捷:78 器用:183
スキル:風魔術、火魔術、供給、吸収、危険察知、直感、精神無効、状態異常無効
ユニークスキル:自己犠牲、安穏、次元力操作
「あー……ビーク、どういうことだ?」
目の前の女性はアトリア・リンクス、つまりリンクス公爵夫人ということだ。
しかし、俺の記憶にある公爵夫人の姿はレギオンの核を抱える台座でしかない。
今、目の前にいるような美しい女性の姿とは似ても似つかない肉の塊。『鑑定』した結果も、その見た目に相応しい不死だったのだ。
ん? 不死だったよな……。
今の公爵夫人は種族不明ってなってるし、元の種族だったレヴェナントが称号になってるぞ。それも蘇りし者と……。意味が分からん。
「マスターが眠ってる間、本当に大変だったんスからね」
「今は俺の頭が大変だ。一から説明頼む」
……
それから俺は、ビークから事の経緯を説明してもらった。
レギオンの核だったポーラ・リンクスと、台座となっていた公爵夫人。俺はレギオンとの戦いの中で、二人を空間ごと移動させることに成功した。所謂、空間転移というやつだ。
咄嗟も咄嗟だったし初の試みでもあったので、俺は二人を何処へ跳ばしたかをビークに言われるまで忘れていた。誰の目にも触れない場所ということでこの部屋、落とし穴用に作った部屋に跳ばしたことを。
あの時の俺は、二週間も寝ることになるなんて思わなかったからな。回復してからゆっくり対処しようと思っていたのだ。その判断が、まさか放置になってしまうとは……。
それを発見したビークが、自分なりに対処した結果が今の状況というわけである。
何でも、公爵夫人が次元力を『吸収』していた様子から着想を得たらしく、次元力を取り込んでるならイメージで体を変質させることもできるのではないか、と考えたそうだが……。
「嘘だろ、お前」
「いや、マジッスから!」
分かってるっての。嘘じゃないことぐらい。
公爵夫人の姿がそれを証明しているのだ。疑う余地など無い。そして、そんな発想できるのはビークしかできないってこともな。
恐らくだが、自力で進化まで漕ぎ着けた経験あっての着想だろう。イメージで姿を変える、俺よりもビークの方がその辺は格段に上手い。
となると、公爵夫人って進化したってことなのか? ……うん、進化だろう。種族が不明ってのも、ビークが初めて進化した時と同じだしな。この世界に存在しない種族だからだとか何とか。
しかし、今はそれよりも気になることがある。
「ビーク、公爵夫人がこの姿ってことは」
「ポーラちゃんッスよね? 隠れてるッスよ。マスターが怖いからって」
俺が怖い? 何で?