第161話 予知夢?
アルカナは語った。俺が転生してから現在に至る経緯を。
まるで、その場にいたのではないかと錯覚してしまうほどに事細かく……。
中には俺すらも忘れているエピソードもあった。
シロップアントに噛みつかれた時のことなんかがそうだな。
今だから笑い話で済むけど、あの時は本当にひどい目に遭ったものだ。俺が初めて死にそうになったエピソードでもある。
他には、大集落に移動する折に立ち寄った小川での一幕。
コボルトのルークがグロッキーになったことや、現れたアクアリザードとのちょっとした戦闘までも、アルカナの口から語られたのだ。
聞いている俺としては懐かしさ半分、驚き半分といったところか。
正直、夢にしては具体的過ぎるんだよな……。
しかしながら、ところどころ違いもあるようだ。
例えば森の魔窟によるコボルトの被害。
聞く限り、アルカナの話は実際のものよりもひどい状況だ。
コボルトにとっての最後の砦である大集落の陥落……実際には俺が食い止めたが、夢の中では俺の到着が間に合ってなかったとのこと。
次にトードマンとの邂逅。
思い返せば、あれはコボルトの長老ソフィの仲介で成されたのだ。先の被害が影響すれば、それも成し得なかったことだろう。
それであっても、俺はトードマンとの邂逅は果たしたそうだ。湖の悪魔、エレクトロードパイソンを倒した後のことではあるが。
そして、決定的な違いが――
「リンクスは滅んでいた?」
アルカナの話の中でリンクス、俺達が今いるこの街は滅んでいた。
俺がここを訪れるのはリンクスが滅んだ後、不死が溢れる土地に変わってからだというのだ。
「リンクスでマスター君は不死の軍団と戦っていたけど、旗色は悪かったみたい。最終的には撤退を決断していたよ」
「それって、相手はレギオンか?」
「ううん、違う。この前見たレギオンみたいな不死じゃなくて巨人だった。もしかしたら、レギオンの成長した不死だったのかな?」
「成長……進化かもな」
レギオンは死体を捧げられていた。俺が戦う直前まで。
となると、俺がリンクスに来る時期が遅ければ、レギオンはさらに力を付けていたかもしれない。それで進化するかどうかは分からんが、可能性はゼロじゃないだろう。
まあ、あれこれ考えたところで結果は変わらないけどな。夢がどうあれ、現実では滅んでいない。
森での違いを含めて全て良い結果になっているのだ。しかし……。
――『俺の時より全然良い』、『違う未来になってる』。
そんな言葉が頭を過る。
言ったのは俺。と言っても並行世界の俺だけどな。
しかし、アルカナの話を聞いているうちに一つの仮説が浮上してしまった。
もしかして……アルカナが見ていた夢って、平行世界の俺のことなんじゃないのか?
んー……これは意外と……あり得るのかもしれない。確かめる方法が分からんが。
そう言えば、平行世界の俺は『理由も分かっている』とか言ってたっけ、俺の記憶を覗いた上で。
となれば、俺の記憶の中に答えはあるのかも……。
「マスター君?」
「ん? ああ、すまん。ちょっと考え事。あー……そうだ。俺の夢の中でアルカナもいたんだろ? やっぱり同じ行動してるのか?」
今までの話の中で、アルカナは自分が絡んだエピソードを省略している節があった。
お互い知ってることだし、別に良いかな? とも思いはしたが、何がしかのヒントでもあればと聞いてみた。
そんな俺の思い付きのような問いに対し、アルカナはバツが悪そうな笑みを浮かべている。
何か聞いちゃいけないことだったのかね?
「……夢の中にあたしは出てこない」
「えっ? 出てこない?」
「うん、あたしはマスター君の夢に出てこない。一度たりとも」
出てこないって……俺とこれだけ接しているのに?
「うーん……はぐらかせるならそれで良いかと思ったんだけどねー……。マスター君って、夢の中でも変なところ突っ込んでたもんね。鋭いっていうか、暴投が過ぎるっていうか」
「何だそれ? 褒めてるのか?」
「フフッ、褒めてるつもりだよ」
わざとおどけるようにしてアルカナは言ったが、その直後には真剣な表情を浮かべている。
「……マスター君にとって、あたしが関係しているできごと全部、夢の中で起きてないことなんだよ」
「アルカナが関係しているできごと……」
カラカルの検問前での出会い、冒険者ギルドに連れ込まれたこと、危険な目に遭ったら助けるという約束……リンクスでレギオンへ導いたことも全て――
「アルカナの夢では起きてないことか」
となれば、少なくともリンクスの結末の違いは合点が行く。
アルカナの関与が無ければ、俺がリンクスに向かう理由なんて無いのだ。
ともすれば、違う未来になった理由というのは……。
「もう気付いてると思うけど、あたしは未来を変えるように動いてる。夢と現実を同じものにしたくなかったから」
そういうことか。
平行世界の俺が言っていた、未来が変わった理由というのはアルカナのことだったのだろう。
これで仮説の信憑性が一気に高まったな。とはいえ、分からんことのほうが多いが。
アルカナの見ていた夢が本当に女神の見せたものだったとしても、何で平行世界のことを知ってるんだ?
うーむ……女神だからっていう答えでも分かるような、分からんような……。
と、またも一人で思案に耽る俺に、アルカナが声を掛けてきた。
「女神様はね」
「うん?」
「あたしに自由に生きろって言ってくれてたんだ。いつも、口癖のように。だから、あたしは自由に生きるって決めてる。最後の最後まで、あたしが納得できる生き方をするってね!」
そう語るアルカナの顔はいつもの笑顔だ。何があっても信じるものに突き進む、自信に満ちた眩いばかりの。
そんな顔を向けられると、色々考え込んでる自分が馬鹿みたいに思えてしまう。
思えば、アルカナも意味の分からん運命を背負わされたようなものだ。女神のことといい、夢で見た未来といい……下手したら俺以上にわけ分からん。
だからこそ、アルカナは気にしないと決めたのかもしれないな。
アルカナの前向きなところ、俺も見習わないと。
どちらにせよ、アルカナの夢が平行世界のことだろうと確認しようがない。女神が関与していても、本人から聞けないなら何もできない話なのだ。あれやこれやと、今気にしても仕方が無いこと。
それよりも重要なことがあるしな。
「なあ、アルカナ。夢で見ていたなら、これから起きることも知ってるんだろ?」
平行世界のことであっても、酷似している世界であるなら指標に成り得る。
うまくいけば、俺が相手しなければならない敵のことも分かるかもしれない。むしろ、そこが大事。細かいことよりも目下、敵の情報が欲しいのだ。
しかし、俺の期待に反してアルカナはというと……。
「んー……まあ、ね」
アルカナは全力で目を逸らしている。何か都合でも悪いのか?
「マスター君、気付いてないの? あたしが未来を変えたってことは、これから起こることが同じとは限らないよ」
「あっ!」
言われてみれば、確かにそうだ。
アルカナが申し訳なさそうにしているのも、勝手に未来を変えたことを後ろめたいと思っているからかもしれない。
それでさっきの発言か。捉え方を変えれば、堂々と未来変えます宣言だもんな。きれいな開き直りとも言えそうだ。とはいえ――
「それでもヒントにはなるだろ。えっと、リンクスから俺は撤退したんだっけ? その後のことだよ。どう動いたとか、どんな敵と戦ったとか……何でも良いから!」
「食い下がるね、マスター君……。今だから言うけど、夢の中のマスター君はもっとギラギラしてたよ。野性味溢れるっていうか……うん、今のマスター君は餌を求めるワンちゃんだ」
やかましいわ! 平行世界の俺と一緒にすんなっての!
「うーん……仕方無いね、あたしの知る限りのことを話してあげるよ。でも……」
「でも?」
「マスター君にとって楽しい話じゃないから」