第162話 存在したかもしれない未来
楽しいものじゃない、か。
そんなことは分かってる。結末だけとはいえ、平行世界の俺から聞いたからな。
皆が死んで、世界が終わって……俺は次元の果てに逃げ込む未来。それを回避するためにもアルカナの話は聞かなければならない。どんな小さなチャンスも見逃すわけにはいかないのだ。
そんな俺の様子を察してか、居住まいを正すアルカナ。
夢であっても思い出したくない内容なのだろう。その顔に笑みは無い。
「マスター君はリンクスから撤退した。そこまでは良いね?」
「ああ、その後だ。撤退した後、何をしたか順番に頼む」
「ん、その前なんだけど……マスター君はリンクスから撤退する時に仲間を失ってるんだ」
むぅ……初っ端から重いな。それでも詳しく聞かないと。
「その仲間っていうのは……誰だ?」
「……キバ君。他にも多くのブラッドウルフが死んじゃった。マスター君を逃がすために、自分達から囮になって……」
キバ達が俺を逃がすために? ……俺の体は化身なんだから死んだりしないってのに……。
「マスター君、『自分のことなんかどうでも良いのに』って考えてない?」
「分かるのか?」
「夢の中のマスター君がそんなこと叫んでたからね。でも、マスター君以外はそう思ってないんだよ。体を失っても元に戻る……本当にそう? マスター君は試してみたの?」
化身を失った俺が、元に戻るかどうか……試したことは無い。というか、わざわざ試す気も無い。
何と言っても怖いのだ。
いくら復活できるって聞いてても、死ぬ過程は同じ。それに加えて、復活できるってのが間違いだったら……なんて考えると余計にな。
しかし、マジか? マジで復活とか無いのか? だとしたら、俺の今までの行動って命知らずにも程があるぞ。
いつ死んでもおかしくないことばっかりやっていたのだ。思い出しただけで背筋が寒くなってしまう。
「意地悪言っちゃったけど、それぐらいの覚悟が無いと駄目だよって話。復活できる、なんてあてにしてたら、万が一の場面で泣きを見るからね」
「ああ、肝に命じとく」
あー……平行世界の俺が言ってた、危機感の欠如の一端を見た気分だな。
死んだら終わり。当たり前のことだけど、ちょっとばかり考え方を変えるとしよう。
「で、ようやく続きなんだけど、リンクスから撤退したマスター君はカラカルに向かった。リンクスの事態を報せるために」
「俺でもそうするだろうな」
「でもね、カラカルではマスターくんが元凶だっていう噂が立ってしまったんだ」
「俺が元凶? 何でそうなるんだよ」
「考えてもみてよ。タイミングが良過ぎるの。カラカルもリンクスも、マスター君が現れた後に事件が起きてるんだから。何も知らない人に、マスター君が災いの種を運んでるって思われても仕方が無いんだよ」
ちょっと待て。それじゃあ、今と変わらなくないか?
結果に違いがあっても、始まりのタイミングは似たようなもんだぞ。現状でも、俺と事件を結び付けるやつが現れてもおかしくないかもしれん。
「ふふ、そんな顔しないでよ。大丈夫、未来は変わったから。マスター君が元凶だなんて言わせないよ」
「それ、信じても良いのか?」
「当然! あたしも色々手は打ってあげてるんだから!」
おお、凄い自信だな。
取りあえずは信じることにしようか。アルカナの『手』というやつを。と言っても、俺には他に何もできんしな。
「さて、疑われたマスター君なんだけど、どうしたと思う?」
「何で質問形式なんだよ。んー……無実を証明は……無理っぽいな。諦めて森に帰ったとか?」
「正解。マスター君はキバ君達を失ったショックもあったからね。カラカルの人達を見限ったんだ。好きにしろ! ってね」
分からなくもないかな。
家族を失った直後に疑いの目。それでも他人のために生きようとするようなお人好しなんかじゃない。自分にとって大事な存在のために生きる、ありきたりな人間なんだよ俺は。……人間じゃないけどな。
「それで、森に帰った俺は何をした?」
「森を南下。レーベンの壁を超えるために、ね」
「レーベンの壁? 何をしに?」
「レーベンの壁の遥か南、山々を越えた先には土の神獣がいる『奈落』があるんだよ。マスター君はそこに向かったんだ」
「神獣って、伝承にあった女神の眷属の?」
「うん」
「うん」ってお前……そんな伝説みたいな存在に、俺が何の用があるっていうんだ。
ヴェルトの壁を作ったっていう神龍みたいなやつなんだろ? そんな化物、用があったとしても近付きたくない。ちょっとした行き違いで実害を被ることが目に見えているのだ。
「うーむ……そんな相手に会いに行く理由って、力を貸してくれって頼みに行くぐらいしか思い付かんな」
「残念、そんな生易しいものじゃないよ。マスター君はキバ君達を失ったことを招いたのは、自分の力不足だと結論付けたんだ。だからマスター君は力を求めた。力の象徴である、神獣を」
「求めたってまさか……」
「そのまさか、だね。マスター君は神獣を取り込んで自分の力にしようとしたんだ」
なんと……今までのショックが大き過ぎて、発想が無茶苦茶になってないか?
敗走した直後に伝説の存在に喧嘩ふっかけるとか……ヤケになったとしか思えん。
「それぐらい切羽詰まってたんだろうね。その頃にはマスター君、笑うことなんてなくなってたから。他の皆も鬼気迫る感じだったよ。邪魔する相手は容赦しない、例えそれが人に属する相手であっても」
「……例えば?」
「森の獣人、といってもオークぐらいだけど。パーンやラビットマンは、マスター君たちの異様な空気に当てられて隠れてたし。エルフはまあ……うん」
アルカナは口を濁してるけど、何となく分かる。
エルフって、獣人に対して良い顔してないんだったよな。出会い頭に攻撃してくるほどだとか。
となるともう、戦争必至だろう。エルフはヘルブストの南部に住んでいる話だし、南下している間に遭遇しないとも思えんからな。
「んー……エルフは割愛するとして、マスター君が土の神獣のもとに辿り着く頃には、かなりの力を付けていた。情け容赦無い戦い方も含めて、戦闘能力は格段に上がっていたと思う」
「その言い方だと、俺は神獣に会えたんだな。それでどうなった?」
「勝負して……勝つには勝てた」
伝説の存在に勝てたのか。話の経緯はともかくとして、俺の潜在能力って馬鹿にならんな。
しかし、アルカナの話では何かしらの代償があったようだ。
「ビーク君」
「ん?」
「土の神獣との戦いでビーク君が死んじゃった。勝ったって油断したマスター君を、神獣の最後の攻撃から守るために」
「俺を庇ったってのか」
何やってんだよ、俺……。キバに続いてビークか。何度失えば気が済むってんだ。
今の俺よりも強いかもしれんが、肝心なところは駄目なまんまだな。正直、同情よりも腹立たしく感じる。
「そこまでやったんだ。それに見合う力だったんだろうな?」
「うん。神獣の力はマスター君を飛躍的に成長させた。ダンジョンの外でも、『土』に属する事象は自由自在に操れるほどにね」
ダンジョンの外で自由自在に、ね。
確かに凄いこととは思う。だが、代償に見合うかって言われると肯定しかねる。失った仲間には換えられんのだ。
そんな憤りを隠せなくなった俺に構うことなく、アルカナは続けている。
「土の神獣を取り込んでからのことなんだけど、ちょっとよく分からないんだ」
「分からん?」
「んー……夢が途切れるっていうか、暗転してるっていうか……肝心なとこが無いの。断片にあったのは、ヘルブストの森に見えるリンクスの巨人。それに水と風の神獣、かな? マスター君がそんなこと叫んでたから」
「巨人に、水と風の神獣……それが同時に現れたのか?」
「ごめんね、状況が分からないからあたしからは何とも言えない。だけど多分、決戦みたいなものだったと思う。夢はその直後に終わるから」
俺が最後に戦った相手は、リンクスの巨人と神獣なのか?
だとしたら、その中にいるのかもしれない。俺を破滅に追いやった黒幕とやらが。
しかし……アルカナがせっかく話をしてくれたというのに、消化不良な感じが否めないな。
結局、黒幕の正体は分からずじまい。神獣みたいな存在が飛び出してきて、何を相手に備えないといけないのか全く分からん。とにかく力が必要ってのが分かったけど、具体的な指標が無いからな……。神獣相手に立ち回るってのを、当面の目標にせゃならんのか。見たこともない相手だけど。
「あとは……そう、女神様」
ん? 夢は終わったんじゃないのか?
アルカナは一呼吸置いて、再び話し始めた。
「夢の終わりにね、女神様があたしに言うの。『貴女が歩む道は苦難の道。何を想い、何を信じるかは心のままに。貴女が望む全てに幸多からんことを』って。夢とは関係無いかもしれないけど、あたしにとっては大事な言葉なんだ」
「その言葉は……」
あいつが最後に言ったのと同じ言葉。
偶然、なわけないよな。
どういうカラクリになってるのか分からないことだらけだけど、一つだけはっきりしたことがある。
「どうしたの? マスター君。ニヤニヤしちゃって」
「いや、俺とお前の女神ってさ。とんでもなく世話好きだよなって思って」