第163話 ん? 聞かれてる?
「さてと、それじゃあ出よっか」
「えっ?」
アルカナが唐突に席を立とうとした。
今の今まで話し込んでいたというのに、急にどうしたというのだろうか?
「『思念波』」
何? 『思念波』? どういう意味か分からんが……。
(これで良いのか?)
(ありがと。聞き耳立てられてるみたいだから、用心しとこうと思って)
(聞き耳?)
俺達の話を聞いてるやつがいるのか?
俺はアルカナに倣って席を立ちながら辺りを見渡した……が、誰が聞き耳立ててるかなんて分かるわけないか。いや、『慧眼』で何か見えないかな?
ちょっとした思い付きで試してみたが……おお! 怪しい魔力の流れが見え――
(マスター君、他所の席に目を向けない! マナー違反だよ!)
(えぇ……聞き耳は良いのかよ……)
くそー……怒られてしまうとは情けない。
そんな鬱屈した感情を抱えたまま、俺はアルカナに引っ張られて店を出た。
ちなみに会計はアルカナが済ましてくれている。その事実もまた、俺を情けなくしている要因でもあるが……どうでも良いな。
(もう! 最初に言ったじゃない。他のお客さんのことは気にしちゃいけないって!)
はい、追い打ちです。
店を出た直後からの説教、流石に凹みそうだ。
説教とはいっても歩を進めながら。俺はアルカナの横に並んで歩いている。
(聞き耳もマナー違反だろ?)
今なら抗議しても大丈夫だろ、と思念を飛ばしてみた。
(マスター君、さっきの店はね。一つ一つのテーブルに、音を消す魔術が組み込まれてるんだよ)
(音を消す? 俺の『消音』みたいなものか)
そう言われて気が付いたが、他の客の会話が全然聞こえなかった。小声で話し込んでるのかなー程度にしか思わなかったが、『消音』といわれれば納得だ。
(変な魔力の流を感じたもんな。魔術か何かかな? それで『消音』を無効にするとか)
(概ね正解だね。あれは『ウィスパー』の逆、音を拾う魔術を使ってたみたい)
ほうほう、そんな魔術もあるんだな。
そして『ウィスパー』の逆ってことは『風魔術』かな?
(しかし、アルカナはよく気が付いたな)
(ふっふっふ……こんなこともあろうかと、あたしは色んな魔導具を集めてるからね。魔力を感知するぐらい序の口なのだよ)
うーむ、凄いな。
何が凄いって、アルカナは真顔のままでドヤってるのだ。俺にはできん。
確かに魔力を感知する魔導具も凄いは凄いけど、姿を完全に隠すチートアイテムに比べればな。割と普通に感じてしまうってところだ。
(話を戻すけど、会話に関しては店が徹底して遮断してくれてる。マナーとしては不用意に他の客に接触を図ろうとしないこと。目を向けるのはペナルティ一歩手前ってとこだね)
ペナルティー……あの殺し屋みたいな店員がするんだろ。無事に済むとは思えんな。
(そもそも、何の店だったんだ? 普通の喫茶店じゃないんだろ?)
(普通の喫茶店だよ? オーナーの意向もあって秘密の会合に使われたりしてるけど、別に隠してるわけでもない普通の喫茶店)
嘘吐け。あんな強面連中が集って、会話が聞こえないように細工されてる場所が普通なわけないだろ。
店自体もかなりの注意力がないと見つけることもできないしな。その筋御用達の店としか思えん。
(でもさ、さっきの魔術の使い手はなかなかのものだったね。店にバレずに堂々と魔術使うなんて、技術もそうだけど度胸が無いとできないことだよ)
(へぇ、そうなのか。バレたら勿論、ペナルティーだよな?)
(一発アウトだね。だからこそ、一度も気付かれてないってことなんだよ。あたし達のテーブルに魔術を向ける前にも他のテーブルに使ってたし、店にいたお客さん全部の会話を聞こうとしてたのかもね)
なるほど、俺達に狙いを定めたわけではないってことか。それにしては――
(マスター君、気付いた?)
(ああ)
――尾けられている。店を出てから、付かず離れずの距離を保ちながら。
脇道に逸れても付いてくるのだ、俺達を尾けてるとみて間違いないだろう。
しかし、この前は尾行する側だったのに今度はされる側か……妙な気分だな。ついつい意識を後ろに向けてしまう。
(マスター君、気にしすぎだよ。ちゃんと前見て歩く。気付いてることを気付かれないようにしないと)
(意識すると反って難しいな……)
こんな事態なんて想定したこともなかったからな。隠れたり、見つけたりするのはスキル任せで何とかできるんだけど……。
(うーん……これは時間の問題だね。マスター君に演技は期待できないや)
(期待するなっての。で、どうするんだ? この状況)
(店に戻る意味も無いしね。マスター君のダンジョンを繋げてもらうのが一番良いと思う。あたしがリンクスにいる必要も無くなったし、このままカラカルの領主様のところへ報告に行こうか。そこで今後のことも相談しよう)
(それは分かったんだけど、肝心の追っ手はどうする?)
『気配察知』で感じる気配は二人分。相変わらず、俺達に直接接触してくる気配は無い。
っていうか、もう面倒臭いな。いっそ声を掛けてやろうか?
さっき『慧眼』で見たのだ。追ってくるのは俺の知ってる人物。偶然を装って話しかけた方が、意表を突けて案外上手く行くかもしれん。
(マスター君の知り合いなの? どんな人達?)
(俺もちょっと話をしただけなんだけど、危険じゃないと思う。冒険者だよ)
俺達の後を尾けてくるのはヨルハとボッシュ、検問前で出会ったリカルド一行のメンバーだ。
リーダーであるリカルドから別行動を取っているとは聞いてたけど、まさか同じ店にいたとは思わなかった。しかも、どういうわけか俺達の話を盗み聞きしようとした挙げ句、尾行まで仕掛けてくるなんてな。
多分、何か勘違いでもしてるんだろ。誤解を解くためにも話をした方が良いかもしれない。
(……なるほどねー。じゃあ却下)
リカルド一行との出会いを含めて掻い摘んで説明したところ、アルカナに一蹴されてしまった。
(何で?)
(さっきの話の中で言ったでしょ? 事件の背後にマスター君の影あり。今尾けてくる二人も、マスター君が怪しいと踏んで追っかけてきてると思うよ)
(そうなのか。うーむ……だったら、なおさら説明しといた方が良くないか? 誤解なんだし)
(じゃあ、どんな風に説明する? 追ってくるってことは、向こうもそれなりに覚悟なりしてるんじゃないかな。それを納得させるだけの説明ができるなら、あたしは構わないよ。その場ではぐらかす程度なら本当に却下するからね)
ぬぅ……返す言葉が無い。
リカルドはともかく、ヨルハはどことなく怖いし、ボッシュは何考えてるか分からん。
疑いを向けてくる相手に上手く説明できる自信なんて俺には無いし、頼りのアルカナに匙を投げられたらど手詰まりだ。残念だけど、俺の案は無しの方向で。
(そんながっかりしないでよ。ちゃんと誤解を解く機会があるはずだから)
そう言えば、アルカナは俺が誤解されないように手は打ってるって言ってたな。ともすれば、俺がやろうとしてることは余計なことなんだろう。ここはおとなしくアルカナに従ったほうが良さそうだ。
(納得してもらえたようで何よりだね。じゃあ、お願い)
(お願い? 何を?)
(ちゃちゃっとダンジョンに入って巻いちゃおう。次の角で曲がるから、その時に繋げてね)
アルカナめ、簡単に言ってくれる……。まあ、簡単なんだけど。